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正義の勇者がやってきた!  作者: 旗尾 鉄
プロローグ
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プロローグ

 村が、燃えている。


 村といっても、粗末な造りの丸太小屋が、五、六戸寄り集まっているだけだ。荒れ地の中にぽつりと佇む、小さな開拓村である。小屋の周囲には、開拓民の努力を証明するかのように、わずかな開墾地が広がる。


 そんな村の家々が、助けを求めて夜空に手を伸ばすかのように炎を上げていた。もちろん、天の助けなど、ない。緑色に光る月の下、思いを込めて建てた家も、苦労して開墾した畑も、すべては灰燼に帰すことになるだろう。村人たちの悲しい絶叫が響く。


 村にほど近い林の中に、その様子を眺めている一人の男があった。草食ドラゴンの鱗で作られた鎧に身を固め、背中には直刃の大剣を背負っている。にぶく光る金色の両眼が、泣きながら逃げまどう人々の姿を捉えていた。


「チッ。やりすぎちまったな。しくじったぜ」


 火を放ったのは、この男だった。


 彼は賞金稼ぎである。事の起こりは二日前だ。開拓民の一人が、近くの町へ助けを求めてやってきた。追い詰められて行き場を失った賞金首が、村へ逃げ込んできたという。村の女を人質にして立て籠もっている。なんとかしてほしい。


 その求めに応じたのが彼である。そして、彼のおこなった《《なんとかする》》方法とは、賞金首をいぶり出すために、小屋に火を放つことだったのである。


 だが、手際が良すぎた。手早く事を運びすぎたため、村人が避難する時間は足りず、何人かが逃げ遅れた。さらには折悪しく風向きが変わってしまい、火は村じゅうに燃え広がった。肝心の賞金首も、焼死体では賞金首本人かどうか確認できないから、賞金は得られない。誰にとっても最悪の結果となってしまったのだ。


 男が村を眺めているのは、大きな犠牲を生んでしまった後悔の念からではない。万がいち、賞金首が逃げ出してこないかを見張っているのと、これからどうするかを思案しているだけだ。


 賞金首を捕らえ、あるいは討ち取ること。それが賞金稼ぎである彼にとっての最優先すべき正義なのであり、最大の関心事なのだ。他のことは、とるに足りない。多少の犠牲は、やむを得ない。彼は、そういう男だった。


「さて、と。これ以上待ってもムダだな。戻るか……」


 ひとり呟いて、立ち去ろうとしたときである。異変に気付いた男は、反射的に後方へ飛びのき、身構えた。


 だが、異変を回避することはできなかった。異変のほうが、男の動きに合わせて付いてきたのだ。


 大きなシャボン玉のような『何か』が、男を包んでいる。そのシャボン玉は、一歩前に出れば一歩ぶん前に、横へ行けば横へと、男の立っている場所を中心にとらえて離そうとしない。


 男はやおら、腰に装備していた投げトマホークを引き抜くと、シャボン玉めがけて思いきり投げ放った。


 確かに命中はしたものの、手ごたえはなかった。シャボン玉は割れるでもなく、穴が開くでもなく、何事もなかったかのように、そのままそこに存在している。投げ斧はシャボン玉の向こう側、木立の幹に突き刺さっている。


「……魔法かよ」


 物理的に破壊できないシロモノであることを、男は理解した。物理的なものでなければ、魔法だ。だがそうなると、魔法の心得がないこの男には対抗手段がない。術者を倒せばいいのだが、倒すべき術者がどこにいるのか判らない。視覚、聴覚、嗅覚、五感は研ぎ澄ましていたはずだったが、こんな状態に陥るまで、魔術師の気配も呪文の詠唱の声もまったく感じ取ることはできなかった。お手上げである。


 透明だったシャボン玉は、薄いクリーム色に変化しつつある。


「とうとう、俺もヤキが回ったみてえだな」


 心当たりは、いくらでもある。

 これまでに何十人もの賞金首をものにして、荒稼ぎしてきた。そいつらの身内や仲間は、間違いなく復讐したいと思っているはずだ。今回の焼き討ちのように、かなり強引なやり方をしたことも一度や二度ではない。巻き添えや《《とばっちり》》を受けた者たちからも、さぞ恨まれていることだろう。出し抜いた賞金稼ぎ仲間からも妬まれているだろうし、何度かトラブルになった官憲のやつらも良く思ってはいないはずだ。


 クリーム色に変化したシャボン玉の表面に、今度は虹のような模様が浮かび始めた。このあと爆発でもするのか、あるいはこのまま閉じ込めて自由を奪うつもりか、そんなところだろう。


 男にはもう、無駄な抵抗をする気はなかった。これまで面白おかしく好き勝手にやってきた身だ。思い残すこともないし、長生きしたいわけでもない。


 なぜかちらりと、飲み仲間の呪術師に聞いた妙な言い伝えを思い出した。この世には、こことは違う別の世界がある。殺伐として血生臭いこの世界よりも、ずっと暮らしやすく、ずっと美しい世界がある。男の脳裏を最後によぎったのは、そんな夢物語だった。


 耳をつんざく破裂音が、夜の林に響いた。落ち葉や木の枝が舞い散り、土煙がもうもうと立ちこめる。


 やがて土煙がおさまったとき、シャボン玉も、男の姿もそこにはなかった。主の手から離れて木の幹に食い込んだ投げ斧だけが、男の痕跡をとどめている。


 夜の林は、ふたたび静寂に包まれていた。

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