29話 国務卿会合‐その弐‐
私が王太子代理になって数日が経った。数日かけてようやく全ての溜まった仕事を終えることができた。
初日の徹夜の後、私は即刻寝かされた上に夜遅くまで仕事するのを禁止されてしまった。結果、思ったより時間がかかってしまった。
そしてあのクズ野郎が如何にも無能だったかを証明出来てしまった。
お父様は正式にクズ野郎を廃嫡して私を王太子にすることを国務卿会合の議題に挙げることを決めたらしい、私はやりたくはないので弟のローランを推すことにした。国務卿会合なら他の国の重鎮を言いくるめてお父様に対抗することが可能になる。
正式に王太子に就任なんて御免被るので徹底的に抵抗してやるわ!
国務卿会合当日、私はお父様に手を引かれ国務卿会合に向かった。
予想はしていたけど、私の参加を疑問に思う者は少なくなかったみたいだった。
「これはこれは、アリシア殿下、お久しゅうございます。しかしここは国務卿会合の議場、殿下は参加資格を有しておられなかったと記憶しておりますが…」
「あなたの指摘は尤もよ…。私だって急に王太子代理をやれって言われて困ってるんだから」
内務卿のドラバタザス伯爵が真っ先に疑問を呈した。
今日の参加者に私が王太子府に出入りしてる事を知らない者は1人も居ない。とは言え、国務卿会合の参加は流石に想定を超えていたらしい。
「あぁ…成る程…陛下がここに連れてきたと言うことはマイラスーン殿下の廃嫡は近いやもしれませぬな」
「あのクズ野郎の廃嫡はほぼ決まりらしいです。次期王太子には私としては弟のローランを推したいのですけどね…」
「ローラン殿下ですか…まだ幼すぎませんか?」
「幼いのは事実ですけど…男性の方が安定はしませんか?」
「それはそうですが…」
しれっとローランを推しておいた。
確かにローランはまだ6歳、しかし現王太子の立太子は今から3年前、あのクズ野郎が9歳の時だった。
確かに幼すぎるだろう。でも私としてはやりたくはないので弟に押し付けたい。と言うか個人的には今すぐ無理にでも王太子を決める必要は無いと思い始めていた。
そうしてるうちに最後の参加者が遅刻してきた。
外政卿ソンムスティ侯爵である。王族より後に来て待たせるなど普通に不敬である。国財卿に至っては今にもキレそうな雰囲気を漂わせていた。
遅刻してきた理由はどうやら諸国の公使たちに捕まり、その対応に追われたとのことだった。役職にまつわる仕事といえば仕事なのであまり強くは文句を言えない。
これ…、公使たちによるソンムスティ降ろしの政治工作だよね?不敬罪を犯させ失脚させようとするかなりエゲツナイやり方だと思った。そもそも国務卿会合の様な重要な会議に向かう者を無理に止める行為は常識を欠く、それでも行ったと言うことはかなり信頼を失ってると見て良いと思った。
個人的には平民蔑視の貴族の典型のような男なので失脚は歓迎だけど、外国の介入があるのは王族としては困るところだった。
そうして会議が始まった。
お父様によって王太子代理として私が参加することを告げられ議題に入った。
議題は魔物災害の対応と被害対策だった。
国財卿タルシュアント侯爵より前回の会議で上がった各種施策候補の予算の試算が報告された。
前回挙がった施策の中に盛り込むべきものが無いことに気づいた私はすぐに手を上げた。
「どうされましたか?アリシア殿下」
「魔物から人々を護るのに魔物の知識を広める施策が無いように思えます。軍や騎士団だけでどうにかできる訳ではありません。冒険者はおろか、一般市民にも出現していることが確認されてる魔物の特徴と急所を周知すべきと思います」
「それ一体どういうことですか?」
「忘れましたか?私が魔物の襲撃にあったときのことを、知識の無い護衛団が甚大な被害を受けたことを、あれを教訓にしなければなりません。そもそも王都周辺で普段見ることのない魔物であり、普段王都周辺に現れる魔物より強力な魔物なのです。であれば正しい知識を持つ者は少ないと言って良いでしょう」
「つまり今の王都の戦力となる者達すら必要な技能を有しておらず、まともに戦えないと言うことか!」
「残念ながら」
「盲点だったな…所詮魔物と侮っていたのかもしれん」
「恐らくドリビア子爵も指揮官クラスまで広げれば十分と考えてたと思います。しかしそれでは被害を防ぎきれません。小規模なところまではカバー出来ませんからね。だからいっそのこと徹底的に広めてしまった方が効果は高いと思います」
「一理あるか、成る程…」
私の意見は国務卿全員に衝撃を与えた。お父様ですら大きく目を見開いていた。
