第12話 その裏取引きは誰のため?
「今回の件はヴァルト様の側近達がピスカ・シーホワイトに篭絡されてしまった事に端を発しているの」
お嬢様は牢へと続く階段をゆっくり降りながら私に事の顛末を聞かせてくださいました。
「ピスカ様は何かと接触してこようとするし、自分を守るはずの側近達が彼女を手助けするしで、ヴァルト様はいい加減うんざりしていたようよ」
「そんなのを殿下はよく側近になさいましたね」
「殿下も無能を傍には置いておきたくはなかったらしいのだけど……」
彼らの実家はそれなりに発言力があり、殿下も無下にもできずに仕方なしに受け入れていたそうです。
世知辛い世の中です。
「殿下はそんな頭痛の種に悩まされていたのだけれど、ついに側近の方々がご自分の婚約者を婚約破棄する事件を起こしたの。ピスカ様を迫害したと難癖をつけてね」
「あの阿婆擦れは他にも同じ事をやっていたんですか!?」
そこで、殿下は無能な側近達に見切りをつけ、彼らをさっさと切り捨ててしまおうと考えたそうです。
しかし、婚約は家同士の話であり、加えて側近はそれぞれ影響力のある家柄の者が多く、殿下と言えどもその程度の過失では罷免できませんでした。
「そんな時に降って湧いた私との婚約話にヴァルト様は今回の作戦を思いつかれたの」
「つまり、婚約破棄事件を引き起こすように殿下とお嬢様が始めから示し合わせていたのですね?」
「そうよ。私が婚約者と思わせればヴァルト様を狙っているピスカ様は必ずちょっかいを掛けてくると踏んだの」
ピスカ・シーホワイトや側近達は騎士達に連れて行かれて各家で謹慎しております。これから王家やアトランテ家より抗議文が送られ、各家で彼らの処遇がくだされるでしょう。
あまり甘い処分にすれば王家より睨まれアトランテ家を敵に回しますから、おそらく彼らは各当主から厳しい処分を下されるでしょう。
「しかし、それではお嬢様にとって何も利益が……むしろ不利益しかありません」
この事件は公になっております。
確かにお嬢様の方に大義がありますが、それでもピスカ・シーホワイトを嵌めた事実は残ります。
自分を騙すかもしれないと考えれば殿方はお嬢様との結婚に躊躇されるでしょう。
骨を折ってお嬢様に残されたのは結婚条件が不利になった状況だけです。
「んふふふふ、そこはちゃんと交換条件があるのよ」
「……それは今からお会いになる御仁と関係があるのですか?」
今、向かっているのはレッド・ブラックシーが拘留されている牢です。
「ええ、大いに関係があるわ」
嬉しそうに頷くお嬢様の様子に全て合点がいきました。
つまり、お嬢様が一芝居うったのはレッド・ブラックシーと結ばれたかったからですか?
お嬢様自身の価値が下がればあのクソ野郎と結ばれる可能性が生まれるから?
「お嬢様、いい加減に目を覚ましてください!」
「あら、私はちゃんと起きているわよ?」
「茶化さないでください」
「もう、そんなに怒らないで」
「あの最低男は学園でお嬢様の悪い噂を広めていた張本人ですよ!」
あんな男に私のお嬢様を奪われるなんて想像しただけで憤死しそうです。
「こればかりは、お嬢様の望みでも私は断固阻止いたします」
「どうしても?」
「例えお嬢様に命じられても聞けません」
「そんな聞き分けてくれないシーナは嫌いよ。ついて来なくてもいいわ」
「うわーん、置いていかないでぇぇぇ!」
お嬢様に捨てられたら生きる意味が無くなってしまいます。
私は必死に足にしがみつきましたが、お嬢様は物ともせず私をズルズル引き摺って進んでいかれました。
さすが国一番の武闘派アトランテ家のご息女。
お嬢様の小さく細い身体のどこにそんな力が?
「お嬢様ぁぁぁ捨てちゃいやぁぁぁ!」
「つーん、知らない」
「嫌っちゃイヤァァァ!」
「だったら口答えはなしよ」
くっ!
やはり、私ではお嬢様を止められない。
おぉのぉれぇ〜レッド・ブラックシー!
聡明なお嬢様を狂わせる憎っくき女の敵!
かくなる上は私シーナ・サウスが|物理的に拳で排除してくれる!!




