第6話 その潜入捜査は誰のため?
さて、今現在、私はお嬢様の通われている学園へと潜入中でございます。
特別な理由がない限り、侍女は学園の中へ入れません。ですので、侍女の恰好では目立ちすぎますし、警備員に追い出されかねません。
と言うわけで、私は影ながらお嬢様をお守りすべく生徒に変装して潜入に成功しました。
「ねぇねぇ、いったいあのお方はどなたかしら?」
「さあ、お見かけした記憶はございませんが……」
何やら私を見て女生徒が騒いでおりますが……男子生徒に変装したのは却って目立ってしまっていいるのでしょうか?
むぅ、一部の隙も無い変装だと思うのですが?
いえ、しかし、どうにも周囲の視線を集めているような気がします……主にご令嬢方の。
「あんな素敵な殿方なら忘れるはずはないのですけれど」
「そうですわねぇ……あっ、こちらを見られましたわ」
「ああ、なんて麗しいお方……」
「いけません、私ドキドキしてきましたわ」
「あなたもですの?」
「私もきゅーって胸が痛みますわ」
「どうしましょう。息が苦しくなってまいりましたわ」
なんでしょうか?
みなさん急に胸を押さえてハァハァと……この学園には心臓を患っている女生徒が多いのでしょうか?
「ああ、そんなに見つめられたら私、私……」
「は、恥ずかしい!」
「顔が火照ってしまいますわ」
「私も熱くなって……」
皆さんお顔が赤いですよ?
この学園のご令嬢はどうも身体が弱い方が多いようです――とても心配です。
とまあ、ちょっと一部で目立ってしまったようですが、無事に学園に潜入した私はお嬢様を陰ながら見守るのには成功いたしました。
そこで目撃した殿下の側近達によるお嬢様への非道の数々――
「マリーン・アトランテ!」
「貴様、またピスカを虐めたそうだな!」
「教科書を破いたり、水を浴びせたり……」
「可哀想にピスカが泣いていたぞ」
お嬢様が、そんなみみっちい事するはずがないでしょうが!
だいたい、あんな猛獣がそれくらいで泣くほど繊細ですか!
「貴様には人の情と言うものがないのか」
「ピスカはあんなに清らかなのにお前ときたら」
「まったく卑怯な冷徹女が!」
「やはり、貴様は殿下の婚約者に相応しくない!」
お嬢様一人を男達が囲んで罵声を浴びせる方が卑劣でしょうが!
――とまあ、こんな感じなのです。
我慢ができず何度もお嬢様をお救いするため飛び出そうとしました。ですが、その度に何処からともなくヴァルト殿下が現れて「それくらいでいいだろう」と言って側近達と去ってしまうのです。
おかげで毎回タイミングを逸してしまっております。
まったく、殿下はきちんと側近どもの手綱を握ってください!
おっと、今度はお嬢様と卑劣な女の敵との密会現場ですか――
「私はピスカ様に無体は働いておりません」
「殿下と懇意な彼女に嫉妬したんじゃないのか?」
「嫉妬なんて……私がお慕いしているのはレッド様だけです」
「だが、君はヴァルト殿下と婚約しただろ」
「わ、私の心はレッド様のものです」
「本当に僕を愛しているなら殿下を解放したまえ」
「そんな事をおっしゃられても……」
――なんですかそれは!
しかも、レッド・ブラックシーはお嬢様と別れた後、他の女生徒達を集めて何やら密談を――
「君達、例の件は順調かい?」
「お任せくださいレッド先生」
「ええ、少しずつ、少しずつ生徒達の間に広めていっていますわ」
「ピスカさんへの非道の数々、マリーンの仕業と徐々に浸透しておりますわ」
「あの悪女にもそろそろ引導を渡せそうだな」
「あぁん、先生」
「成功の暁にはちゃんと私達と……」
「くっくっくっ、分かているさ……君達にも色々と良い思いをさせてあげよう」
――どうやらお嬢様の誹謗中傷を流布するように指示しているようです。
くっ!
だから、こんな男は止めてくださいとあれほど……
そして、殿下の側近達による密談で恐ろしい計画まで――
「例の作戦を今度の学園祭で決行するんだな?」
「ああ、後夜祭で催される生徒だけの夜会でな」
「準備の方もちゃくちゃくと進んでいる」
「これでついに悪逆非道の権化に正義の鉄槌が下るんだね」
「ああ、やっとヴァルト殿下も心の醜い女から解放されるな」
「まったく、権力で好き勝手する悪女め」
「ふんっ、あの男好きしそうな身体で何人の男を咥え込んだのか」
「穢れ切ったヤツめ!」
――私のお嬢様は身も心も清らかです!
くっ!
こいつらぁぁぁ!
今すぐ鉄拳制裁を加えてやりたいところですが、今ここで私が問題を起こせばお嬢様にご迷惑をお掛けしてしまいます。
ここはぐっと我慢です。
我慢の子ですシーナ!
とにかく後夜祭のパーティーで何かお嬢様に良からぬ事をしでかすつもりなのは判明しました。それだけでも収穫です。
ですが……
たかが殿下の側近ごときに、このシーナ・サウスがやらせるか!
お嬢様の名誉、お嬢様の矜持、やらせはせん、やらせはせん、やらせはせんぞ!
この私シーナ・サウスが必ずやお嬢様をお守り致します!!