01
ジェイヒライン・ノーディス視点。
かっこいいヒーローをお探しの方のご期待には、お応えできない可能性が非常に高いです。
とんでもない美人が泣きながら歩いて来るのに釘付けになる。
彼女は、俺には気付きもしないでつぶやいた。
「こんなところで頑張っているのね、なんて可愛いらしいのかしら」
さっきまで泣いていた顔を隠しもしないで、ふんわりとほほ笑む彼女に、きっと全部持っていかれたんだと思う。
俺は伯爵家の継嗣として、幼少期から厳しく躾られてきた。父親は伯爵であると同時に騎士団にも所属して、閣下と呼ばれる地位についている。自然と自分も騎士団の所属を目指した。
十五歳から所属している騎士団ではまずまず評価されていて、様々な役割を振られている。それはありがたいことだと分かっているけど、父親が要職についているから、やっかみとか、明らかな嫌がらせもあってうんざりしていた。
子供の頃から体系だった教えを受けてきたんだから、それなりに「使える」人材ではある。だが一人の騎士として見れば、魔法の技量がある者や、戦う才能があるヤツなんかには遠く及ばない。
実力主義者が多い騎士団で、突出した実力があるわけでなければ、親の七光りと言われるのは当然だった。
俺は魔力がそこそこある。魔法自体は攻撃には向いてないが、支援には向いている。自分の持つ剣に炎を纏わせたり、相手の足元を氷らせたりするのは派手だし、分かりやすいから、よく使っていた。
この国には、魔物が出ることがある。あまり多くはないが、生きているものを見境なく襲うので、発見し次第討伐する。討伐は、貴族が行う。領地を守るトップだからだ。もちろん、伯爵家の跡継ぎで、騎士団に所属し、あまつさえ魔法も戦いに活用できる俺は、初動から呼び出される。
戦いの場は人間が有利なことがほとんどだが、魔物との命のやり取りの場だ。もちろん怪我をすることもあるし、時には失われる命もある。
初めて戦いの場に連れて行かれたのは十二歳だ。恐ろしくて、怖くて、何も出来なかった。領主の息子だから、経験するために連れて行ってもらえただけだった。
その戦いでは何も得られなかったけど、何度も経験する内に、もっと上手く戦えないかと考えるようになった。せっかく使える魔法を使って、効率的に、人命が失われないようにできないだろうか。
貴族が通うよう義務付けられている学園に入学した。せっかく学ぶ機会があるのだから、魔物を効率的に何とかできないか研究することにした。敵を知るために、魔物の生態について学ぶ。
ここで学ぶ学生は同年代で、平等に学ぶ機会が与えられている。貴族の勘違いしている息子達や、力のある商人の子供なんかもいて、わずらわしい人間関係や若さ故の諍いなんかもあったけど、騎士団での、大人からの理不尽を経験している俺にとって、ここでのやっかみやいじめなんか可愛いものだと思えた。
学園では魔法が基礎から学べる上に、理論が認められれば研究することもできる。昔から考えてきた、安全マージンをとって行う魔物の討伐について研究を認めてもらうことができた。
学園にいるうちに、今行っている研究をなんとか形にしないといけない。卒業したらどんな進路を選んだとしても、今ほど恵まれた環境や時間はとれないだろう。
学園は最終学年になってしまって、あと1年しか在籍できない。
何をしても期待したほど結果を出せていない状況に、泥の中をもがくような息苦しさを感じていた。
「はあ、疲れた⋯⋯。今日は横になる時間があるな⋯⋯」
昼休みに、学園の騒がしさから逃れるようにいつものベンチで横になる。研究が上手くいかず、領地の経営について勉強しながら騎士も諦められない日常の大変さに、疲労困憊だった。
午後の授業の前に、少しでも休息したかった。
校舎裏の雑木林を少し入ったところに、なぜかひとつだけ小さな花壇とベンチがある。昼食時ぐらい一人になりたくて休み時間はたいていここにいた。
