04
次のお休みの日に、街へ出る。調査のための準備として、ちょっとした旅行の準備と、試したい罠の道具とか買った。あとは、ぶらぶら観光しながら、ついでに故郷へお土産を送る。罠はペルツ先生からの研究費用だから金額を気にせずいい道具を選んだけど、お土産は自分のお金だから安さ優先にした。
あちこち歩くうち、狭い小路に入ってきてしまった。栗を売ってる露天のおじさんに、焼き栗を買いながら道を聞く。
「その角を右に曲がって、道なりにまっすぐ行くと大通りだ。途中の小路は連れ込み宿とかあるから客引きにひっかかるなよ」
おじさんの教えてくれたとおりに大通りを目指して歩く。
あー、たしかにここらの小路は夜にはエロいお姉さんとか立ってそうな雰囲気かも。連れ込み宿って、風俗街とかラブホ街みたいなことかぁ。
意外と昼間でもカップルが歩いている。小路に入っていく人を見ながら歩いていると、急ぎ足でラブホ街から出てきたカップルとぶつかりそうになる。
「あっ、すみません」
くっそリア充め。こちとら討伐参加前に会いたい異性もいないというのに⋯⋯。
「いえ、こちらこそ⋯⋯え」
ちょ、先輩と婚約者さん!?
今、ラブホ街から二人で出てきたよね? え? そんな清楚なお嬢様を手篭めにしちゃったの!? だめじゃない?
先輩はともかく、婚約者さん侯爵令嬢だよね、こんなとこ歩いてちゃダメな美しさなんですけど。なんでこんなとこ連れ歩いてんのっ。
半ばパニックになって、思わず、今来た道を戻るように走って逃げた。
走りながら考える。見なかったことにしよう。いや、熊に言いつけたほうがいいのか?
そうだな、なんか怖いし言いつけよう。お嬢様がだまされています、ノーディス先輩が獣でしたって。
「待てよ!くそ、足はえーな!」
先輩が走って追いかけてくる。まあ、討伐隊で鍛えてましたし、足には自信あります、けど。何故、追いかけてくる!?
なぜか必死に逃げたけど、割とすぐ先輩は追いついて、腕をつかまれた。ひぃ、怖いっ。
走ったせいだけではなく、イケメンに追いかけられたという事実に、すごくドキドキしている。何? 婚約者より、私のことが気になって追いかけてきたってこと⋯⋯?
いや、ないな。
ノーディス先輩のことだから、わたしがやらかした何かを怒るためか?
思い当たるフシが多くて怖い⋯⋯!
狭い小路で、先輩はわたしの腕をつかんだまま。お互い息があがっている。
話さず、息を整える先輩が何を言うのか予想ができない。怖くて待てずに、先に問いかけてしまった。
「どうして、追ってきたんですか⋯⋯?」
「お願いがあって」
叱責ではない。じゃあやっぱり、キミには彼女との関係を誤解しないでほしい、とか⋯⋯?
いや、ないな。
この先輩とじゃそんな漫画みたいな色っぽい展開にはならない。
はっ、まさか、この焼き栗⋯⋯?
混乱してるわたしに、先輩はすごい真顔で「今見たこと、絶対に誰にも言わないで」と懇願してきた。
は? どゆこと?
「あんな場所に二人で歩いてたとか、絶対知られたくないんだよね。誰にもね」
「なんでですか。ヤっちゃってるんでしょう、あんなにキレイなお嬢様を傷ものにしたんですかケダモノめ」
「ちがう、まだしてない! うっかりしていてあんな小路に入り込んじゃったんだ。あんなとこに彼女が歩いてたって話されちゃ困るんだよ」
「まだしてないって、連れ込んじゃっててナニ言ってるんですか悪党が」
「だから連れ込んでないって!」
「じゃあ焼き栗がほしかったんですか」
「はあ? なんで栗⋯⋯?」
先輩は脱力して、更に大きくため息をついてから説明してくれた。
曰く、先輩は彼女が大好きで、宗家の主である彼女のお父様に結婚をお願いした。婚約を了承してもらったけど、様々な条件をつけられた。その中に「結婚の誓いのキスまで一切手を出してはいけない。ふれあいはエスコートまで」という前時代的な約束があった。男の事情としてエスコートの先を望んでいるが(知らねーよ)、僅かでもそんな疑いを彼女の父親にもたれては困る。何故か学園の噂まで熟知されているので、ほんの少しでも彼女の清らかでない噂話をされる訳にはいかない⋯⋯。
「あー、熊先生に言いつけようと考えてました」
「あっぶねえとこだった⋯⋯止められて良かった⋯⋯!」
心底安心したように微笑む先輩は、相変わらず顔面偏差値が高い。ときめいちゃうだろ。
婚約者が大好きなのに、義父になる人との約束と自分の欲望の板ばさみになっている先輩がなんとなく可哀想だな、と思った。先輩だってあんな美人の婚約者がいたらいちゃつきたいよね。
いや、よく考えたらあんな美人に手を出すなんて許せん。清らかな男女交際しろよ。やっぱ可哀想は撤回。
「そういえば、お嬢様をひとりであんな場所に置いてきてよかったんですか」
「ああ⋯⋯。彼女には護衛侍女殿がついてて、彼女をきっちり守っているから大丈夫なんだ⋯⋯。そう、俺からも⋯⋯」
そう言った先輩の眼は虚ろだった。
「⋯⋯焼き栗でも食べて元気出してください」
ちょっとでも眼のハイライトが戻るように、さっき買った焼き栗をあげた。
「ほんとに栗持ってたんだ⋯⋯?」
ちょっと短いけどキリがいいのでここまで。
次回、ユーリア視点最終回! ユーリアは、ヘタレ先輩にヘタレていることを教えてあげることができるのか!?




