39話 社交への誘い
あれから半年が過ぎた。
私の立太子は見送られることになった。そう、王太子候補の扱いを受けていた。
この頃、王都近郊の自然魔力濃度は低下傾向を示していた。相変わらず原因は解明されていない。自然魔力濃度の増減、そのどちらも不明なままだった。それでも自然魔力濃度が正常値に戻りつつある為、元の日常が戻りつつあった。
武の才に富む私は上位種の魔物の討伐の前線に出ることが多く、私の評価は平民や軍人を中心に非常に高く評価されていた。民を護れる王族として名声を得た形だった。ただ、それを王位継承の為に利用する気はないけどね。
また、先のお茶会離脱事件以降、私は社交界をより避けるようになった為、貴族からはあまり支持されていない。貴族としての常識を疑うような行為をしたのだから当然といえば当然だった。まぁ実務能力や現時点で他に候補がいないからという理由で支持する者もいたはいた。
因みにお母様の監視は来なくなった。監視や私を社交界に連れて行こうとするお母様の侍女たちに殺気を浴びせて怯えさせ追い払らい、お母様が直々に来た時にも殺気を浴びせてお母様が怯んだところを逃げ出すことで社交界から逃げ出していた。それを何度かやる内にお母様の精神が病み、私を避けるようになった。その話を聞いたお父様は頭を抱えていた。流石に殺気を浴びせられたくはないらしい。当然これも王族の醜聞として貴族の間で広まっている。
そして今…
「アリシア殿下、ワシが言いたいことはわかりますな?」
「社交界に全然出席しないことですか?」
「3ヶ月も夜会に出てこないのは流石に立場上良くありませんぞ。この件に関して既に妙な噂が立っております。噂の広がり次第では殿下にとって好ましくない状況にならないとは限りませぬ」
「どのような噂が流れてるのです?」
「上級貴族で信ずる者はほぼいないのですが下級貴族中心に、殿下の出奔や何者かとの入れ替わりを疑う声が広がっております」
「出奔説はそもそも王家が私の手綱を握れずに逃げられたと考えてると言うわけですね…王家としてはこれ以上ない醜聞ね!まぁ遠からず現実になるんだけど…」
フリードは頷いた。どうやら当たりらしい。問題は恐らく後者ね…。その内容は…
「後者は複数のパターンが考えられるわ。1つ目は前者の発展系、出奔したから侍女か誰かに私のように見せ掛ける策が用いられていると…でもこれには大きな落とし穴があるわ。入れ替わるのなら王女らしく社交界に積極的に出るわよね?まぁ候補としてはありうるけどね…。2つ目は私が暗殺もしくは誘拐されていて暗殺した裏組織が代わりを王宮に入れているとする説ね。3つ目は暗殺もしくは誘拐された私を生きているように見せる為に王家が偽物の私を用意したとする説、これも1つ目の説と同様動きに疑問が残るはず」
「えぇ、残念ながら全ての説が流れております」
「それは厄介ね。2つ目の説が流れてる場合、最悪私は死刑にされるかもしれないわね」
「現状危うい立場にあることをご自覚ください。今はまだ王族である以上、余計な醜聞は抱えぬようお願いしたい」
一番避けたい処刑が現実になりかけてるのは意外だわ…。仕方ない、偶にはパーティーやお茶会、夜会にも出るしかないわね…。さて、比較的マシなのを探さなきゃ…。
「分かったわ…。フリード、余計な政治的意図の少ないパーティーやお茶会って何か聞いてないかしら?」
「王族が昼間のパーティーに出ることは珍しいですぞ。夫人たちのお茶会に混ざるか夜会でしょうな。どっちにせよ陛下か王妃殿下がいなければ参加は難しいでしょう。
あぁ、そう言えばクリエルマ伯爵家が嫡男の誕生日を祝う夜会を計画してるそうですな。条件を照らし合わせると比較的マシではありますが、陛下は納得されないでしょう」
「それって婚約を検討してますって言ってるようなものじゃないの…。政治的意図は少ないけど逆に面倒事に巻き込まれそうな夜会ね…」
