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数あるお話の中から手にとってくださってありがとうございます!
n番煎じの婚約破棄ですが、好きなエピソード詰め込んで最後まで走り抜けますので、よろしければお付き合いください。
「レミィ、お前の婚約が決まった」
お父様の執務室に呼ばれ、難しい顔で告げられた。娘の結婚の話なのに何故嫌そうなの。
「お相手はどなたでしょうか」
彼がいい。彼でなければ、誰でも同じ。
期待をこめてお父様を見つめると、難しい顔を苦い顔にして、ゆっくり告げた。
「⋯⋯ジェイヒライン・ノーディスだ。まあ、彼なら任せていいと議会でも判断された」
表情を保つのが精一杯で、言葉を出せないでいると、お父様は苦い顔をさらに苦くして続ける。
「彼には学院を卒業し次第、婿として、継嗣としての準備のために領に入ってもらう。結婚の日取りは未定だ。とりあえず婚約だけ整えるから、そのつもりでいなさい」
にやけた顔を我慢できず、早足で自室に戻り、ベッドにダイブする。
やったー! あああ、どうしよう、彼の婚約者になってしまったわ!
嬉しい! 淑女のすることじゃないけど、誰もいないから大丈夫!
ベッドの上をごろごろと転がると、突然目が回って頭に強い痛みを感じた。
痛い! あ⋯⋯頭から落ちた⋯⋯?
頭がぐるぐるして、なんか気持ち悪い⋯⋯ああー、痛いよ⋯⋯、視界が暗くなってきた。
痛い、このまま死ぬかも。え? 憧れてたあの人と婚約が整ったとたんに、死ぬの⋯⋯?
え、ちょ、うそ。死んでも死に切れない。
「ジェイヒラインさま⋯⋯」
憧れのあの人を思いながら、意識は暗闇に沈んでいった。
私はレマノン・ノーデンクルーセス。この国に四つしかない侯爵家の次女だ。
この国は、東西南北にそれぞれ領地を治める侯爵家がある。その中央に王家が治める小さな領地、というか王都と天領がある。今は公爵家はないので、四侯爵が王家に次いで力のある貴族だ。
ヨーロッパみたいに人が爵位を貰うんじゃなくて、領地を治める家の家長に爵位があって、それを継いでいく。日本風。
だから、私の結婚も家と家のつながりなのだ。親族会議で決定される政略だ。
⋯⋯ん? ちょっと待て。ヨーロッパとか、日本とかって、この世界の地図に無い。
ベッドから落ちて思い出した⋯⋯ってこと?
あれ? これってもしかして異世界転生とかいうのじゃない⋯⋯?
そうだよ、だって乙女ゲームとかラノベとか大好きだったの覚えているもの。前世の私は日本で⋯⋯ん?
ああ、あたまいたい。
「お嬢様!」
焦ったような声にハッとした。
部屋に入ってきた侍女のイリスがベッドから落ちて寝ている私を発見して、ビックリした様子で駆け寄ってくる。申し訳ない。怪我がないことを確認すると、イリスはあきれたように言った。
「午睡はかまいませんが、寝相の悪さが婚約解消されるレベルですよ」
「う⋯⋯返す言葉もないわ」
痛みを振り払うようにちょっと頭を振りながら起き上がる。
「気分は悪くありませんか? もうすぐ夕食ですが⋯⋯」
一応心配はしてくれている。ぐっと伸びをしてみるが、何ともない。死ぬかと思ったけど、前世を思い出した以外に特に異常はなかった。いや結構な異常ではあるけど、身体はなんともなくて良かった。
食事は家族揃って食堂で食べる。といってもお姉様は嫁いでしまったので、両親と私の三人だけだ。
今まで何とも思わなかったけど、給仕してもらう食卓って、贅沢だよね。
「レミィちゃん、婚約おめでとう!」
夕食の席でお母様が満面の笑みでお祝いの言葉をくれた。
「ますます淑女教育をしっかりしなくてはね」
「ハイ、頑張りマス」
