03.本当によろしいのですね?
「さて、僕からも問いたい。貴女の見たままをここでもう一度証言して欲しい」
「えっ、……………あ、み、見ていません!」
司法長官の嫡男はゆるふわカールではなく証言者の下級生に向き直り、そして改めてそう問うた。
普段から冷静で理知的で公明正大な美丈夫として令嬢たちからの熱い視線を集めている彼に見つめられてそう問われ、舞い上がった下級生は思わず本音をポロッとこぼしてしまった。その彼の後ろでゆるふわカールがものすごい形相で睨んでいたが、そんなものも目に入らないくらい下級生の目は目の前のイケメン先輩の顔に釘付けだった。
「ほう?見ていないと」
「はい!………………………あ、」
うっとりして元気よく返事して、数瞬遅れて下級生は自分がなにを口走ったのかに気が付いた。だが一度出した言葉が覆ることは、もうない。
「王族ご臨場の場での虚言が罪になる、と我が国の法で定められていることは、当然知っているね?」
司法長官嫡男の目がスッと細まり、証言者の下級生はビクリと震える。
「君は今、その法を犯したわけだが」
「あ…………」
「何か申し開きはあるかね?」
司法長官嫡男の言葉はあくまでも穏やかで諭すように、だがこれ以上の罪を重ねることは絶対に赦さないという決然とした響きを含んでいる。
「え、あ、その……」
「申し開きがないのなら、罪を認めたものとして罰を与えねばならないが」
「えっあっ、………そ、その、彼女にそう言うよう言われました!」
そして証言者の下級生はひとしきり狼狽えたあと、ゆるふわカールを指差してハッキリとそう宣言した。
「………だそうだが、本当かい?」
そして司法長官嫡男は振り返り、憤怒の形相になっているゆるふわカールに問いかける。すでにゆるふわカールに愛らしさの欠片も残ってはいないが、それでも彼の言は穏やかなままだ。
「まっ待て!彼女を疑うとは何事だ!」
「殿下。私は今、彼女に聞いているのですよ」
「わ、私はそんな事言っていません!どうして信じてくれないの!?」
「そ、そうだ!あんなもの、苦し紛れに口から出まかせを言ったに決まっておる!」
「たった今殿下の御前で罪を犯した彼女が、さらなる罪を重ねたと仰せになるわけですね?」
いやさすがにそれはないだろう。すでに罪を得て、さらに罪を重ねるなど真っ当な神経では有り得ない。そんな状況に陥るのは、例えば極刑が決まって自暴自棄になったとか、そういった極端な場合でもなければなかなか起こりえないことだ。
居並ぶほとんどの人々はそう考えていたが、王子はどうやら違うらしい。
「ふむ。━━では殿下。そのご主張は訴状にまとめて司法院にご提出下さいますよう」
「……………は!?」
「殿下がそうお疑いになるのであれば、司法を通して適切な捜査と取調べを行い、証人と証言と証拠とを揃えて事実を詳らかにしなくてはなりません。公正を期すために、是非とも訴状を」
「そ、そんな大袈裟にせぬでもよかろ」
「冤罪を防ぐためです。必要なことですよ、殿下」
訴状を提出して訴訟を起こせ、と言われて王子が尻込みするが、司法長官嫡男は逃さない。彼がもっとも憎むのは冤罪であり、無実の罪に苦しむ無辜の人をひとりでも多く救うことこそ我が使命と自任していた。
「そう、冤罪と言えば」
そしてそんな彼は、王子の婚約者にも向き直る。
「侯爵家令嬢も訴状をお出しになることをお勧めしましょう」
「なっ!?」
すぐさま反応したのは侯爵家令嬢ではなく王子だ。
「そ、そんな大事にせずとも」
「ですから、冤罪防止に必要なことですよ殿下」
「し、しかしだな」
「たとえ罪を犯したとて、いわれなき冤罪まで被せるのは人道に悖るというもの。どこまでが罪で、どこからがそうでないのか、正しく判断せねば適切な刑さえも決められません」
だからこそ訴訟し裁判にて審理する必要があるのです。そう言われて王子も押し黙る他はない。
だが王子はすぐに顔を上げ、そして宣言した。
「ええい!細かいことなどどうでもよいわ!私がこやつを悪と断ずるのだぞ!貴様はそれに異を唱えるつもりか!」
大ホールはいっぺんにシーンと静まり返った。
それはそうだろう。第二王子が、その名をもって悪と断じたのだから。それも、そう断じられたのは第二王子の婚約者たる侯爵家令嬢なのだ。
「自らの罪を認めようともせず、謝罪もしない者に慈悲など要らぬ!婚約を破棄し、直ちに」
「殿下」
静まり返る中、声高に叫ぶ王子の断罪の声は、またしても司法長官嫡男の静かな声に遮られた。
「本当にそれで、よろしいのですね?」
「な、なに?」
「殿下が、第二王子の名をもって罪を認定し、法廷にも立たせずに裁きを申し渡して、本当によろしいのですね?」
つまりそれは、王子命でもって超法規的な処理をするということ。確かにこの国の、王族であれば可能なことだ。
「ですがそれは、殿下の“第二王子”としての公的な権限の行使にあたります。ゆえにその宣言に間違いがあってはならない。━━確かに間違いないと、そう断言なさるのですね?」
「う、そ、それは」
王族の命令とは、すなわち強権に他ならない。正しく使うのは当然のことで、もしも万が一、恣意的に用いようものなら臣民の王族への忠誠を失わせる諸刃の剣だ。
だから普段、国王をはじめ王族は滅多なことではその強権を揮わない。言わば伝家の宝刀、最終手段であり、軽々しく振りかざすものではないからだ。
「そして王子命は王命によって変更・撤回が可能なものですが、それでも行使なさいますか?」
今度こそ、王子は何も言えずに俯いてしまった。