01.婚約破棄と虐めの現場
「そなたとの婚約、今この場で破棄してくれる!」
煌びやかなシャンデリアに彩られた学院の大ホール。卒業式典も終わり、式典当日の夜に組まれた卒業生、在校生、その保護者たちに学院の関係者まで一堂に会した卒業記念パーティー。その主役は祝われるべき卒業生たちであるはずだった。
だが今、その場の全員の注目を集めているのは壇上にて傲然と胸を張る第二王子。そしてその周りに侍るのは側近候補である宰相の次男、騎士団長の三男、司法長官の嫡男と、王子の腕に抱かれてその胸に縋りつく、飴色のゆるふわカールの髪の愛らしい下級生こと男爵家令嬢の4人だ。
王子たちはみな卒業生でもあるので主役には違いなかったが、ゆるふわカールだけは在校生、つまり主役ではないはずだった。
そして王子に指を突きつけられて進み出たひとりの令嬢。
「殿下。今なんと仰いまして?」
王子に向き直り、優雅にカーテシーを決めるのは彼の婚約者である侯爵家の長女だ。知性も教養も作法も魔術の才も並外れた、普段から凛としてわずかの綻びも見せぬ、下級生女子の憧れの的であり淑女の鑑とまで呼ばれる才媛だった。
だがその彼女は今、王子に名指しされ、望まぬ主役の座に引きずり出されて、衆目の好奇の目に晒されている。
「聞こえぬふりなど見苦しい。そなたとの婚約を破棄すると申したのだ!」
ますます居丈高に声を張り上げて、王子が再び宣言する。遠巻きに見つめる人々の間の囁き声が、さざ波のように拡がってゆく。
「念のため、理由をお伺いしても?」
一見すると動じた様子もない侯爵家令嬢だが、扇を持つその手が微かに震えていた。だがそれに気付くものは誰ひとりとてない。
「貴様は!ここにいる彼女に長きに渡って陰湿な虐めを繰り返していただろう!証拠も証言も揃っているのだぞ!」
「お言葉ですが、わたくしはそのような━━」
「まだとぼけるつもりか!」
「やってもおらぬことを認めるわけには参りませんわ」
責める王子と否定する婚約者。互いの主張は真逆で、真っ向からぶつかり合う。だがすでに学院内ではかねてより彼女が下級生を虐めているという噂が広まっていて、このような場で王子が言及したことで半ば既成事実だと捉えられつつある。
「そなたは彼女が私の寵を得たことに嫉妬し、私物を損壊したり教書を破いたりして彼女の勉学を邪魔したそうではないか!それだけでなく取り巻きどもと彼女を取り囲んで罵倒し、暴行に及び、悪意ある噂を流し、果ては階段から突き落とそうとしたそうだな!」
「ですから、何ひとつやっておりません」
「嘘を申すなと言っておろうが!」
「そうよ!わたし、とっても怖かったんだから!」
「………証拠をお示し頂けますか」
やや震えた声でそう絞り出した侯爵家令嬢の求めに応じて、宰相次男が破かれた教書や燃やされたノートの切れ端、切り裂かれた制服などを持って来させ、掲げて見せる。それらの無残な様に周囲から息を呑む様子が伝わってくる。
「………それがわたくしの仕業であると、いかにして証明なさいます?」
「見ていた者が何人もおるのだぞ!そうだろう、皆の者!」
王子が視線を巡らし、周囲の学生たちの何人かがおずおずと一歩出てくる。いずれも在校生の下位貴族の令嬢で、ゆるふわカールの友人たちだ。
いずれも顔色が悪いのは、普段関わることもない王子や高位貴族の子女たちの注目を集める居心地の悪さからだろうか。
「……っ、わたくしは」
「いい加減に観念したらどうだ!」
「わたしは謝ってくれたら許してあげるつもりだったのに、認めてくれないなんて悲しいです!」
「おお、君は優しいな。だがそんな君を虐めるような女を許す必要なんてないんだぞ」
悲しげに頭を振るゆるふわカールを、一転して優しげに見つめて王子が相好を崩す。ギュッと抱きついてきた彼女の豊かな胸が柔らかく押し当てられていることに、王子の目尻がますます下がる。
「認めないだろうとは思っていたが、ここまで強情とはな」
宰相の次男が心底軽蔑したように言い放った。
「はっ、何が“淑女の鑑”だ。性根の浅ましい、卑しい女ではないか」
騎士団長の三男が吐き捨てる。ここが大ホールでなければ文字通り唾棄する勢いだ。
「まったくです。取り巻きを引き連れ大勢でひとりを取り囲んで責め立てるなど、臣民の上に立つ王子妃としてあるまじき……………ん?」
司法長官の嫡男もそれに続こうとして、だが彼は途中から急に訝しげに言い淀み、首を傾げた。
「どうした?」
その様子に、王子が振り返って彼を見た。その目が“お前も早く糾弾しろ”と言っている。
「いえ、ちょっと気になったんですがね」
だが、そう切り出した彼の言葉で、この場の全てがひっくり返った。
「大勢でひとりを取り囲んで責め立てるって、今まさにこの状況がそうではないのかな、と思いましてね」