いつものようにベンチに横になって休憩していると、とんでもない美人が泣きながら歩いて来るのが見えた。
彼女の美しさにか、その凛とした雰囲気にか、ただただ見惚れた。
小さな花壇で咲く雑草みたいな花を見つけた彼女は、俺には気付きもしないでつぶやいた。
「こんなところで頑張っているのね、なんて可愛いらしいのかしら」
想像より幼げなやわらかい声。彼女から視線を離せないまま、のっそりとベンチから起き上がる。と、靴がベンチに当たって音を立ててしまった。
そこで俺が居ることに気づいた様子の彼女はゆっくりこちらを振り返ると、泣いてた顔を隠しもしないで、ベンチに座ってもいいか聞いてきた。めんくらったが、美人だったし、下心がなかった訳でもない。
ちょっと詰めて場を示す。まあ、向こうが望んで座っただけだから、こちらから話しかける必要はない。
座って暫くはお互い黙っていたけど、ぽつぽつと当たり障りない会話をして休憩時間が終わった。
結局眠れなかったけど、疲れはとれた気がした。
それから、毎日のようにそこで一緒に昼食を一緒にとるようになった。
最初は彼女が宗主の娘だって気付かなかったけど、話の内容で分かった。多分、彼女もすぐ気付いただろうけど、俺達はファーストネームしか伝えなかったし、改めて宗家と分家としての挨拶なんかも、もちろんしなかった。
ただ、何の約束もなく、昼休みに一緒の時間を過ごすだけ。
彼女は綺麗だし、可愛い。顔やしぐさは美しい上に、内面の美しさと言うか、自分の足でしゃんと立っている凛とした美しさもある。きちんとしているのに、意外なとこが抜けてたりしていて、年相応に可愛いらしいとも思える。
領地の状況の分析や政治の話もできる。まあ、宗家の継嗣だと思えば知ってて当然かもしれないけど、伯爵家の後を継ぐ勉強だってあんなに大変なんだ。彼女の大変さや、努力はいかばかりか。
どんどん彼女に惹かれていく。この国に四つしかない侯爵家の娘であることは、俺の立場より大変だと想像できるけど、彼女は本当に前向きに折り合いをつけて頑張っていた。
頑張っている可愛い女の子に惹かれないわけはなく、会うたびに更に好きになっていることを自覚していた。
なんとか彼女の意識に残りたい。
俺を良く見てほしい。
だけど、彼女が大事だと思えば思うほど、宗家の次女である彼女との関係をすすめることはできなかった。
午前の授業が終わるタイミングで、騎士団からの呼び出しがかかる。昨日から分かってた会議の出席について、わざわざギリギリに教えるなんて何のいやがらせか。
午後のテストを後日受けられるよう先生に交渉する。こんな直前に本当に申し訳ないが、嫌味を言われるくらいで対応してくれて助かった。もう昼食をとる時間はないが、遅れるわけには行かない。夕食も遅くなりそうだだと思うと、ますますイライラした。
荒んだ気持ちを何とかしないと。そう思ったら、お嬢様の顔が浮かんだ。ただ彼女に会いたくて、ベンチに向う。
そこには、ぼんやりと弁当箱を見つめる彼女がいた。声をかけると、俺を見つめて嬉しそうに微笑む。走ってきたせいだけではなく鼓動が跳ねる。
「ああ、貴女の顔が見れて良かった」
ほんと、この波立ってた気持ちがちょっとだけ穏やかになった。
気持ちだけでなくサンドイッチで腹も満たしてくれた。女神かな。
ああかわいい。
思わず愛しさがこみあげてきて、頬にくちづけた。
言い訳をする間、びっくりした顔で、じっと見つめている。頬も、耳まで真っ赤になっている。果物みたいで、甘そう。
彼女が俺を受け入れてくれているのだと思ったら、体が勝手に動いて、許可も得ないまま、くちづけした。
いや、キスとか勝手にすんなし。
と、書いてて思いました。
けど、恋に浮かれてる思春期男子とかこんなもんじゃないすかねー(適当)




