40話 溝
快晴の空の下、私は王宮大庭園にいた。
「珍しい御方がいるぞ」
「声かけて大丈夫なのか?殺気飛ばされてもおかしくないだろ」
「殺気を飛ばすなど王女らしくありませんわね。フフフ」
やっぱり話題になってるわね。悪い意味で…
なんて考えていたら私に近づく気配を感じた。
「お初にお目に掛かります。アリシア殿下、私はマンノルディー公爵の孫のデルタと申します。お話をさせていただいても良いでしょうか?」
デルタ君、顔が引き攣ってるわね…。12歳でこんな暴れん坊と噂される人物の相手をさせられるのだから気持ちは分かる。多分祖父の命を受けて声をかけに来たってところでしょう。本人は意思を殺して祖父の教えに従い私を王家に引き止めるために動いてるってところねそんなことしても無駄なのに気の毒ね。
私が国務卿会合に初めて参加した少し後くらいから、お父様と宰相の間で婚約の話が進んでるとも聞こえてる。それまではお父様が打診しても「家格よりも国にとって最も益のある相手を選ぶべきであり、当家よりも声をかけるべき家は他にある」として断っていたはず、なのに今は宰相から提案を出している。
「顔が引き攣ってるわね。同情はするわ。あの石頭に命ぜられて私のところに来たのでしょう?でも貴方との婚約は無いわ。貴方と結ばれるという事は国王就任路線なので私には不都合なの。その上で話したいのなら乗ってあげるわ」
引き攣ってるどころか青褪めだしたわね。予想通りってところかしら。
周囲を見てるとデルタには奇怪なモノを見る目を向けられていた。そして私の発言は相当な衝撃があったみたい。王太子候補でありながら王太子や国王になるつもりはなく、尚且つ宰相であるマンノルディー公爵との関係が悪いことを堂々と認めたのだから上級貴族の子女や下級貴族の子女でも理解できる者たちは皆唖然としてる。
「ほ、本当に王位にまったく興味が無いのね…」
横からマリアが会話に入ってきた。うん呆れ顔だね。彼女は私が王位にまったく興味が無いことを察してたので本当に呆れてるだけだった。
「マリア嬢はご存知だったのですか?」
「ご存知も何も普段の殿下を見てたら普通に分かるわよね?少々不気味ではあるけどね」
「お祖父様はそれを知った上で私に…」
「あの男らしいわよ。貴方の家の家訓でしょ?国の尽くすと言うのは。だから必要とあれば王配に己の血族を差出すことにも躊躇いはない。貴方を私を縛り付ける枷として利用しようとしたのよ。無論私はそんなのに縛られるつもりは一切無いけどね」
「それがお祖父様の意図だったのですね。しかし逆に殿下の考えはよく解りません。何故王太子候補筆頭でありながら王位に興味を持たないのか、王族らしく無いと思います。何をお考えなのでしょうか?」
「婚約や王位継承を拒否するのは興味が無いだけでは無いわよ。明確な根拠があるわ。ただ、貴方たちはそれを知る必要は無いわ。世の中、知る必要の無いことなど無数にある、探るのは止めなさい」
「私より幼い貴女が何故そのようなことを言えるのですか?」
「今は答える必要はない。全てを明かすにしても全てが終わってから、もしくはどうにもならなくなった時よ」
「その時が来たなら教えてくれるのですね」
「その上で会えたならね」
あら?デルタは不誠実だと言わんばかりの顔ね。マリアは流石に諦めてくれたみたいね。その時が来て会えたなら彼女には真実を教えよう。
でも知れば後戻りはできないし巻き込むしかない。彼に祖父を欺かせるのは至難の業、だから彼には悪いけど諦めてもらうしかないのよね。
「これ以上の問答は無用ね。不誠実だと、王族として相応しくないとでも、この件に関してはなんとでも言いなさい。私はその非難すら背負ってでも成さねばならないことがあるの。それではごきげんよう」
デルタは慌てて私を追おうしたがマリアに止められていた。そうして私はこの場を去った。
お茶会には居続けたけどその後は特に厄介なやり取りは無かった。何らかの目的を持って私に接近しようとする子はいたけどすぐに撒けたから大事にはならなかった。
