8話 揺れるドリビア家
「旦那様、グレンを連れてきました」
当家の執事クラークはグレンを儂の執務室に連れてきた。
儂はグレンを座らせると話を始めた。
「じいちゃん!」
「さてグレンよ、アリシア殿下と何があったのだ?」
「えーと、図書院でかわいい貴族の女の子が読書していて気になって声をかけてみたらアリシア殿下でした。それよりもアリシア殿下はかのドリビア家に興味があって取り繕わなくても良いって言われたから苦手な敬語を使わず話してた。それとじいちゃんと話したいって言ってた」
「ふむ、ジャンの話と少し違うな…。グレンよ、殿下が不問と言おうとも、お前の行為は褒められたものではない。反省するとともに礼儀作法はしっかり身につけよ」
「はい…」
如何なる理由があれど礼儀は失してはならない。貴族の家系に連なる者として絶対である。これは冒険者になろうが商人になろうが帰農しようがこれだけは変わらない。そのことをグレンに諭した。だがグレンの証言は妙だと感じた。礼儀作法を不問としたこと、そして英雄と呼ばれた儂に会いたいと王女が言い出したこと、この2点が不可解だった。
まず不作法を不問とした事については王族がすべきことではない。それを許したということは何かしらの取引が含まれている公算が高い、順当に行けば儂に会いたいと言う話に繋がる。だがそれも王女らしくない話であり、これもまた不可解な話である。そもそも王女や貴族令嬢が戦場に興味を示す例は無い訳では無いが極稀であり、普通は考えられない。
まぁ儂自ら確かめる他ないだろう。
「それと殿下は儂に会いたいと言っておったのだな?」
「はい」
「他に気になることはないか?」
「それとアリシア殿下は大厄災で活躍したじいちゃんに憧れてるように見えたんだけど…」
「なるほど、それは糸口となる可能性もありうるな。では陛下に文を用意するとしよう」
この時点で既に十中八九ジャンがアリシアの意向を読み違えていると考えた。確かに王族の権力は強大であり、不敬の証拠を叩きつけた上で文句を言えば逆らうことはできずお取り潰しどころか処刑もあり得る。ジャンが恐れるのも無理はない、しかし噂に聞こえしアリシアの姿と孫の証言からしてそれをするとは思えなかった。
アリシアは英雄と呼ばれる自分に会う切掛を作り出すために意図的にグレンの無礼を見逃した。グレンの無礼を弱みとして握り、ドリビア家に何かを要求する算段を立てた。
これなら辻褄が合う、その可能性を考慮して動く必要があると判断できる。しかし己の武人としての直感はアリシア殿下からは別の意図があると叫んでいる。
だが今は目の前の問題に対処すべきだった。グレンの将来と言う問題に…。
「話は変わるがお前はどの道に進みたいのだ?」
「僕は騎士か冒険者になろうと思ってます」
「ほう…それは鍛えるに越したことはないな。ワシはその道を肯定する。何、ワシも叙爵されるまでは自由に生きてたんでな」
「ありがとうございます」
グレンの反応は予想通りだった。だがジャンは文官に育てたい意向を示している。近頃では儂への態度が徐々に悪化している。大方老害がいるから貴族の道を進めないとでも考えておろう。奴は妙な勘違いをしているようなのでな。
「まぁジャンは根っこからの堅物で文官肌だからな。文官の道こそ貴族の道と勘違いしている節がある。お前には文官になるための教育だけすれば良いと考えておったみたいだぞ」
「何故親父はそんなことを…」
「まぁ極端な貴族に染まってしまったんだろうな。嫡男として背負い込むのは良いがその結果があのザマではワシも考えねばならん。最悪ヤツは廃嫡し騎士団にいるエリックに家督を譲ることになるだろう」
グレンは息を呑んだ、流石に今の状況ぐらいは理解できるか。父親が廃嫡される、自分の立場が浮く、立場は悪くなるが武の道には進みやすくなる。それくらいのことは理解しているのだろう。
「今日のところはここまでだ、お前は部屋に戻りなさい」
「はい」
グレンを部屋に返した儂は国王陛下宛の手紙を書くことにした。本来立場を考えれば出せないが、儂は特別だった。英雄として名を馳せ叙爵され国王からも友と呼ばれるほどの関係を築けていたからこそ子爵ごときでありながら国王に手紙を出せるのである。
内容はアリシア殿下への面会の申請と経緯、そして嫡男を廃嫡する可能性を伝える手紙である。
儂は書き終えた手紙をクラークに預けるとバリネット伯爵家の屋敷に向かった。冒険者時代からこの家と付き合いがあり、当代とは深い関係がある。貴族になってからもその伝手で同じ派閥に入っていた。
「これはこれは…ドリビア子爵ではございませんか。どうぞこちらに」
「いつもすまないな」
バリネット家の使用人に案内されバリネット家当主に面会することができた。
「久しいですな、フリード爺」
「久しぶりですな、ドワイト殿」
「今日はどの様なご要件ですかな?」
「あぁ…実はな…」
儂は今日あったことをバリネット家当主ドワイトに話した。ドワイトは儂には頭が上がらない。何度も命を助けられてきた上に親子ほどの年の差がある。立場は儂より上でもその恩義から常に儂の顔を立てていた。
話を聞いていたドワイトは徐々に眉を顰めた。全てを語り終えると頭を抱えた。あまりにも状況が良ろしくなかった。同じ派閥の貴族として、恩義ある者として放置できる状況では無かったようだ。儂の子孫の状況を警戒しているのが分かる。彼も儂の関係から巻き込まれる可能性が高い、だからこそ余計な騒動に巻き込まれないようにしたいのだろう。
「そんなことが…」
「残念ながらな…まぁ全てが決まった訳では無いが…」
「しかし意外でした…あのジャンがそこまで狭量な人間に育っていたとは…」
「嘆かわしい限りではあるが、それよりバリネット家に頼みたいことがある。グレンを預かってもらえないだろうか?仮に冒険者になるとしても貴族出身者として孫はあまりにも礼儀がなってないのでな…」
「預かるよりもうちから家庭教師を出しましょう。教師をしている末の弟に余裕がありますので」
「本当に申し訳ない」
「いえいえ、当家はあまりにも貸しがありますのでそれくらいは問題ありませんよ」
爵位はバリネット家の方が上だが色々と助けてもらった過去があり、その精算も兼ねてドリビア家にとってありがたい提案を切り出しただけであろう。ありがたく受けるとしよう。
その後も2人は雑談がてら情報交換を行っていたが、それは王国騎士が入ってきたことで中断された。
「ドリビア子爵!ここにおられましたか!ドリビア子爵とその孫のグレン殿は王宮に向かうようにとの勅命が出されています。特にドリビア子爵には直ぐにでも来るようにと陛下は仰せになられております」
「御役目ご苦労、では直ちに向かうとしよう。バリネット伯爵、申し訳ありませんがここで失礼します」
「当家が馬車を出します。徒歩でお越しになられたフリード爺をそのまま向かわせる訳にはいきません」
「かたじけない」
こうして儂はバリネット家の馬車で王宮に向かうことになった。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
良ければブックマーク、評価、感想、レビュー等お願いします。