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湖の女神 3

 フラフラと岸に近づくバーナードを、クロコディウスと博士が慌てて制止します。


「しっかりするんじゃバーナード」

「バカなことやってんじゃねえよ」

「いや、これが一番いいよ。みんなが得するじゃないか」

「わかんねえヤツだな」


 クロコディウスは湖に口を突っ込むと、たっぷりと口に含んだ水を、水鉄砲のようにバーナードの顔面に吹きかけました。


「うわっぷ!」


「お前は泳げないんだろ。そしたら湖の底に着いたときはもう溺れて死んでるだろ。そうなったら俺たちは、金の水死体と銀の水死体とお前の水死体を持って帰らなきゃいけねえ。俺はそんなのごめんだぜ」


「そ、そうか。死ぬよな。なんでそんなことに気付かなかったんだろう……」


 正気に戻ったバーナードは、脱力して再び座り込んでしまいました。


「さあ、帰ろうではないか。そうして、何か別の金策を考えよう」


 ようやく諦めがついたバーナードを慰め、帰ろうとしたときです。最後にもうひとつ、不運が待っていました。




カチャリ。ズルルッ。ボチャン。


 帰ろうと湖に背を向けたクロコディウスの後ろで、なんだか嫌な音がしました。背中の大剣が消えています。


「ああああああっ! 俺の剣が!」


 何かのはずみで、剣帯の止め金が外れてしまったのです。大剣はあっという間に水の中へ沈んでしまいました。


「くそっ!」


 湖に飛び込もうとするクロコディウスを、今度は博士とバーナードが抑えます。


「いくらワニとはいえ、底までは息が続かんじゃろうが!」

「放せ! カタス・ギル鋼で作った特注品だぞ! 百年使い倒しても刃こぼれしないって代物だぞ! 失くしてたまるか!」


 その時です。湖面が泡立ち、女神が三たび現れました。不機嫌を通り越して、うんざりといった様子です。しかし律儀にも、腕にはクロコディウスの剣を抱えていました。


「クロコディウスの剣だ! 女神様グッジョブ!」

「あんたは偉い! すばらしいぞっ」

「頼む、剣を返してくれ」


 露骨に態度を変えた三人ですが、それでも女神は褒められて満更でもないようです。おごそかな口調で言いました。


「たとえ貴方たちのような相手であっても、私は公平ですからね。では始めましょう。問題です。クロコディウスとやら、この剣は貴方が落としたものですか? イエスかノーで答えなさい」

「なんで急にクイズ形式になったんじゃ?」

「しかも俺のときは三択だったのに、イエスノークイズになってる」

「仕方ないのです。これはカタス・ギル鋼の剣。この世界には存在しないはずの金属です。存在しないはずのものを金や銀で複製するわけにはいきませんから、問いかけを変えざるをえないのです」


 女神は自分でも、急なルール変更はちょっとまずいと思っていたのか、言い訳がましく弁明しました。


「しかし、貴方の物ですかイエスノーって簡単すぎやせんかのう」

「うるせえよ。女神の機嫌を損ねるようなこと言うんじゃねえ。答えはイエス、確かに俺の剣だ」

「よろしい。貴方は正直者ですね。剣を返しましょう。ですが先ほど述べた理由で、金や銀の剣は渡せませんよ」

「俺は自分の剣さえ返してもらえばそれでいい」

「ようやく、まともな受け答えができました。貴方たちのせいで私はとても疲れたので、当分休みます。今後数百年は出てきませんからそのつもりで。ではさようなら」


 今度こそ、湖の女神は帰っていきました。






 帰り道でも、狼は出ませんでした。


 しょんぼりするバーナードを元気づけようと、何か割のいい稼ぎはないか、などと話しかけます。


 森を抜けて草原にでた頃には、とりあえず借金は博士が立て替え、バーナードは賭け事を封印して博士に少しずつ返済することで話がまとまりました。バーナードの奥さんには絶対に内緒にすることも、三人で固く誓い合いました。なんと美しい男の友情でしょうか。


 傾きかけた夏の太陽の下、馬車は草原をゆっくりと進んでいきます。


 こうして、労多くして得るものは何もなかったネッス湖への小遠征は、ようやく終わりを告げる……はずだったのですが……。






「馬車を止めろ。血の匂いがする」


 荷台に寝転がって雲を眺めていたクロコディウスがむくりと起き上がると、唐突にそう言いました。のどかな午後の空気を凍りつかせる、不吉な言葉でした。


「血の匂いじゃと!?」

「間違いねえ。あっちだ」

「……何が起きたか確かめねばならん。バーナード、お前さんはどうする?」

「い、行きますよ。怪我人でもいたら助けてやらなきゃ」


 一行はクロコディウスが指し示した方角へと向きを変え、馬車を走らせます。

 敢えて異変へと向かって進むその道行きは、終焉を迎えた平和の時代から、待ち受ける混沌の時代へと向かう、後戻りできない道行きでもあったのでした。

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