第9話 その捕縛は誰のため?
大爆笑する二人に会場の全員が唖然。
それはそうでしょう。先ほどまで婚約破棄と言うとんでもない事件を見せつけられていたのに、対立していると思われていた2人が愉快そうに笑い合っているのですから。
「ちょっ、お嬢様も殿下も何がそんなに可笑しいのですか!」
「くすくす、ご、ごめんなさい……くっくっ…シーナ」
「はぁはぁ、ひっひっひっ……ふふっ、まあ、この辺でいいだろう」
「そうですねヴァルト様。もう十分かと」
ひとしきり笑うと嘆き泣いていたはずのお嬢様はいつもの穏やかな微笑みを湛えております。殿下を見れば先ほどまでは無表情だったのに、今はにやりと不遜な嗤いを浮かべております。
完全に先程までと二人は表情を一変させておりました。
そして、殿下はキッと側近達を睨み付けたのです。
「この者達を拘束せよ!」
下ったのは殿下による捕縛命令。
その途端、俄に騒がしくなったかと思うとドタドタと会場中に足音が響き渡りました。
いったい何処に隠れていたのか、周囲から騎士達がわらわらと沸いて出てきたのです。
「貴様らいったいどこの騎士だ!」
「私達にこんな真似をしてただで済むと思っているのか?」
「俺はヴァルト殿下の側近だぞ!」
そして、驚くことに彼らはピスカ・シーホワイト、側近達、レッド・ブラックシーをあっと言う間に拘束したではないですか!
「えっ? えっ? えっ?」
「ふふふ、そんな目をまん丸にして、せっかくの男装の麗人が台無しよシーナ」
だって、だって、こんな予想外な展開、驚くに決まってるじゃないですか!
「ちょっと離してよ!」
そして、こちらも先程までしおらしく振る舞っていた愛らしい令嬢の姿が一変。
髪を振り乱しピスカ・シーホワイトが恐ろしい形相でお嬢様を睨んでおります。
「どう言う事なの!」
「どう言う事も何も見ての通りです」
分かりませんか?とお嬢様は騎士達に跪かされたピスカ・シーホワイトを見下ろしながら嘯きました。
「意味が分からないわよ。捕まるのは『悪役令嬢』のあんたの役割じゃない!」
「それこそ意味が分かりません」
「『ヒロイン』の私がハッピーエンドで幸せになる為に『悪役令嬢』のあんたがザマァされて不幸になるのが『乙女ゲーム』じゃない!」
お嬢様は首を傾げて私に視線を送ってきましたが、私にだって意味不明ですと肩を竦めて応えました。
「やっぱりあんたも同じ『転生者』なんでしょ!」
「う〜ん、まあ、『悪役令嬢』とか『ヒロイン』とか『乙女ゲーム』とか『転生者』とか言葉の意味は理解できませんが……」
お嬢様がくすりと笑う。
「よろしいのですか? 被っていた猫の皮が完全に剥がれていますよ」
ピスカ・シーホワイトの凄まじい剣幕に周囲の生徒達が完全にドン引きです。
「お前らこんな浅はかな女に手玉に取られるとは本当に情け無いな」
「で、殿下」
「どうして我らが?」
「捕まえるならアトランテの悪女の方ではありませんか」
殿下に冷笑を向けられて、側近達は信じられないと唖然としております。
「なぜマリーンを捕まえねばならん?」
まあ別の意味で捕まえたくはあるが、と含む殿下の言葉の意味を側近達はまるで理解できていないようです。
「そ、それはピスカを虐めた女だからです!」
「この女は殿下の最愛を虐げた極悪人ですよ!」
「マリーンは何もしていないと言っていただろう?」
騎士達に抵抗しながら訴える側近達に蔑みの目を向ける殿下。
「分かったわ。ヴァルト様はこの女に騙されているのね」
「俺が騙されている?」
「そうですマリーンは『悪役令嬢』なんです。ヴァルト様お願い目を覚まして」
ピスカ・シーホワイト達は期待の目を殿下へ向けましたが、当の殿下は冷ややかに見返されました。
「お前らは色々と勘違いをしているようだな」
「「「勘違い?」」」
「まず、俺はそこの勘違い女に惚れてなどいない」
「そ、そんなヴァルト様!」
今まですっかり殿下の恋人気分だったピスカ・シーホワイトは勘違いとばっさり切られてショックを受けております。
「ピスカは殿下の最愛ではないですか!」
「いつ俺がこの女を好きだと言った?」
さも心外そうな殿下です。
確かにこんな猫被りとお嬢様じゃ比較にもなりませんよね。
「で、ですが、いつも仲睦まじくされていたではないですか」
「そうです。ちゃんと『フラグ』を回収したんですからヴァルト様は私を好きなはずです」
「その『フラグ』なるものが何かは知らんが……」
意味不明な発言の多いピスカ・シーホワイトは殿下の氷点下の視線を向けられ思わず身震いしております。
「名前で呼ぶのは止めろ。俺はお前に名前を呼ぶのを許した覚えはない」
会場中が凍り付くのではないかと思えるような冷たい声が殿下の口から放たれ、ピスカ・シーホワイトにクリーンヒット!
「なんでそんな事を言うんですか。マリーンだってヴァルト様って呼んでるじゃないですか」
これ程の冷気攻撃を受けて、まだ口答えしますか。
直撃していない私でさえ身震いしそうな一撃でしたが、ピスカ・シーホワイトの面の皮の厚さは私の想像を遥かに超えていいたようです。
「私はきちんとヴァルト様より許しを得てからお呼びしております」
「礼儀も知らず馴れ馴れしい態度で接してくるような女を俺が好むわけがなかろう」
まともな神経の持ち主なら猛獣娘よりお嬢様を選択するのが当然の帰結ですね。
「だいたい俺はマリーン以外の女に名前を呼ばせるつもりはない」
おやおや?