第13話 その復讐は誰のため?
「お待たせしましたブラックシー先生」
ああ、ついにクソ野郎の牢に来てしまいました。
「ああ、マリーン、僕を助けに来てくれたんだね」
この恥知らず!
あれだけお嬢様を貶めておいて、その本人に救ってもらおうだなんて。
ですが、お嬢様が殿下と交わされた約束はきっとレッド・ブラックシーを助け出すもの。
こんな男の為にお嬢様が汚れ役を……レッド・ブラックシー、やはり貴様は万死に値する!
牢から出たら私の拳で息の根を止めてくれる!
「殿下とは話をつけてあります」
「ありがとう僕の愛するマリーン」
檻越しに手を伸ばすレッド・ブラックシーにお嬢様がふっと笑う。
その笑貌はとても美しく、私もレッド・ブラックシーも一瞬ほぅっと我を忘れて見惚れてしまいました。
「ブラックシー先生……」
お嬢様も右手をゆっくり持ち上げ、レッド・ブラックシーは嬉しそうにその手を取ろうと手を伸ばしました……
が、お嬢様はレッド・ブラックシーの手は取らず親指を立てて首を横に切って、その親指を下に向けて言い放ったのです。
「地獄へ落ちろすけこまし!」
「「なっ!?」」
天使のように穢れを知らぬ品行方正なお嬢様がなんて下劣な振る舞いを!――マジ、カッケェ!
「ど、そうしたって言うんだマリーン?」
「まだお分かりになられませんか?」
先程までの美しい微笑がにや〜っとどんどん黒く変貌していきますよ!?
いえ、美しいのはそのままなんですが、それだけに黒い笑いに迫力が増しててこわっ!
「私が先生みたいな軽薄男に引っかかると思っていたのですか?」
「なん…だ…と」
「先生に近づいたのは親友のアドリア・ベンガルを傷つけた罪を償わせる為です」
「ご、誤解だ。僕とアドリア君との間には何も……」
「お黙りなさい!!」
「ひっ!」
お嬢様の威にビビってクソ野郎が尻もちをつく。
「あなたが嫌がるアドリアを力尽くで手込めにしたのは知っているのよ」
「ま、待ってくれ。彼女とは合意で……」
「合意のはずないでしょう。アドリアには他に好きな人がいたし、私はあの子から先生に付き纏われていると相談を受けていた……その直後にあの子は自殺未遂をしたのよ」
お嬢様のレッド・ブラックシーを見る目は汚物でも見るような蔑む目で……私ちょっとゾクゾクしちゃいました。
「可哀想なアドリア。穢れた身体じゃ好きな人と添い遂げられないって泣いていたわ」
貴族には後継の問題があります。
生まれた子供が自分の血筋かどうかが分からなければ困りますので、貴族令嬢にとって純潔や身持ちの固さはとても重要な要素。
アドリア様が悲嘆するのも無理からぬ事です。
一人の令嬢、それも教え子を不幸のどん底に落とす本当に最低な野郎ですね。
「他にもかなりの人数の娘が被害にあったと調査済みです」
一人じゃないし!
「今回の件で最も罪が重いのは偽証で私を陥れようとしたピスカ・シーホワイトですが……」
あの後、殿下の取り調べでピスカ・シーホワイトが主張していた側近達の婚約者から受けていた虐待も嘘であると判明しました。
かなり重い罪に問われるのは間違いありません。
「ブラックシー先生は以前から女生徒を食い物にしてきた罰を受けていただきます」
「そんな!」
「今までは女生徒側が事件を表沙汰にできず泣き寝入りしておりましたが、殿下自らが被害者の情報を公にしないと誓って調査してくださっています」
「それでは、お嬢様が殿下と取り交わした交換条件と言うのは!?」
驚愕する私の言葉にお嬢様はこくりと頷く。
「そうよシーナ。レッド・ブラックシーの悪事を暴いてもらう事」
「くそッ! 最初から僕を騙していたのか!」
全容を知って最低最悪な女の敵が悔しがっておりますが、完全に自業自得でしょうが。
「先生こそ何人もの令嬢を騙し誑かし、時には暴行を加えてきたでしょう」
「ぼ、僕はどうなる?」
「ピスカ様は修道院送りが決まりました」
ピスカ・シーホワイトはこの国でもっとも厳しい監獄とも称される修道院で生涯懺悔しながら生きていかねばなりません。
「先生の処分は懲戒免職が決まっております」
軽い!
その罪は軽すぎです!!
レッド・ブラックシーもほっと安堵しやがりました。
「ですが、先生が令嬢達に行った余罪が次々に判明しているとかで、殿下の話では極刑はもはや免れないとか」
「なっ!?」
安堵した表情が絶望に一変。
く、黒い……
安心させておいて突き落とすお嬢様が黒すぎです!
でも、そんなお嬢様が世界一ス・テ・キ(ポッ)
「た、助けてくれマリーン!」
「そうですねぇ」
泣きながら情け無い顔で助けを請うブラックシーをにやりと淑女からかけ離れた笑い顔で見下ろすお嬢様……
「お芝居でしたが先生とは恋人だった仲です。情も僅かではあってもありますし殿下にお願いはしてみますわ」
「ありがとうマリーン」
「ええ、少しでも長く生きられるよう処刑の順番は一番最後にしていただきましょう」
「え?」
「ふふふ、一人、また一人と目の前で処刑される人を眺めながら生きている喜びと実感をしっかり噛みしめてくださいませ」
処刑される者達を見ながら自分の順番を待つんですか!?
それってめちゃくちゃ恐怖じゃないですか!?
いけません。
私ゾクゾクしてきちゃいました。
ああ、やっぱり私のお嬢様が世界で一番です。
「それでは先生、ご機嫌よう」
優雅にカーテシーをしてお嬢様はくるりと背を見せる。
「ま、待て、待ってくれマリーーーーーーン!!!」
檻の隙間から手を出しレッド・ブラックシーが叫ぶ。
ですが、自分の名前が牢獄の中を木霊する中もはや用はないとレッド・ブラックシーを一顧だにせず、お嬢様は足音だけを残してそのまま歩き去ったのでした……




