4話 若き才能
冒険者ライセンスを受け取ったその日のうちに私は依頼を受けず町を出ることにした。今のままハルタルにいたら勧誘を鬱陶しくて仕方ない。本当ならそのまま依頼を受けていくものなのだけどアレでは受けようがない。受けようとしても色々と邪魔が入って混乱するのがオチね…。
まぁ契約だから3人組には特急で治癒魔法だけは教えよう。そんなに難しくはないからその気になればすぐにでも覚えれるだろう。
それとギルドの受付には一応言った方が良いわね。
「え?本気ですか?」
「この状態で満足に冒険者活動出来ると思う?」
「確かに無理ですね…」
「本当に良いのか?僕たちに教えてる期間だけでもあいつ等に迫られると思うんだけど」
「言ったことは言ったこと、ちゃんと履行するわよ。最低でも1人は使えるまで私も頑張るわ。それと名前聞いてなかったわね。教えてもらえる?」
「俺はパーティーのリーダーで剣士のドンジョです」
「僕はバクロンです」
「私はレンナと言います。宜しくお願いします」
ドンジョ、バクロン、レンナね。誰に回復魔法の適性があるかは分からない、だから全員に教える。因みに適性がないと覚えるのが大変だったり威力に影響する。尚、適性次第では使えない魔法も存在する。
「まず2人は魔力の流れを掴むところからね。レンナは…使える魔法をまずは知りたいからとりあえずこの紙に使える魔法を書き出してくれる?」
「「「え?」」」
どうやらレンナだけに教えるつもりだと思ってたらしい。まぁ魔道士以外が魔法を覚えること自体がレアと言えばレアだし、余程のエリートじゃないとこの若さで両立は普通はありえない。
だけど基本誰でも魔力は保有してるため、魔力の流れを掴めれば魔法は使えるはずである。
「はい!やるよ〜」
フリーズから最初に復帰したのはレンナだった。すぐにペンを紙に走らせていた。
残りの2人は…無理矢理魔力の流れを認知されるための荒業を使うことにした。
その方法は単純にして強引、最も効果的な方法である体外からの他者による魔力操作である。論理的には体の中の魔力が無理矢理動かされることによって嫌でも感覚変化を認知できると言う術だった。
ただしこの方法、問題点が無い訳ではない。
そもそも他人の魔力を動かすのはかなり高難易度だし、動かされる方は正直痛い。運が悪いと拒絶反応で魔力暴走という事態にも繋がることもある。
魔力暴走は辛い、体内魔力が暴れ、全身を痛めつけることになる。結果的に神経麻痺、内出血、骨折はあるあるだし、身体の一部が破裂する場合も考えられる。極端な事例では命を落としたケースも報告されている。魔力暴走はそれほどまでに危険である。
故に魔力操作に優れた人が行わないといけない、事故が起きてからでは遅いのだ。
「2人についてはまず魔力を知るところからね。ドンジョからいくわよ」
私は彼に触れると彼の体内魔力を無理矢理動かす為に彼の身体に魔力を流し込んだ。
凄まじい抵抗を感じる…めちゃくちゃ重たい…自分自身の魔力操作にノイズが混じる…。精神に異常をきたし、視界がブレ、時間感覚がブレる…。これは正直想定を超える苦痛ね。
でもここで折れる訳にはいかない。人として出来る限りのことをやらなければならないし、ここで折れればまず間違いなく魔力暴走を引き起こす。魔力暴走が起これば確実に私も彼も無事では済まない。何が何でも成功させなければならない。
どれだけ時間が経っただろうか?ようやく彼の魔力の感覚が掴めてきた。本当に気の抜けない作業で疲れるわ…。
慣れてきたところで私は彼の魔力で魔法を構築した。ただ魔法の構築は動かす以上に難易度が高かった。術式の維持が不安定だし、それを維持するだけでも相当意識を使う。
でも何とか構築はできた。彼の手から炎が上がった。魔法の炎だった。
「え?この感触が魔法を使うってこと?」
「ぜぇ〜ぜぇ〜…まさか他人の魔力を動かすのってこんなに大変なんだ…。それで、どうだったかしら…初めての魔法は?」