すみませんお母様、もう淑女らしくなく、ベッドから転落しました。
淑女教育に寝相の矯正ってあるのかしら。
婚約が決まったことを知らされて、前世とおぼしき記憶がよみがえった翌日、ジェイヒライン様と、ご両親のノーディス伯爵家当主御夫妻が我が家にやってきた。結婚が決まったので両家の顔合わせだ。
我が家はノーディス伯爵家の宗家に当たるので、挨拶も出向かないで来てもらう。婿に来てもらう立場なのに偉そうだけど、この国の貴族の序列に則るとそうなる。
お姉様の嫁ぎ先は王族なので、我が侯爵家だけが力を持たないように、私は親戚から婿をもらうことになっていた。
身内同士の結婚って「華がない」ことらしいけど、おかげで彼と結婚できるんだから、私にとっては万々歳だ。
伯爵家の皆様と応接室に集まり、はじめましての挨拶をする。
実は、私とジェイヒライン様は学園で会っているんだけど、両親にはそれは伝えていないので、はじめまして、だ。
両親たちは親戚なのでもちろん顔見知りで、やわらかい雰囲気で話している。じっとジェイヒライン様を見つめると、視線に気付いた彼も私を見つめて、微笑んでくれた。
ああ、顔がいい。
「レミィちゃん、そんなにじっと見つめるものではないわよ。お庭でもご案内してさしあげたら?」
お母様のお小言をいただてしまいました。
しかし彼と二人きりになれるチャンスなので、言われた通りに彼と二人で庭に出た。
王都のタウンハウスなので領地の屋敷に比べて小さな庭だけど、どの季節でも花が見られるようになっている。どういう管理かわからないけど、庭師ってすごいと感心する。
隣を歩く憧れの、いや、婚約者のジェイヒライン様を見る。婚約者ですって!
ちょっとフォーマルな装いで、髪もオールバックにしちゃって、大人っぽい。
はあ、顔がいい。直接伝えておこう。
「私服だと雰囲気が違いますね。とっても素敵です」
眼福。顔が素敵とは言えませんでした。
「そう? あなたも学園とは違って寛いでいるというか、穏やかな感じが可愛らしいですよ。」
「かわっ⋯⋯!」
穏やかな微笑で、何てこと言うの!
今、絶対顔が赤くなっているっ。
「せっかく婚約者になれたんですし、もっと親しくなりたいんですが」
ニヤリと、挑むような笑顔で見つめられる。その顔も素敵。好き。
じゃなくて、今何て言った? し、したしく、って!? 親しくなるってどういうこと?
婚約者としての親しさって、も、もしかして⋯⋯?
「俺も、あなたの家族が呼ぶように『レミィ』と呼んでいいですか?」
⋯⋯あっ、呼び方ね。うん、呼び方大事よね!
どぎまぎしていると、耳元で囁くように低く落とした声で追い討ちをかける。
「別のこと、期待しちゃった?」
あー、無理! 顔が近い! 顔がいいのよ、このイケメンめ! 囁く声もたまんない!
「もうっ、そんなに距離詰めてこないでくださいっ」
「ええ? 愛称を呼ぶ許可ももらえませんか?」
そっちの距離じゃありません。
そんな捨てられた犬みたいな顔されたら、私が悪い人みたいじゃないの。呼び方なんて、恋人みたいに愛称で呼び合いたいに決まっているでしょう。
そもそも自分のレマノンって名前は女性らしくないからあんまり好きじゃなくて、友人達にも愛称で呼んでもらっている。
「いえ、呼び方はご随意に。では、私もジェイ様とお呼びしても?」
「光栄です」
そう言いながら、にやりと笑って、私の髪をひと房手にとって、口付けた。
髪に神経なんてないのに、そこからビリッと熱い刺激が身体を駆け巡った気がした。
庭から戻っても真っ赤な顔のままの私を、家族はほほえましく迎えてくれた。お父様だけが複雑そうな顔をしていた。
読了ありがとうございます!