13話 グレンの特訓(上)
「さて、武で生きる道は甘くはない。ワシがシゴイてやる。かかってこい!グレン!」
「行くぜ!じいちゃん!」
フリードとグレンはそれぞれ木製の模造剣を手に向き合っていた。目的は唯一つ、フリードは武の道に進もうとするグレンを鍛え直すことにしたのだ。地獄の猛特訓は始まった。
現ドリビア子爵であるフリードは今のグレンでは冒険者だろうが騎士だろうがその世界で生きていけるような実力を有してない事をよく理解していた。愛する孫のため、フリードは心を鬼にして孫を鍛え直すことにしていた。
グレンは勢いのままに剣をふるい食らいつこうとした。しかしフリードはかつて腕の良い冒険者として暴れまわり「迷宮の剣聖」の異名を持つ百戦錬磨の武人であった。その老獪かつ洗練された剣の前には勢いに任せた戦い方など通用するわけもなかった。
「ぐふぇっ!」
「甘い!勢いに任せて得物を振るうのみでは真の強者には太刀打ちできぬ!」
「くっそ!まだ届かないのか…!」
勢いに任せて振られた剣は適当に受け流されそのまま打ち込まれていた。それが可能な理由、それは…
「良いか、闇雲に得物を振るうは愚者の戦法でしかない、強者は相手をよく観察し的確に得物を振るう。勢いのみの剣なぞ、直ぐに見切られるのがオチだ。よく理解して戦え」
相手の剣を見て見切り即座に正確な対処をすることである。何度も何度も戦場に立ち圧倒的戦闘経験がフリードの才覚を開花させた。
しかしグレンも負けじと気を吐いていた。
「まだだ!もう一本!今はこのザマでも冒険者や騎士になるなら強くなるしかない!」
その様子を見てフリードは安堵していた。
「良い気合だ、だがお前は武の真の意味を理解してはおらん。故にここで模擬戦を繰り返そうとも上達はしまい。これより外に出る、意味は判るな?」
「実戦の経験ですか?」
グレンはビックリしていた。今日のところは模擬戦で終わると思っていたからだ。
「あぁ…命を賭す戦いを知るのと知らぬのとでは、死線をどれだけくぐり抜けてきたか、それ等が諸に差が出る、実力にだ。間違いなくな」
フリードはその経験から知っていた、グレンに何が足りないかを…、そしてこう続けた。
「お前に圧倒的に足りぬは実戦の経験、死線を潜り抜けた経験だ。まずは実戦の経験そしてを持つことだ。いきなり死線を潜り抜けても得るものは少ないからな」
「良いのか?貴族が安易に外をふらついて…」
「そこは調整しておいた、問題は無い」
勝利の味を知らぬままにただ負け続ければ萎縮してしまう可能性は高い。
逆に勝利の味に溺れるもまた油断を招く。
適度に勝ちその上で死の恐怖を打ち克ってようやく真の強者へと至りうる。
フリードは理解していた。自分がひたすらここで訓練させてもグレンの為になる保証はない事を、そして王都の外で魔物と実際に戦わせて勝利させることも重要だと。
「王都近郊のブルダブル洞窟に向かう。彼処は弱い魔物しかでないからな…。今のお前には丁度良いだろう。まずは実戦を知るのだ」
「お待ち下さい、義父様!外は危険です。訓練ならば家の庭で継続すれば良いではありませんか?お考え直されください!」
グレンの母親のシャルが飛び出してきた。彼女は子供が要るゆえに実家に戻らずドリビア家に残っていた。彼女もグレンには文官の道を出来れば歩んでほしいと考えていた。罪人となったジャンほど極端ではないが…。
「シャルか、お前の言いたいことは解らなくはない。だがグレンは文官の道を捨てておるしワシも同行する。母親として子の命を気にするのも分かるがワシとて万が一があろうとも彼処で遅れをとるほど耄碌しておらん。グレンを護りながらでも十分退却は出来る、安心しろ」
「知古からも騎士を目指す子を育てる上で行き先のような迷宮の類で鍛えたという話は聞いたことがありません。不要ではありませんか?」
「お前は何も分かっとらん…。ワシに言わしてみれば貴族出身の騎士なぞほぼ使いもんにならん。それは何故か、実戦を知らぬことにある。騎士になってから経験しては遅いのだ。それにグレンは冒険者の道も考えておる。何ならそちらを選ぶ可能性も十分にあり得る。冒険者を志すなら何の事、早くに経験するべきだな。これは何年も冒険者として身を立て貴族に列したプロの意見だ。理解したか?」
「貴族から冒険者の道を往くのは後ろ指を指されかねません。私は反対です」
「成る程な、確かにそれは一理あろう。だが、ワシの実の孫にして養子だぞ?家督を継がず『祖父に憧れました』ならまだ通用する。ワシは無駄に子を縛ろうとは思わん、今でこそ近衛騎士になってるがエリックが冒険者になりたいと言い出しておったらその道を進ませたわ」
「左様ですか、ご武運を…」
説得を諦めたシャルは屋敷に戻っていった。自身の立場は嫌と言うほど理解していたからだ。
「母ちゃんは何故あの様な態度を?」
「ふむ、親としても愛だろうな。子供を危険から遠ざけたいというのは分からんでもない。ただな、ワシは若い時は自由に生きたのだ。子も自由にしてやりたいしその手助けくらいはしてやりたいのだ」
グレンは親としての愛のすれ違いに気付いた。シャルは更に貴族と平民の思考の違いを痛感していた。
「それに貴族出身なら冒険者でも実績さえ上げてれば騎士団に入ろうとも高待遇になるしな、ワッハッハッハッハ!」
庭に祖父の笑い声が響いていた。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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