9話 王と英雄
「ガイスト陛下、このフリード、命に従い参上しました」
王宮に参内した儂は国王陛下の私室へと案内されていた。
「よく来たフリード、手紙の件で疑義がある故呼び出した。まぁ余もあれには『背に剣』、困ったものだ」
背に剣、背中に不意に剣を突きつけられると言うこの世界の諺である。日本語に例えるなら『寝耳に水』である。
陛下もお困りのようだ。アリシア殿下の動きは王族としては不可解な事が多く、何を考えてるのか全くわからない。
「然様にございましたか…しかしアリシア殿下は何故私めとの面会を希望したのでしょうか…?」
「分からぬ…本当に分からぬ…本当に英傑に会いたいと思ってるのか…他に打算があるのか…あやつの考えは本当に読めぬ」
最近のアリシアの動きはより奇怪になってきている。儂も陛下もそれを感じていた。あの元気有り余りすぎてやらかしまくる超お転婆姫が急に大人しくなったのだ、それだけでも摩訶不思議なのに今度はどの様な影響が出るか解らぬ行為が飛び出したのだ。2人は考えれば考えるほど沼に嵌る様な感覚に陥った。
このままでは埒が明かないと考えた儂は陛下に別の話題を振ることにした。
「もう1つ話がありまして…手紙では触れませんでしたが残念ながらジャンの廃嫡を検討せざるおえなくなりました」
「何…?ジャンだと?あの宰相の側近のあのジャンが…そんな馬鹿な…何を仕出かした?」
「本人の性格の問題にございます。短慮かつ短気、独り善がりな性格です。あれではとても貴族当主は務まらない、残念ながら更生も難しいと言わざる終えません」
「貴族社会の中で思考が凝り固まったか…。確かにあの視野の狭さは不安だった。しかし奴は宰相の側近、簡単には進むまい。考えたくはないが万が一に備え奴を失脚させる手口を用意すべきか」
陛下は頭を抱えている。そうでなくてもこの国は厄災以後は火種を抱え続けている。そしてその火種は大きく揺らぎ始めていた。本音を言えばこんな状況で優秀な人材は失いたくは無いのだろう。ジャンは卒なく業務をこなしていた為、宰相の評価も高かった。故にここで失うのは非常に惜しい。しかし見過ごせぬ問題が噴出した以上、中枢に彼が居続けるのは見過ごせないリスクが伴う。儂が国王ならそう考えるだろう。
そのリスクをどこまで許容するかは2人で話して決めるべき話だろう。少なくとも今は保険くらいはかけておくべきだ。
「奴を廃嫡なら次代は飛ばしてグレン、近衛騎士団にいる次男のエリックが候補か…」
「エリックを次期当主にする方向で検討しております。しかし近衛騎士団?愚息は王国騎士団にいたはずでしたが…」
「いや、つい先日栄転した。腕は良いし真面目で人当たりも良い、だからこそ近衛に異動した。というか、自分の息子の話なのに知らなかったのか」
エリックは自立心が高いせいか、儂を頼ってくることは極めて少ない。ここまで情報を隠してくるとは思わなんだが…。
「ええ、あれは騎士団に入って以降親に連絡をほとんどしませんので…」
「そうきたか…あやつには余から指導しておく…家族を蔑ろにしてはならん」
国王自ら騎士に指導、流石に影響が大き過ぎて不味いと判断した儂は陛下に友として方針変更を促すことにした。
「それはあくまでも家庭の話です。陛下の手を煩わせる訳にはいきません。近日中に呼びつけて私が指導します」
「いや、両騎士団全体の問題なのだ。お主の言いたいことは分かる、だが、これはエリックだけではない。心配させたくないだの、既に一人前だのと、何かと理由をつけて親に連絡しないアホが絶えぬのだよ。故に余も動く必要がある」
「え…?それは一体…?」
完全に想像を超えていた。どうやらエリックだけではないらしい。
騎士団全体で親に連絡を寄越さない騎士が増えている。そんなことを聞いたことは無かった。
