20話 王と英雄‐その弐‐
困った…実に困った…。
まさか我が娘のアリシアが王都の外で魔物に襲撃されるなんて誰が予想できる?それも本来この王都周辺で見かけないはずの魔物が群れでだ。
アリシアに訊いてみれば騎士団からだした護衛団がまるで役に立たなかったそうだ。はっきり言ってしまえば想定を上回る被害と言って良い。如何にして始末をつけるべきか…。
アリシアが退室してからそう時間を置かずして侍従より来客の連絡があった。恐らくは待っていたのだろう。
「ドリビア子爵が面会を求めております。要件は今日の事件とのこと、その後始末についての報告もあるそうです」
これは都合がよい、彼のことだ、現場である程度纏めてることだろう。
「通せ」
入ってきた彼は鬼のような怒った顔をしていた。
「騎士団の連中はどうなってるのだ?弛み過ぎてはないだろうか?」
いきなりこれだ。
口調も王と貴族の関係のものではない。覚悟はしていたがここまで怒っているとは…。
「本格的にマズイかもしれぬな…。関係者の処分はまた考えるとして今すぐにでも引締めは図らねばなるまい」
「少なくとも護衛隊長に任じられてた騎士は戦犯として扱うべきだな、引締めだけで済ますわけにはいかん。厳しく対応すべきだろう」
「護衛隊長への処分は吊るし上げか?まぁ目の前に実例を見せられれば引締めの効果は十分に期待できる。そのように取り計らうとする」
「他の処分は如何するつもりだ?」
「まだ考えてはおらん」
どうするか決まってないところで言われても回答に困る。だがそれは読まれてたようだった。
「まぁそうであろうな。ワシも同じだ。だが、結界に閉じ籠もっておった腰抜けは処刑にすべきだろう。アリシア殿下は戦われておられた、そんな中一人で逃げるなど到底赦されぬ!」
「あの者は学者であろう、奇襲されての実戦は難しいだろう。良いところは王立研究学術院からの追放で良いだろう」
「生温い、王立研究学術院の魔術師ならあれだけ兵士がいる中であれば奇襲されても初手で狙われなければ十分に戦えるはずだ。なのにあの愚か者、己の戦闘能力が低いなどとほざきおってな、マトモな自己分析もできず言い訳するなど赦せるわけがない」
「そこまで言えるということは彼を運用できた自信があると言うことか?」
「当たり前だ」
元冒険者はやはりというべきか、これが文官系の政治家と武人である上級冒険者の違いのようだった。
「それで1つ訊きたい、何故アリシア殿下は王都の外に出てたのだ?」
「護身術にと攻撃魔法を習得したかったらしくてな。危険性を考慮して王都の外で訓練をやりたいと言っておった」
フリードは溜息をついた。
彼からするとどうやら認識が甘いらしい。
「ならば実戦を経験させるべきだろうな。魔法は使えるのと利用できるのは違うからな。少なくとも攻撃魔法を護身術として成立させるには護身術として利用できるだけの実力と度胸を付ける必要がある。土壇場で度胸がなければ使えるものも使えん、それを鍛えられるのが実戦だ」
「しかし実戦は危険すぎるだろう。軍に入ったわけでもない王族をそんな危険には晒せぬ」
「心配無用、アリシア殿下は体が追いつかぬだけで技量だけを見れば下手な騎士より強い可能性がある。あの歳でアレは正真正銘の化け物だ」
「お前をしてそう言わしめるか、とは言え万が一があればそれこそ問題になる。この一件の片がつくまでアリシアには王都の外に出ぬよう申し付けたところだ」
「そこに問題があるのだ」
問題?何が問題なのだろうか?
こちらが疑問に思ってるのを見て彼は続けた
「過保護の中で育てられた子が戦地で使えるわけがない。騎士団の貴族出身者に軟弱者が多い理由だな。危険を恐れて実戦をさせないのが武の道には最も悪影響を及ぼす」
「つまり武人希望の王侯貴族はもっと外に出して戦わせよとお前は言いたいのか」
「そうだな、グレンの教育方針も実戦を混じえることで実践的な戦闘技術の習得をさせるものだ。効果は上々、例年の騎士団入隊者の直後の者ならばグレンには勝てんだろうな。尤もこの方針に改めたのはジャンがいなくなったことで文官の道を考えなくて良くなったためだ。そもそもこれは冒険者か騎士になりたいと言っておったしな」
「そうか…グレンには是非とも騎士団に入ってほしいものだな」
「陛下は殿下の護衛を用意できぬことを恐れてるのだろ?グレンを外に連れて行くときに日程が合えばワシが面倒を見よう。あれを腐らせるのは惜しい」
どうやら見抜かれてしまったようだ。
「良いのか?」
「問題はない」
結局アリシアの望み通りなのが癪だが致し方あるまい。
「分かった、後でアリシアにはその件は伝えよう」
「うむ、それが良いだろう。それよりも重要なのは後始末についてだ。はっきり言えば現在のこの国にとって最大の問題と言って良い、どうにも胸騒ぎがする。冒険者ギルドと騎士団で魔物の棲息域などを再調査することになった。今頃ギルドにも使いの者が説明をしているだろう。王都市街では危険な魔物が発生したことを周知して当面の外出時の警戒を呼びかける方針だ」
魔物の棲息域の再調査、つまり魔物の棲息域が変化してることを意味する。国の警備体制や運営に影響が出ないわけがない。
「深刻だな、だが今は世間には伏せておくべきだろう。無駄な混乱を生む。それは国王として望まぬ。調査結果を待つべきだろう」
「無駄な犠牲が出るやもしれぬぞ?」
「否定は出来ぬな…」
「特にウィズダムデビルボアはかなり危険な魔物だ。棲息域が狭いなら定期的に徹底的に狩ってしまうのも手だろう。あの規模の群れが存在することを考えると他にも危険な魔物が出没している可能性もある。物流に関してはこちらから定期便という形で輸送護衛団をだしておけば被害は減らせるだろう。情報発信も重要だな」
かなりの予算が必要になる提案が飛び出した。国財卿が頭を抱える姿が頭に浮かんだ。
「スタスオーガが嫌がりそうな話だな。どれほどの予算が必要になることやら…。まぁこの国のためだ、嫌でもやってもらうしか無いがな…」
「国財卿タルシュアント侯爵か、確かに嫌がるだろうが否とは言うまい。何しろ国への忠誠心は国務卿の中で1番だからな。それより問題なのは外政卿ソンムスティ侯爵だ。奴は武力が絡むことを強く嫌う、武闘派のワシが提案したことを知れば必ず大反対するはずだ」
「やはり世間への公表は処置対策を固めて予算の試算を固めてからにすべきだろうな。公表による損害が無視できん」
「緘口令を敷くつもりか?」
「あぁ、そうするしかないだろうな。調査は最優先だな。そして対応策の検討とその予算の試算を並行して行うべきだろうな。それと明日国務卿を全員招集し会議を行う、お前もオブザーバーで参加してもらうぞ、フリードよ」
「わかった」
フリードが退出してからも余は考え続けた。
如何なる施策を行うべきか、しかしその問の答えは思い浮かばなかった。
来週月曜日まで臨時休載します。
来週火曜日は2話投稿致します。
予定時刻は7:00と19:30です。
引き続き理を越える剣姫を宜しくお願いします。