こうして私の案はほぼそのまま受け入れられた。
その後もこの件に関して議論が続いた。
最終的に調査活動を兼ねた討伐活動、魔物情報の周知、常備軍・騎士団の増員、冒険者による討伐活動の強化支援、護送物流団の結成が承認された。
目的の議題を終えたことで今日の国務卿会合は本来はここで解散の予定だった。
しかしお父様が『余計な議題』を持ち込んでいた。尤も私がここにいる時点で内容は示されてるようなものだけど…。
「この場にアリシアがいる時点で察してる者もおろう、現王太子マイラスーンを廃嫡しアリシアを王太子に立太子させようと考えている」
「良き案にございます。言いたくはありませんが、マイラスーン殿下は暗愚でしたから…。私利私欲の為の余計な予算要求はするくせに国の運営のための予算要求をしてこなかったわけですからね。王太子がやるべき決済を代わりに陛下がする始末、さっさと地に沈めましょう!」
「地の底では生温いのでは?八つ裂きにして獣に喰わせるべきでしょう」
国務卿たちもクズ野郎にはかなり不満があったらしい、廃嫡には賛同する者が多かった。
「しかしアリシア殿下は王女です。王子が王太子の方が安定するかと思います。他の王子が幼い以上廃嫡すべきじゃないと思いますぞ」
反対意見を述べたのは外政卿ソンムスティ侯爵だった。まぁ馬鹿だから利用しやすいってのはあると思うし、貴族間の友好関係とかを考えると確かにソンムスティ侯爵にとっては廃嫡は嬉しくない話だった。
「仮にあのクズ野郎を王太子から追いやり王位継承権を剥奪したところでそもそも今すぐに王太子を決める必要はないと思います。正直私は王位継承権なんて要らないですし、捨てたいくらいです。ローランの成長を待つべきだと思います」
「それでは優秀な殿下が政略結婚の駒にされてしまいます!殿下は極めて優秀です。それを下手な形で政略結婚の駒にすれば国にとって損失が無視できません!現段階で次期国王たる王太子を任せられるのはあなただけです!そして、この大災害の中、国を率いれるポストが空席なのは避けるべきです」
「ローラン殿下はやはり幼すぎる、余計な圧力をかければ殿下の教育に悪影響が出かねません。不名誉を押し付ける不敬を犯す故、あまり言いたくはありませんが王位継承権を捨てたいくらいなのであればローラン殿下が成長されてから王太子を降りることもできましょう」
どうやら私が王太子にならないのは反対の者が多いらしい、それでもやりたくはない。
ここで重い口を開いたものがいる。
「よろしいかな、殿下」
宰相、マンノルディー公爵だ。
「王族、そして貴族の中でも特に王家の血を継ぐ者には果たさねばならぬ使命がございます」
どうやらお説教をしてくるらしい…
あぁ…もう嫌だ…
「王家は国を率い守る為に存在するのです。王家の血を引くということはその使命を背負うということです。あの無能なマイラスーンは処刑にすべきだと私は思います。しかし、王太子代行として、あの無能めが溜めに溜めたあの大量の仕事を数日で捌き切り、この場で有用な提案をしてみせた殿下は王家の者として十分、いや、極めて優秀な実力者であることを示されております。であるならば王族として相応しい、然るべき仕事をこなすべきでありましょう。そう、殿下のような者こそ国王陛下となられるべきでありましょう。王位継承権なぞ不要などと申されてはなりません!」
「そういうのが嫌なのよ。私情を徹底的に殺して国の為に捧げる生き方は嫌なのよ。まぁ当面の代理は仕方ないかもしれないけど私はなりたくはない」
バンッ!ドゴォッ!
「ヒィッ!」
気持ちを叩きつけるように拳を振り下ろしたら会議室の円卓が砕け散った。感情のままに魔力が動いてしまったらしい。
「お気持ちは理解致しますが、生まれの責務から逃げることは赦しませぬ」
「こ、公爵…」
ほとんどの者は円卓が砕けたのを見て、私の殺気を浴びて顔色を青くした。しかし公爵だけは怯まなかった。私と睨み合いになっても怯まない、このオッサンどんな根性してんだ!
「双方そこまでだ!」
お父様の大声が響いた。
「アリシア!感情を抑えよ!感情の制御を失えば魔力の制御も失うぞ!その意味を考えよ!公爵も下がるのだ!お主は優秀だが稀に頑固になり過ぎる!冷静さを欠くな!」
もはや、議場はめちゃくちゃだった。
あまりの音に近衛騎士たちが駆け込んできた。そして一様に唖然としている。
流石にこの状態で議論を続けることはできず、会議はお開きになった。
キリをつけることが叶わなかった為、まさかの普段の1.5話分くらいの文字数になってしまいました(苦笑)
これからも理を越える剣姫を宜しくお願いします