村娘勇者は世界を救ったので婚約破棄されました
「ごめん、婚約をなかったことにしてもらいたくて」
突然言い渡された言葉に頭が真っ白になる。
「な、なんでっ……」
「ほ、他に好きな人ができて……」
顔を背ける彼の横顔は私ではない他の誰かを見つめているようだった。
「待って!」
縋りつくように伸ばした手を強く振り払われる。
「あ…………ごめん…………でも、本当に無理なんだ」
私はびくり、と動きを止める。
彼はわめくように言った。
「だって怖いよ!」
相変わらず目は合わない。彼は私のことを見てはくれない。
「本当に魔王を倒して世界を救ってきたんだろ?! そんな女の子、気持ち悪くて相手にできないよ!」
それは死刑宣告にも等しい言葉だった。
「……………………っ」
「ごめん、言い過ぎた。だけど、分かってほしい」
後ずさりしながら彼は追い打ちをかける。
「父上にはもう言ってあるから……じゃあね」
たった一人残されてから、私はぼんやりと呟いた。
「私、あなたのために頑張ったのになあ…………」
──────────────────────
私ことアルス・ドラゴメイトは勇者である。
否、勇者だった、というのが正しいだろうか。
生まれはただの村娘、近所の森に刺さっていた聖剣を抜いたことで勇者となり、盛大に送られて旅に出た。
そして一年前に魔王を倒し、私の旅は終わった。
世界は救われて、それから私は勇者じゃなくなって、素敵な王子様と結ばれて幸せになる、はずだった。
なんと悲しいことに、第一王子シーザー様は先述のごとき理由で私との婚姻をご辞退あそばされた訳だ。
旅の間中、片想いを募らせていた私にとってはまさに青天の霹靂である。
結婚ができる年齢になるまで通う予定だった学園の裏庭に座り込んで、私は地面にぐるぐると丸を描く。
「どしたん? 話聞こか?」
「メア…………」
程なくしてこちらを覗き込んできたのは魔法使いの少女メアだった。私と共に旅をした信頼できる仲間の一人だ。
「実は……シーザー様にふ、振られちゃって」
「あーそりゃ相手が悪いよ」
すっとぼけた口調で返事しながら、メアは隣に腰掛ける。どうやら愚痴を聞いてくれるらしい。
「私、気持ち悪いかなあ!?」
「ボクだったらそんなこと言わないけどなあ」
「いややっぱ話聞いてないだろお前」
両のほっぺをぶにぶにとつまむと、メアはそのまま喋る。
「ひや、らっへ、へんりぎゃんあうし」
いや、だって、千里眼あるし、だろうか。
そうだった。こいつ、『あまねく過去を見通す』千里眼があるから全部知ってるんだ。
「ま、勇者サマを娶るにしては相手が腰抜けすぎたってだけの話っしょ」
「そんなこと言わないで! 私の初恋の人なんだよ!」
「勇者サマはお人好しだね〜」
そんなことを言い争っていると、茂みの向こうで何かが動くのが見えた。
「ん、あれは……」
メアが片眉を上げる。
「……………………あ」
そこにいたのは、シーザー様と、そのご友人の公爵令嬢マリー様だった。何か仲睦まじげに語らっている。
「…………あーあ」
メアが呆れたような声を上げる。彼女がこんな反応をするということは、目の前の光景は私の勘違いではない。
そこからのことは、あまり記憶にない。
──────────────────────
「あら、シーザー様に別れを告げられてまだ学園にいられる度胸があるとは、流石は勇者様ね」
「…………マリー様」
次の朝、マリー様がわざわざ私の教室にまでやってきて、そんなことを言ってきた。
「視界をうろちょろされると目障りなのよ。平民のドブネズミ」
流石に腹が立ったが、言い返すだけの元気もない。
黙って聞いていると、マリー様は鼻を鳴らして踵を返した。
「シーザー様は私に夢中なの。余計な真似はしないでね」
その言葉がいよいよ心に染み付いてきて、私は項垂れて肩を小さくした。
授業を受ける気にもなれず、そのまま教室を抜け出すと、隣接する王城の騎士団詰め所をうろつく。
「おー! アルス! 学校はどうしたんだー?」
とてとてと歩み寄ってきたのは、第二王子のオーギュスト様だ。この、まだ幼い王子は、私のことをいたく気に入っているようだった。
「そのシーザー様と…………仲違い、をしてしまって」
「けんかか〜? おれさまが兄上を成敗してやるぞ!」
「ふふ、ありがとうございます、でも大丈夫ですよ」
どうやらオーギュスト様は騎士団に遊びに来ていたようだ。木製の剣を大事そうに抱えている。
「次はいつ遊べる? また騎士ごっこをするぞ!」
「いつでもお呼びくださいね」
彼は私を恐れない。骨のある遊び相手くらいに思っているのだろう。きっと将来は大物になるはずだ。