「不思議な感触だった」
「途中で感覚が変わったりしなかった?」
「言われてみればジャンヌが私に触れた時はとても苦しかった。でも途中から苦痛が減って不思議な感覚だけが残った」
「ならその不思議な感触を自分で再現してみなさい。それが魔法の第一歩よ」
やはり魔力の知覚は早いらしい。これなら何とか数日で終わるかもしれないわね。朗報だわ。
「そう言えばどれくらいの時間経ったかしら?」
「え?全然まだ時間経ってないぞ…?」
「え?」
「いや、そんな時間は経ってないな」
「なるほど、そういうことね…。私は疲れたから少し休む、バクロンからは少し待って…」
「わかったよ」
どうやら体感時間は相当長いらしい…これは悲報の中の悲報だわ…。
因みにバクロンの魔力操作はドンジョよりは楽だった。2回目だもんね。
そしてレンナは使える魔法の一覧を書き終えると私の魔力操作を観察していた。発想は悪くない。
他人の魔力操作を学ぶことで自分と比較し、他の魔法を覚えるのも、魔法の練習法の1つとして知られている。
「レンナは書き出せたかしら?見せてもらっても良いかな?」
「はい、これです。炎系の攻撃魔法に偏ってしまってますが…」
「なるほど…。魔法を使うなら相手を壊したい、焼きたい、殺したい、と言う魂の深層の想いがそこに出ているのよ」
「え!?」
「驚くことじゃないわ。魂の深層と表向きの感情が一致するとは限らないわ。でも治癒魔法との相性は良くはないわね…。使えなくはないけどね」
「そうだったのですね…」
「大事なことを言い忘れたけど魔法には己の心が重要なの。これ、困ったことに案外書いてない魔導書多いのよね…」
「それは初めて知りました」
レンナの特性も把握できた。ここまでは非常に順調だった。
ここからが大変だ!魔法の習得、それはそんなに楽なもんじゃない。感情に新しい力を乗せるのだから、それはただ術式を組めば良い訳じゃない、感情と術式が噛み合わなければ上手く発動できない、発動できても安定性や威力に影響することもしばしばある。
つまり魔法のトレーニングは心のトレーニングでもあるのだ。
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このトレーニングは夕方まで続いた。
魔力が切れかかった頃、奇跡が起きた。
「やった!できた!」
なんとバクロンが治癒魔法の発動に成功したのだった。1日でこれを覚えれる人ってなかなかいない、彼が相当優れてる証だった。
「おめでとう、思ったより早かったわね」
成果はバクロンだけじゃない、今日の練習の副産物としてドンジョは身体強化魔法と炎系の魔法を覚えていた。
レンナも回復魔法こそ覚えれなかったものの、他の魔法を沢山習得することに成功していた。
今日だけでこれである。ちょっと魔導書の質を疑っちゃった。いや、教える人がいなかったから独学で上手くいかなかっただけなのかもしれない。でも彼らは筋が良いし真面目だ。だから今後も色んな魔法や戦術に触れて強くなっていける。
「俺やレンナは治癒魔法こそ覚えられなかったけど、魔法の素養は大きく伸ばせました!ありがとうございました!」
「良いわよ、これからも頑張ってね」
そうしてドンジョたちと別れた。これから彼等がどれくらい強くなるのか、少し楽しみね。
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結局今日は町の高級宿に泊まることになった。費用はギルドマスター持ちである。
何故そうしてくれたのか尋ねたら
「今の嬢ちゃんを下手な場所に泊めとくと危険だからな。この街にいる間は多少高くても安全性の保証されたところに泊まれ」
とのことだった。しかも私が彼らに魔法を教えてる間にサクッと部屋を押さえてきたきたらしい。素晴らしいくらいに仕事が早いわね。