騎士団からすればそんな話が流出すれば赤っ恥だ。当然のように騎士団内部で隠蔽がされている上に防止策として親と連絡をとるよう教育もされている。(根絶はできていないが…)
騎士の道もまた武の道、護るもの無くしてその道には進めない。隊員家族は護るものとして最も身近であり分かり易い存在である。故に騎士団は隊員の家族との関わりを重視していたはずである。
しかし若い騎士たちは忙しい上に反抗期真っ盛りのやんちゃな者も少なくない。後はもうお察しである。
尚、王国騎士団と下部組織の王国常備軍は国防と王国直轄領の治安維持が主任務なのに対し近衛騎士団は王族や国外からの要人の警護が主任務となる。
「うむ、騎士団の恥を晒すようだがな…。教育が行き届かぬのだ。我々もそうであったように若い衆はやんちゃでな。まぁ奴等は度が過ぎるがな…」
「なるほど…」
「話を戻すがジャンの廃嫡は暫し待て、いざというときの失脚させる策が出来る迄は様子見だ。そしてグレンではなくエリックを選んだ理由を確認しておきたい」
「グレンは武に興味を抱いてるようです。その上、私の若い頃に似て自由奔放な冒険者の気質を持っております。本人は騎士団に入る道も考えてると言っておりますが、あくまでもここは孫に選択させてやりたいと思っておりますので冒険者を選んでも問題ないようにエリックを選択しました」
「成る程な、それならば問題もない。アリシアの件はアリシア本人を呼び出して何を企んでるか聞き出す。それしかあるまい」
「はっ!」
国王の中の結論は固まったようだ。儂も陛下の決定に異論は無い。不確定情報があまりにも多過ぎるので慎重に事を運ぶしかないのだ。
「ワシにも話のついでにお主にも意見を求めたいことがある。聞いてくれるか?」
「えぇ何なりと」
「その前に…お前ら、『月を漏らすな』」
「「「はっ!失礼します!」」」
ダッダッダッ パタッ!
月を漏らすな、これは人払いの合図である。儂は気を引き締めた。ここから先、蛇が出ようと対応できるように…。
「お主はウラミア家についてどう思う?」
なるほど、そういうことか。ウラミア家は悪名高い。つい最近も王都で騒動があり、証拠こそ見つからなかったもののその裏にウラミアの影ありとまで言われている。そして上級貴族たる公爵家でもある。簡単に取り潰すことも難しい。
既に国王はウラミアの悪事に証拠はなくとも確信をいだき、あの家を裁くことを大真面目に検討している。ここは忖度なしの回答が求められる。
儂は少し考えその意見を述べた。
「奴等は確かに悪事を働いてたと思われるだけの状況にあります。そして過去にも様々な悪事を働いて隠蔽しているのは明らかです。悔しい話ですが奴等は隠蔽工作に長けてます。潰したいのは山々ですが証拠無くして重たい処分を下せばそれは法に反し隙を見せることになりかねず危険です。現段階では厳重監視に留めるべきでしょう」
「監視をするくらいなら多少の捏造で無理矢理証拠を作る方が楽だと思うが…」
「それは下策かと思います」
国王も悩んでいるようだった。流石にあのウラミア家を放置しておくのは危険である。リスクを承知で一気に叩き潰すか、根気強く証拠を集め断罪するか、その2つの選択肢の狭間で…。
二人の間に沈黙が続く
沈黙を破ったのは国王だった
「分かった、今の段階では密偵を多く放つのみに留めよう」
「現時点ではそれが良いかと…」
話が纏まりかけたとき、ようやくグレンがこの部屋の前に辿り着いた。
いつも理を越える剣姫をお読みいただき誠にありがとうございます。これからも宜しくお願いします。
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