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婚約したら前世を思い出しました。婚約者と留学生の距離が近いようですが、私って悪役令嬢かなにかでしょうか?  作者: 池田 華子
乙女心を理解できないジェイヒライン・ノーディスは、ヒーローたり得るか
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03

 実家から侯爵家へ結婚の申し入れをし、領主の継嗣の結婚について領地内領主たちで成る議会の承認を得た。

 書面で婚約を整える段になってもまだ侯爵は渋っていたが、「結婚までに手を出したら婚約は白紙」「騎士団で昇進」「学園で主席、もしくは研究の研究誌への発表などの成果を卒業までに出す」など、侯爵のいやがらせとしか思えない、いくつかの条件を俺がのむことで婚約が整った。

 はっきり言って辛い。

 いや、学業や騎士団での取り組みは大変だし、かなり頑張らなくてはならないが、彼女と結婚して隣で人生を歩むためと思えばやってやれないことはない。

 そんなことより、彼女と今までみたいにイチャつけないのが辛い。付き合ってる普通の恋人達みたいに愛を囁きながらキスしたり、もうちょっと言うならその先もヤリたいけど、その辺は侯爵に強めに釘をさされてしまった。

 侍女殿を常にそばに置くんだって。しかもそれが侯爵家の懐刀であるイリスなんだって。ああ、侯爵家の鉄壁の守り。


 彼女の姉は王太子妃になった。今時処女性を求められる結婚なんて、王家くらいだけど、まさにその対象だったわけだ。彼女もそうだから、キスも結婚式までおあずけ。うそだろ。泣きたい。学園の、あのベンチでならキスぐらいいけるか⋯⋯?


 もうひとつの心配事は、彼女の気持ちを確かめないまま婚約を進めてしまったことだ。

 あの昼のひとときは、お互いに気持ちを伝えないまま一緒に過ごしていたが、キスを受け入れてくれる程度には、彼女も俺に好意があったと思う。

 今思えば、好きだと伝えずキスしたのは卑怯かもしれない。でも、あの流れでしないわけにはいかなかったというか、欲望に従ってしまったというか⋯⋯。

 だけど、結婚は一生続く契約だ。彼女に好かれる努力は惜しまないつもりだけど、今、彼女がどう思っているかは分からない。

 彼女は、この婚約についてどう思ったのだろう。縁談を全て断っていた彼女が断らないと言うことは、彼女も俺に気があると考えていいだろうか。



 何度かお互いの屋敷に行き来したり、デートもして親睦を図った。学園では昼休みのひとときだけだったし、そこに約束も関係性の確かさもなかったから、「婚約者」って言えるのも、学園外で会えるのも嬉しかった。彼女の意外な面も知れたりして、ますます好きだと思うようになっていった。

 ただ、好きだと認識すればするほど、触れられないのが辛い⋯⋯!

 なんで婚約者になってからの方が我慢が必要なんだよっ。


 デートの帰り際とか、キスする雰囲気があっても、急に侍女殿が殺気とばしてくるんだよ⋯⋯。ほんとイリスって何者なんだろう。泣きたい。

 侍女殿は最初の両家顔合わせからレミィ付だった。庭で婚約が整った二人が親睦を深めよう、っていう場で、レミィに敬語を使わないと殺気を飛ばされ、距離が近くても殺気を飛ばされた。頬にキスぐらいしてもいっかな、と思ったけど、殺気がどんどん強くなってきて、息苦しくなるほどだった。そういうのに魔力使って威圧してくるの、やめよう?


 侯爵閣下と仕事で話す機会があったときも恐怖だった。「学園には静かな場所に二人で座れるベンチがあるらしいね?」なんて、どこまで知ってるんだよ!


 学園には侍女殿はいないから羽目を外せるかと思っていたのは、甘い考えだった。どんな場所でも関係なく、閣下は情報を知ることができると考えたほうがいいだろう。「結婚までに手を出したら婚約は白紙」が、重く圧し掛かってくる。「手を出す」にキスも入っているんだからやるせない。

 こうなると、もういつだって清く正しい男女交際するしかない。しかも、宗家のお嬢様と分家の子息の体面も守りながら。エスコートの距離感って、意外と遠いよ。

 ⋯⋯つらい。距離をつめて口説けないのが切ない。



 留学生がきてから、と言うよりペルツ先生の研究室が活気付いてから、本当に忙しい。昼食の時間も惜しいくらいで、ベンチでのレミィとの癒しの時間もほとんど持てていない。

 怒ってるかなあ。彼女は侯爵家の娘として淑女教育を受けて育っているから、感情をあまり人に見せない。常に人当たりのいい笑顔を湛えている。ちょっと怒ってくれたら、嬉しいかもしれない。本当に怒らせたいわけじゃなくて、俺に対して感情を動かしてほしい。


 と、思っていたときもありました。


 本当に怒られると、どうしていいのか分からなくなった。いや、怒っているのかも分からないけど、負の感情なのは分かる。

 しかも、何に対して怒っているのかわからないから、対策の立てようがない。たぶん、忙しくて会えてないのに、調査のために学園を離れなきゃならないことだと思う。

 ユーリアといつも一緒に行動していることに対する嫉妬なら嬉しいのに。


 殺伐とした調査になりそうだし、そうでなくともだいぶ長い時間離れていることになるから、調査に出かける前にデートに誘った。寂しい思いを埋め合わせてちょっと機嫌が良くなってくれたら嬉しいし、何より俺がレミィ成分を補充したかった。

 ピクニックとかでもいいし、美術館とかもいいし、街中を歩いて食べ歩きしてもいいなあ。夕日を見て、いい雰囲気作ったら、侍女殿もキスくらい大目に見てくれないかなあ⋯⋯。

 そもそもイリスじゃなくて別の侍女がついてくれないかなあ⋯⋯。



 そんな淡い期待は裏切られ、護衛侍女のイリス付でデートである。少しでも二人きり、というシチュエーションに酔いたくて、護衛は断った。まあ、イリスはその辺の騎士にも勝てちゃうスーパー侍女だって知ってますけど!

