嬉し泣き
今日の夜、敵陣に向けて最後の突撃を敢行する。
西の空が染まる少し前私は衛生兵を伴って、負傷して自力で立つ事もままならない兵士たちに自決用の手榴弾を1個ずつ手渡していた。
手榴弾を渡された兵士たちは皆、最後の突撃に参加出来ない事を悔やみ涙を流す。
中には受け取る事も出来ない重症の兵士もいて、隣に寝かされている負傷兵が代わりに受け取った。
何かに気がついた衛生兵が私に声をかけてくる。
「伍長殿、伝令です」
負傷兵の顔を見下ろしていた頭を上げ、大隊の陣地がある後方に目を向けた。
伝令は最後の突撃に向けて動ける兵士に小銃弾と手榴弾を配っている小隊長に、敬礼し報告する。
「師団本部からです。
日本は……日本は……こ、降伏しました。
明日、敵軍が武装解除に来るので武器弾薬を引き渡すように。
その後は敵軍の指示に従うようにとの事です」
伝令は小隊長に敬礼すると隣の小隊の方へ駆け去った。
私は小隊長の下に駆け寄る。
小隊長は私の顔を見て話す。
「聞いた通りだ、兵士たちから武器弾薬を集め数を把握しろ」
「分かりました」
伝令の言葉を聞いていたのだろう。
小隊長の周りに集まる私や兵士の耳に、自力で立つ事もままならない負傷兵たちの中から、赤トンボを歌うかぼそい声が聞こえて来た。
歌を止めさせようと負傷兵の下に行きかけた私を小隊長が止める。
「歌わせてやれ、戦意高揚の為の軍歌なんかでは無く、此れからは童謡や歌謡曲を大声で歌っても良いんだ。
お前も歌え、俺も歌う」
小隊長はそう言うと負傷兵のかぼそい声に合わせて赤トンボを歌い始めた。
私は小隊長にならい赤トンボを歌う。
小隊長も私も周りにいる兵士たちも皆、泣きながら歌っていた。
戦争に負けた事を悔しがって泣いているんじゃ無い、小隊長が言ったように、此れからは童謡や歌謡曲など好きな歌を大声で歌える事を喜んでの嬉し泣き。
私たちは夕焼けで赤く染まる空の下、何時までも童謡や歌謡曲を大声で歌い続けた。