第8話 その婚約破棄は誰のため?
私がお嬢様を庇うように前に立つと側近達もピスカ・シーホワイトを守るように壁を作って対峙してきました。
私に投げ飛ばされた騎士科の側近達も戻ってくると、壇上で8つの瞳と2つの瞳が空中でぶつかり合い火花が散りました。
「この化け物め!」
「さすが悪女の子飼いだな」
「何度もお嬢様を悪女、悪女と……お嬢様はやっていないとおっしゃっているでしょう!」
こいつら耳が付いているんですか?
「口では何とでも言える!」
「こいつは噓偽りで周囲を欺く毒婦だからな!」
「お嬢様が犯人という確たる証拠はあるのですか?」
お嬢様はそんな下劣な振る舞いをするお方ではありません。やってないんですから、そんな証拠などあろうはずがないでしょう。
「当然だ!」
「ピスカが虐められたと言ったのだ」
「そうだ、これ以上の証拠はあるまい」
「バカですかあなた達!」
それこそ口では何とでも言えるではないですか!!
「もういい! 私はお嬢様の前に立ち塞がる全ての理不尽を物理で粉砕する!」
「どうして暴力を振るうんですか。私は悪い事をしたら謝ってと言っているだけなのに」
この女!
まだ言いやがりますか。
「話し合いでの解決こそが大切なのに」
「そうだ!」
「すぐに暴力に訴える野蛮人め」
「あなた達の方がお嬢様に暴力を働いたんでしょうが!」
こいつら頭がおかしいんじゃありません?
「あれは暴力ではない」
「そうだ正義の鉄鎚だ!」
「公的な法に基づかずに刑罰権を持たない集団が勝手に制裁を加えるのは正義ではなく私刑って言う暴力なのよバカども!」
私は右拳を固め脇に、左の掌を眼前に構える。
「アトランテ伯爵家への侮辱行為、このシーナ・サウスが許しません!」
「ただ謝るだけができず爵位を盾にするなんて」
「権力を笠に着る卑怯者!」
「おおかた殿下の婚約者だから王家の虎の威を借るつもりなのだろう」
何を訳の分からない事をごちゃごちゃと。
「権力なぞ不要! 私の絶対の物理でお前達を打ち砕く!!」
「ついに本性を現したな!」
「お前たちは権力を盾にし、すぐに暴力に訴える」
「やはり貴様は殿下の婚約者に相応しくない!」
「よって婚約破棄を申し渡す」
「もうお前らに王家の庇護は無い」
「さあ殿下、この悪女に裁きを!」
ヴァルト殿下はこの騒ぎをずっと後方で静観しておりましたが、この時になってゆっくりと前に出てきました。
王族に刃向かえば下手をすると逆賊の扱い……ですが、私は国王相手でも殺っちゃいますからね!
例え神が相手だろうと私のお嬢様を傷つける者は全て排除です!
その時、意気込みで臨戦態勢を取り固めた私の拳を優しく包み込む柔らかい手。
「お、お嬢様?」
「ダメよシーナ」
ふるふる首を横に振るお嬢様に私の戦意が萎んでいきました。
「ですが、このままではお嬢様が……」
「大丈夫よ。ヴァルト様はきちんと道理の分かるお方だもの」
お嬢様はにこりと私に笑いかけると殿下の前へと進み出ました。
ですが、私の拳を握っていた手は微かに震えておりました。
恐怖に耐えて気丈に振る舞っておられるに違いありません。
ああ、お嬢様……なんて健気。
「だいぶん騒ぎを大きくしてくれたものだな」
「ヴァルト様……」
厳しい言葉を掛けられ、お嬢様の眼差しは悲しそうに濡れる。
「覚悟はよいなマリーン!」
そんなお嬢様を凍てついた目で殿下が睥睨しながら冷たく言い放ったのです。
「ヴァルト・オーシャンはここに宣言する。マリーン・アトランテ……お前との婚約を破棄する!」
「そ、そんなヴァルト様!」
殿下から婚約破棄を宣言されたお嬢様は膝から崩れ落ちてしまわれました。
「お嬢様」
「うっ、うっ、うっ……」
私が労わるように背中を支えると、お嬢様の嗚咽が耳に届きました。
お可哀想に……相当ショックを受けられたようです。
キッと怒りに見上げれば、ヴァルト殿下が冷淡な表情でこちらを見下ろしておられます。その背後には嘆き悲しむお嬢様に厭らしい嗤いを向けるピスカ・シーホワイトと側近達……
このぉぉぉ!
私のお嬢様に婚約破棄を突き付け嘲笑うとはいい度胸だ!
例え王族相手だろうと容赦なく叩き潰す!!!
――クンッ!
しかし、俯いたままのお嬢様が私の袖を引っ張られて動きを封じられました。
「お嬢様?」
「……」
呼び掛けても反応がありません。
「ふんっ、さすがの悪女も観念したか」
「正義は必ず勝つのだ!」
「自分の過ちを認めたらちゃんと謝ってください」
悲嘆するお嬢様の姿を見てピスカ・シーホワイト達が勝ち誇る。
おのれ、おのれ、おのれぇぇぇ!!!
私のお嬢様を傷つける無頼漢どもめ!
このシーナがまとめて成敗してくれる!
「……ぷっ……くすくす……」
「お、お嬢様?」
ところが、いきなりお嬢様が吹き出したかと思うと急に笑い出したのです。
「お、お嬢様お気を確かに」
あまりのショックに気でも狂われましたか!?
「……くっくっくっ」
「「「で、殿下?」」」
今度は殿下ですか!?
笑い声に顔を上げればヴァルト殿下が顔を右手で覆い隠して肩を震わせていました。
堪えようにも笑いを堪えられないといった様子です。
「あははは、ヴァルト様……わ、笑っては……」
「くっ、くふふ、はぁはっはっは……は、始めに笑ったのは……ひっひっひっ、マリーンではないか」
何です!? 何です!? 何なんです!?
お嬢様と殿下が人目を憚らず、いきなり大笑いを始めたんですけどぉ!?