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その晩、私はお父様に呼び出されていた。お父様の後ろには宰相が控えている。
「何故デルタを振ったのだ」
憤りを隠さないわね。
「衆目のある中であの様な形で突き放せばこの婚姻は難しくなる。理解しているのか?王女として為すべきを…」
やれ、またその論理ね。聞き飽きた。
「私は前から言ってます。行動を縛られる王にはなりたくないと…。そしてあちらこちらで言ってますが、私には為すべき使命があり王位継承権はその枷でしかないとね」
「ならば問おう、為すべき使命とは何なのだ」
「今はまだ言うべきことではない。知る者が少なければ少ないほど良い。政治権力を盲信する貴方たちに言ったところで意味はありませんので」
2人共、顔がより曇った。それでも私は続けた。
「お父様、政治権力は万能ではありません。むしろ柔軟性や即応性に欠けます。それが命取りになるのですよ。宰相、貴方は確かに貴族の中では優秀なのかもしれない、でも家訓に縛られ実直にその道のみを正道とする貴方は頭が硬すぎる。それでは無駄な犠牲を払うだけに過ぎません。だから私は貴方と距離を置き、時に強硬な姿勢を見せてでも動きやすい立場を欲したのです」
「仮に殿下の使命が本物であり、秘密裏にそれを進めるならばならば社交を避けていたのは余計な柵を避ける上では効率的と言えましょう。ですが王族の立場でやるべきことではありますまい。それに特殊な立場の者が現れたなら国を挙げて動くべきでありましょう」
「そう、その思考こそが政治権力への盲信です。確かに国を挙げて対処した方が効率的な場合もありますが、場合によっては活動規模が大きくなる分、知るべきではない者たちにまで情報が渡ってしまう可能性に繋がります。敵に情報を漏らす馬鹿が何処にいるのですか?全ての貴族を文字通り信頼することはできますか?少し考えれば分かると思います」
これは少し早いけど近く出奔して潜伏して他国で冒険者登録をした方が良いのかもしれないわね。
お父様と宰相のやり方によっては計画の変更を余儀なくされるかもしれない。出奔準備は早めに始めることにしよう、うん。
「確かに貴族の中には愚か者は少なからず存在する。お前が何を考えてるのかは知らん、しかし親や忠臣を信頼しないのはどうなのだ?」
「親だから、忠臣だからと言って信頼する必要はありません。その人柄と思想こそ考慮すべき事柄です。私は少なくとも教えることで思わぬところから話が漏れる危険性が大きいと判断しました。ご理解ください」
そう言われたと宰相は溜息をついた。
「真に惜しい人材だった。これ以上の引留は難しいだろう。ある意味、殿下は我らと同じなのだろう。我らはその血筋の責務に囚われ続けた。殿下は明かしこそしないもののその使命とやらに囚われておる。しているのであろう?残歴転生を…」
「宰相、どういうことだ?神官どもの戯言であろう」
「トーイス流剣術、王宮どころか王国全土を探しても殿下以外に使い手はいないと推測される剣術がある。鍛冶師ヤツスナが王宮を訪れたあの日、まさか今の時代にそれを使う者を見るとは、いや、王族たる殿下が使われるとは思わなかった。本来断絶したはずの剣術を殿下が使用している、つまり殿下が前世で修得しその記憶を持ったまま生れ落ちたことを意味する」
「返す言葉も無いわ。その答えに辿り着いたのは意外ね。確かに残歴転生してるのは事実よ。ならば言いたいことは分かるでしょ?」
「殿下は残歴転生の事実すら隠したいと…」
私は大人しく頷いた。
「ならば全てが終わった後、王家に帰って来い、使命を果たした英雄が王となるならば民は喜ぶであろう。それ以上の事はできまい」
お父様も宰相もどうやら理解してくれたようだった。お父様の望みは…仕方ない、そのまま平民に溶け込もうと思ってたけどね。
「はぁ…分かったわ。今は諦めてくれるならそれで受け入れるわ」
こうして私はお父様の部屋を去った。
明日の更新分を以て第1章完結となります。
これからも理を越える剣姫を宜しくお願いします。