「オーギュスト様、オーギュスト様! どこにおいでですか!」
「おー! ランツ! ここだぞー!」
「ランツ…………?」
顔を上げると、そこには背の高い青年が立っていた。
「久しぶり、アルス」
──────────────────────
「王都に出てきてたなんて知らなかったよ、ランツ」
木陰に腰を下ろして彼を見上げる。
「アルス、君が居なくなってから、僕は一生懸命勉強して騎士団に入ったんだ」
「そうだよね、騎士団に入るのが夢だって言ってた」
彼はランツ・ワイアード。私と同じ村出身の、いわゆる幼馴染というやつだ。といっても、もう数年は会っていなかったが。
「あのときはごめんね、何も言わずに出て行っちゃって」
「いいんだ。陛下からのご命令なら仕方ないさ」
あの頃のランツといえばひ弱が人の形をして歩いているようなものだったが、今となっては随分と見違えた。精悍な顔つきになって、立派な騎士様といった風体だ。
「ふーん、男前になったじゃん」
「君の背丈もとっくに越したよ」
張り詰めていた緊張の糸がふっと融ける。懐かしい顔を見て安心した、というか。
彼はもじもじとして気まずそうに口を開いた。
「ところでアルス……その、王子と結婚するんだって?」
「あー……それ、無しになったの」
流石に婚約破棄の噂はあまり広まっていないらしい。陛下もどうしたものかと考えているところなのではなかろうか。
「なんだって?」
「私、振られちゃった。怖いんだって、勇者だから」
「そんな、君は……………」
彼の、心の底から同情したような表情に心が苦しくなる。今すぐ泣きついて、怒りだしたいような気分だ。
「アルス」
「なに、ランツ」
「僕は君の味方だ。十年前から、ずっと」
世界を救って、好きな人に振られて、良いことなんて何もないのかと思っていたけれど、やっぱり頑張ってよかった。
こんな人たちを守るために、私は戦ったんだ。
「うん、知ってる」
──────────────────────
「なんか今日、最近入った騎士がシーザー様に喧嘩売ったらしいよ」
「何それ」
お昼時、メアの言葉に首を傾げる。少しだけ胸騒ぎがするのは気のせいだろうか。
「喧嘩っていうか、決闘なんだけど。午後にやるらしいから見に行く?」
「……………………うん」
嫌な予感は当たっていた。
野次馬の視線の先、シーザー様と相対しているのはあのランツだった。
「ランツ!」
私の呼び声は歓声に掻き消されて届かない。
「シーザー様!」
ランツが叫ぶ。
「恐れながら決闘を申し込みました次第はご存知でしょうか!」
「いや、知らないよ」
剣を検めながら、シーザー様が冷たく返す。
ランツは怒りを抑えるかのように声を低くして続けた。
「私は、ある淑女の名誉のために貴方に剣を向けます、これで何のことか分からぬとは申しますまい!」
途端、シーザー様の顔色が変わる。
「お前…………あの化け物の知り合いか」
「化け物などと……………………っ」
シーザー様は私が来ていることに気がついていない。表では申し訳無さそうな態度を取っておきながら、その実、私のことを化け物だと言っていたようだ。
「うるさい! あんなの、化け物に決まってる! 数多の魔物、魔人を屠った手で私と手を繋ごうと、笑顔を向けてくるんだぞ! 気持ち悪いんだよ!」
「……………………っ」
体が震える。メアが優しく肩を撫でてくれる。
とうとう辛抱ならなくなったのか、ランツが剣を構えた。
「私が勝った暁には、二度と勇者殿を貶めることは許さない!!」
「ほざけ、田舎者が!!」
──────────────────────
結果として、ランツは敗北した。
怒りに飲まれた剣はあまりに脆く、また、シーザー様が極めて臆病に守りに徹したことが原因だ。
ランツが膝をつき、苦しげに呼吸を漏らす。
「何が淑女の名誉のためによ! シーザー様に楯突いて!」
いつの間にかマリー様も会場に来ていたらしい。甲高い声で誹謗している。
「ランツ……とか言ったか。私は将来国王になる男だぞ。そんな私に噛みついた罰は相応に受けてもらうからな」
シーザー様がランツの顎に模擬剣を沿わせる。
「どうしてやろうかな、騎士団は出ていってもらうとして…………」
その言葉に私の中の何かが壊れた。
駄目だ。それだけは駄目だ。
それだけは許しておけない。
ランツはようやく夢を叶えたんだから。
「ッ、シーザーァァア!!!!」
「…………!? アルス、どうしてここに………っ」
人混みを掻き分けて飛び出した私に、二人が驚いた顔をする。
私はランツの持っていた模擬剣を掴むと、シーザーに投げつけた。