「それよりも陛下は王宮大庭園で行われる明日の行われる王妃殿下主宰の大茶会や明々後日に王宮の第3ホールで開かれる宰相主宰の夜会に出席してほしいそうですぞ」
お母様のお茶会と宰相の夜会ねぇ…。どちらも似たような意図でしょうね。一応フリードに確認してみますか…。
「宰相主宰の夜会はお断りね。あの人はお父様と結託して私を無理矢理王位につけようとしてるからね。多分子持ちの上級貴族ばかり集めて次代を固める為の夜会じゃないの?」
「えぇ、年頃の少年少女を抱える上級貴族を中心に声をかけてるようですな。先日の魔物災害対処の功労者を呼ぶ名目でワシをはじめとする年頃の子を抱える下級貴族のところにも案内が来ているようです」
「やっぱり…それで明日の大茶会はなんなの?」
「こちらもやはり婚姻狙いでしょうな。参加予定者は貴族の子女ばかりですからな。親世代が少ない分、こちらのほうが気は楽でしょう」
予想通りだったわね。仕方ない、夜会は何が何でも逃げてやるとして大茶会は出席するか〜。
「流石に今回は逃げるに逃げられないわね。大茶会は出席するわ。ま、旅路に出るに使えそうな子が見つかれば良いんだけどね〜」
「では陛下には一応伝えておきます。その方が混乱は少ないでしょうから…」
「分かったわ、任せる」
フリードが退室した後、私は憂鬱な気分だった。社交界なんて出たくないもん。
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◯フリード視点面談後
「おぉ、ドリビア子爵!探しておりましたぞ」
「これはこれは…宰相閣下、この私に何か用事があるようですな。如何なさいましたかな?」
宰相マンノルディー公爵か…。まさか廊下で会うとは思わなんだな。恐らくは殿下の件であろうな。
「うむ、まずはアリシア殿下に関してですな。先程まで殿下の部屋に居られたようですが殿下の様子は如何でしたかな?」
読み通りか…。
「うむ、剣の手入れをしておりましたな。武人の道を歩まれるおつもりなのでしょう」
「まったく…殿下には立場を弁えてもらわねばなりますまい。殿下の立場でしたら武よりも文の道に進まれるべきなのだが…ご自覚が無いようですな…。下級貴族で広まる妙な噂を広めぬ為にも社交界には出てきてもらわねば…」
「社交界に関しては明日の大茶会については何とか説得できましたぞ」
「うむ、それは良くやってくれた。しかし夜会は逃げるおつもりなのでしょう。何とかならないものか…」
「なりませぬな」
私の一言に宰相も溜息を付いていた。
「致し方あるまい、今はやれるべきことをこなすだけだ。ドリビア子爵には是非ともグレンを連れて夜会に来ていただきたいと考えておる」
グレンの扱いか…。なるほど。
「グレンは冒険者にする予定にございます。家督も次男のエリックに継がせるため、グレンに貴族子女との関わりは一定以上は不要と考えております故、申し訳ありませぬが辞退させてもらおうかと…」
「冒険者か…貴族らしからぬ職だな。今となっては貴様の一族も貴族だぞ?それにグレンはジャンの子であろう。それなりに貴族としてやっていけるだけの能力はあると思うのだが…」
「あれはジャンには似ておらぬ…。そもそも官職には向かん性格をしておるな。それに実の父ジャンは反逆者として処刑されておる。幾らワシが養子に取り後ろ盾となろうと反逆者の子孫の汚名を得てしまった子を貴族の社交に連れて行くのは流石に酷ではないかと思うのだ…」
「官職に向かぬか…冒険者になるくらいなら適性が低かろうと貴族である以上は騎士を目指してほしいものだな」
「何、ワシが若い時は自由に生きていったのだ。子供たちにも自由な選択の余地を与えてやりたいだけだ」
「ある意味『元冒険者』らしい思考だな。事情は理解した。それでは失礼する」
貴族の誇りか…あの男も相変わらずよの。優秀ではあるがのう…。どうにも思考が堅い。
何れにせよ、ワシのやることには変わりはない。