 側で控える護衛を一人断ったくらいで、侯爵家の守りは揺るがないのだ⋯⋯。


 デートプランは、彼女が気に入っていそうな街歩きを提案した。サーカスの時は、その前後の買い物の方が楽しそうだったし。

 街を歩いている時、あちこちの店を見ながら、彼女の気に入る品物を探す。露天を見ているうちにレミィの可愛さに夢中になって、うっかりあやしげな小路に入ってしまっていた。いわゆる連れ込み宿界隈。大人の夜のお楽しみの店にも入れてしまう。

 やばい。


 後ろの侍女殿の視線に殺気がこもっているのを感じる。こんなとこに連れ込むわけないだろう、閣下に消されてしまう。

 侍女殿は殺気をとばしながら、騎士団のハンドサインまで使ってこの小路から出るように言ってきた。


 やばい。

 侍女殿すっごく怒ってる。

 仕方ないだろ、レミィの可愛さを堪能していたら周りの確認が疎かになってしまったんだよぅ。てか侍女殿なんでハンドサイン知ってるの?


 確かに「侯爵家のご令嬢が連れ込み宿から出てきた」なんて噂が立ったら彼女の今後に差し障る。そして俺は消される。物理的に。

 侍女殿の指示が「離れろ」になった。

 え。こわ。この場所から離脱じゃなくて、俺にレミィから離れろって意味!?

 幸い、周囲に人の気配はないようだ。このまま大通りに出て、何くわぬ顔でしれっとカフェとかに入ってごまかそう。


 やっと大通りだ、とほっとしたところで、小柄な女性とぶつかりそうになった。

「あっ、すみません」

「いえ、こちらこそ⋯⋯え」


 ユーリアじゃねーか! なんでお前がここにいるー!?

 しかも、なんで小路から出てきた俺たちをガン見しているんだ。そして視線を小路と俺の間を往復させるな。その顔は何か誤解しているな?!

 連れ込みたいけど連れ込めてないんだよっ。じゃなくて、ユーリアの誤解が俺の死につながっているっ。


「彼女の口から噂になったりしたら、どうなるかお考え下さい。お嬢様は私と二人で馬車に戻ります」

 後ろの侍女殿からそっと早口で囁かれる死刑宣告。ユーリアの誤解を解け、こんなところにレミィを留めるな、と、二つの難しいミッションを同時に繰り出してきた。しかも俺置いて二人で戻るって、デートここまでってこと?


 俺とイリスの殺気を感じたのか、ユーリアは踵を返すと走って逃げた。にげた!?

「ちっ、」

 あのアマぁ! なんで逃げるんだよっ。ミッションを更に困難にするんじゃねー!

 何としてもユーリアの口を封じなければ⋯⋯!

 こんなところでデートが強制終了だなんて⋯⋯っ。でも、ユーリアを何とかできないと俺の人生が強制終了になってしまう⋯⋯!

 悔しさでいっぱいになりながら、レミィに言い訳する。すぐ追いかけないと見失ってしまう。

「レミィ、ホントすみません、先に馬車へ戻ってください。すぐ追いつきますから!」

 ちくしょうっ。ユーリアを脅して口止めしたら、すぐ戻ってデートの続きしてやるからなぁ!



「待てよ! くそ、足はえーな!」

 すぐ捕まえるつもりだったけど、ユーリアはなぜか必死に逃げる。逃がすものか。

 やっと追いついてつかまえたが、まあまあな距離を全力疾走したから、すぐには息が整わない。肩で息をしたまま、先に口を開いたのはユーリアの方だった。


「どうして、追ってきたんですか⋯⋯?」

「お願いがあって」

 恐ろしいものを見るような顔だ。怯えと言うよりは、混乱か?

 とりあえず要求を伝えよう。断らせないが。

「今見たこと、絶対に誰にも言わないで」


 ユーリアはポカンとした間抜け面で、理解していないようだ。あんな道を二人で歩いていたことを見なかったことにするよう、たたみかけてお願いした。

 しかしユーリアが気にしたのは栗だった。なんだよ、栗って? 確かに焼き栗持ってるな。ほしくはねえよ。


 急に力が抜けて、大きく息を吐き出すと、彼女の瑕疵になりたくないと切々と語ってみた。ついでに、結婚まで手を出せない悲哀も語ったが、軽く流された。いや、これが今一番大きな悩みなんですけど。

 そして、なぜか持っていた栗を俺に渡してきた。


 栗は意味不明だったが、とりあえず口止めに成功した俺は、また走って停車場まで行った。しかし、彼女を乗せた馬車は、俺を待ってはいなかった⋯⋯。




レミィ的に辛いデートの終わりでしたが、ノーディスの浮かれポンチが原因でした。

レミィごめんね。

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