「私と決闘をしろ、シーザー!」
「何だって言うんだよ!」
忌々しげに吐き捨てた彼に、私は歯を剥き出して言う。
「お前は私の踏み入ってはいけない部分に触れたんだ! 私が勇者でなかったら、今この場で斬り捨てていたぞ!」
その時初めて私の目を見たシーザーは、心の底から怯えた顔をした。
──────────────────────
私とシーザーの決闘の噂は、瞬く間に国中を駆け巡った。とうとう国王自らが観覧することとなり、王城の庭に特別な座席まで準備されたのだ。
そうなってはシーザーも逃げ出す訳にはいかない。ギリギリになって会場に現れた彼は随分と憔悴しているようだった。
「さあ、決着をつけましょう。殿下」
日を改めて冷静になった私は静かに言い放つ。
「ところで、殿下は私のことが恐ろしいのでしたね」
そう言いながら黒い布を取り出して見せると、彼は片眉を上げた。
「何のつもりだ?」
「いえ、そんな状態で救国の英雄と切り結ぶのも荷が重いでしょうから、ハンデを差し上げようかと思いまして」
私は布を目元に巻きつける。目隠しだ。
「これで、よろしいですね?」
「舐めた真似を…………っ!!」
係の者が剣を運んでくる。
真剣だ。
重みがしっくりと手に馴染む。
「……………………」
目を隠していてもシーザーの様子は気配で分かる。腹が立っているが、怯えたままだ。
ならば、手こずることもないだろう。
「さて、準備はよろしいですね?」
審判が確認を取る。私は静かに頷いた。
「勝負!」
それは一瞬の出来事だった。
すかさず懐に潜り込んだ私は、シーザーの剣を打ち上げる。彼は衝撃に思わず手を放してしまい剣はあらぬ方向に飛んでいった。
そう、マリー嬢の元へ。
「きゃああああああ!!」
最前列で座っていた彼女の足元に間一髪当たらない程度の隙間を残し、剣が刺さる。
「お前………………!」
「よくありませんね。剣はどんなときでも手放してはなりませんよ」
私の言葉にシーザーはそれ以上返せない。もう一本剣を受け取り、また構える。
「勝負!」
今度は何度か打ち合う。
それでも、全ての優位を取っているのは私だ。
彼は攻撃の対応に追われている。
次もまた、剣を弾く。
今度の剣はマリー嬢のスカートを断ち切った。
「ちょっと、シーザー様!」
「ち、違う!」
言い訳じみたことを二、三言、わめいたあと、シーザーはまた剣を受け取った。
「遊ぶな、アルス!」
「いいえ、真面目ですよ。私は」
最後は簡単だ。
完膚無きまで叩きのめす。
またしばらく打ち合った後、五発ほど柄で殴打を加える。それからよろめいたところに足をかけ、倒れた彼の首の真横に剣を突き立てた。
「……………三本、取った」
「………は、……はっ……はあっ……」
あまりにも一方的な暴力に、会場は静まり返っている。
「これが、貴方が化け物と呼んだ女です」
そう言い捨てると、私は目隠しを取って立ち去った。一度も振り返らなかった。
──────────────────────
それからは話が早かった。
ランツ、シーザー、それから私からの事情聴取を経て、国王陛下はシーザーを王太子から降ろすことに決めた。
臆病でありながら、極めて短気で偉ぶる面が問題視されたのだ。
それよりはまだ幼いが勇敢で好奇心旺盛、身分の別け隔てなく接する第二王子、オーギュストのほうが将来的に王に向いていると陛下は判断した。
それに加えて決闘のときの件もあり、マリー嬢の両親はシーザーとの婚姻には前向きではない。マリー嬢自身、すっかり冷めたようで、程なくして別れることだろう。
そして私は──────。
「アルス。私の恥を濯いでくれてありがとう」
「いいの。私がむかついただけだし」
ランツと仲良くなっていた。
いや、元々村にいたときからかなり仲は良かったのだが、改めて遊びに行ったり、お茶をしたりということが増えた。
今日も城下へ遊びに行っていたところ、彼が何かを取り出した。
「その、アルス。君が良ければなんだが……」
「これ、髪飾り?」
渡されたのは花細工のついた髪飾りだった。
ランツは顔を真っ赤にして言った。
「その、もし良ければ……これを付けて、また、遊びに行こう……」
「……………………! うん、えへへ、嬉しい!」
髪飾りを大切に握り締め、私は思った。
世界、救って良かったな。
最後までお読みいただきありがとうございました
もしよろしければ、完結中長編作品
「歌うたいの聖女は追放された先でモフモフな冬の竜帝陛下から溺愛されています」
「湖上のザムザ~とある都に伝わる変身譚と恋物語~」
などもご覧ください




