見知らぬヤンデレ少女に拉致監禁されたけど、その娘に一目惚れしちゃいました
初投稿
重たい泥の中の様な眠りから目を覚ますと、そこには見知らぬ光景が広がっていた。
大きな窓から差し込む夕日が、リビング然とした部屋を照らしているが、こんな光景は俺──飯島 陽人は今までの人生で見たことは無い。
とりあえず立ち上がろうとして腕を動かそうとするも、両腕の自由が効かない事に気付く。どうやら両手の親指を結束バンドか何かで拘束されているらしい。
嫌な予感を感じて、冷や汗が浮かび始める。そんな時だった。
「あ、陽人君起きたんだぁ!」
部屋の奥から女性の声が聞こえてきたのは。
体がびくりと反応し、俺は声の主を探そうと部屋の奥へ視線を走らせる。
「大丈夫? 体、どこも痛まない?」
部屋の奥、キッチンから俺の方へ少女が包丁片手にゆっくりと近付いてきた。
両目を隠してしまうほどの長い前髪のせいで表情は窺いしれないが、俺の通う学校の女子生徒の制服に身を包んでいる。
だがこんな女子、俺は見覚えはない。顔を隠すほどの前髪と、腰まで届きそうな黒髪のロングヘアーなんて見た目、一度見たら印象に残っているはずだ。
「あ……え、えっと……」
口から出た声は情けなくも震えていた。無理もないだろう。俺を拉致したと思しき犯人が、包丁片手に近付いてくるのだ。
こんなサスペンスドラマで使い古された光景、まさか現実で体験する羽目になるなんて。
「ここまで運んでくるの大変だったんだよ。家の近くの公園とはいえ、スタンガンで動けなくした後、台車に君を隠してここまで運んで来たんだから」
「ス、スタンガン……?」
俺は気を失うまでの経緯を思い出す。
朝、下駄箱を開けたらまさかのラブレター。内容も告白したいので何ちゃら公園まで来てください云々で正にラブレター。舞い上がる気持ちを必死に抑えながら、公園の場所を調べてウキウキ気分で待機。そしたら強い衝撃に襲われて意識がもうろうに……
「もしかして君が俺を……?」
「うん、そうだよぉ。陽人君にね、どうしても伝えたい事があってね、ここまで連れてきたの!」
彼女の言葉から察するに、公園で待っていた俺をスタンガンで強襲し、意識がもうろうとしたところを俺を隠して台車で運んだのか。
……台車って。なんでバレなかったんだ。布か何かで覆ってたんだろうけど、見た目も合わさって怪しさMAXだったろうに。人目につかなかった己の不運を呪うしかない。
「やっぱり告白は二人きりで、邪魔されない所でしたかったの! だって今日は二人にとって記念すべき日になるでしょ? それならね、すっごく良い思い出にしたいなぁって!」
目の前の拉致実行犯が何かを語っているが、俺はそれどころではなかった。意識がハッキリして自分の現状を理解するにつれ、冷や汗がどんどん浮かび上がってくる。無理やり拉致されたという事実に気付き、体の震えが止まらなくなる。
どうして。どうしてだ。告白だと思って来てみたら、まさか拉致されるだなんて。これなら嘘告白とかの方がまだマシだ。どうして俺がこんな目に!
──ねえ、聞いてるの?
声が目の前から聞こえた。
視界一杯に広がる長い黒髪から覗く二つの瞳が、こちらを真っ直ぐに射ぬいている。その瞳はほの暗く、鈍い光を湛え、どこか生気を感じさせない影を帯びていた。
「私、今ね陽人君とお話してるんだよ? なのに陽人君はずうっと俯いて私のお話ちゃんと聞いてないよね? 陽人君はすごく良い人だからきっと知ってると思うけど、人とお話する時は目を合わせてお話ししましょうってご両親もきっと教えてる筈だよね? おかしいなぁ、じゃあどうして陽人君は私と目を合わせてお話ししてくれないんだろう? 私が! 今! 陽人君への! 溢れちゃいそうな想いをさぁ! いーっぱい知ってほしかったのに! なのに知らんぷりだなんて陽人君は酷いと思わないのかなァ!」
眼前で狂気染みた声をあげながら少女が言葉を乱暴にぶつけてくるが、今の俺にはその言葉を受け止める余裕は無かった。さっきほんの一瞬、少女の瞳と視線がかち合った時から、俺は気が気では無くなっていたのだ。
心臓は激しく動悸し、呼吸も荒々しくなってままならない。口から出る単語は言葉をなさず、思考は最早ぐちゃぐちゃでまとまらない。
今の俺の頭に浮かぶ考えはただ一つのみ。
なにこの娘、どちゃくそ可愛いじゃん!!!!!
「……あは、あはは。あははははははは! はーるーひーとーくーんー? 私ねぇ、陽人君の事信じてるんだよぉ? 陽人君はねぇ、私の事を裏切って見捨てて一人ぼっちには絶っ対にしないって。あんなヤツラとは違うって、陽人君は私の事をちゃあんと見てくれるって。だからさぁ、見てよ私の事ッ!!!」
一瞬、ほんの一瞬しか見えなかったけどさ、すげー可愛かったんだけど!小顔で目はくりくりしてて、唇も小振りで瑞々しくて! 長い黒髪も相まってTHE・大和撫子って感じ!他の人がどうかは知らんが、これは間違いなく俺の好みどストレートだね!!! 好き!!!
「……ねえ聞いてよ。聞いて? 聞いて。私のお話聞いて。聞いて聞いて聞いて。聞いて聞いて聞いて聞いて聞いて!!! 聞いてってさァ、お願いしてるよねェッ!!!」
「ひょっ」
やばい顔掴まれた! ああああああご尊顔が目の前にいいいいい! あ、動悸ヤバい。死ぬ。死ぬわこれ。これが尊死かぁ。
「あ、あにょ」
顔を掴まれているせいで上手く発音できない。ひんやりとした彼女の手の感触が直に伝わって、もうさっきから動機が凄い。しんどい。
「あはっ! やっぱりちゃんと私のお話聞いてくれてたんだ! ごめんね、陽人君が私のお話を聞き漏らすなんて事絶対にないもんね! 私もちょっと緊張しちゃってるのかも!」
「ひょ、ひょっと」
「うん? どうかしたの陽人君? もしかして私に何かお話したいことでもあるの? うーん、でも陽人君への想いはまだまだ語り足りないんだけどなぁ。やっぱりお互いの気持ちはね、ちゃんと共用しておいた方がいいって私は思うの! そうやって二人の気持ちを重ね合わせる事が長続きのコツだと思うし!」
「は、はにゃしを」
「……あっ、も、もしかして私に告白してくれるの!? ちょ、ちょっと待ってね。気持ちの整理するから」
緊張した面持ちで俺の顔から手を離した彼女は、お淑やかな所作で居住まいを正し始める。目は変わらず隠れているが前髪を整え、制服のシワを伸ばし、包丁片手に俺と向かい合う形で正座で座り直した。諸々の所作から溢れ出る気品さ。深窓の令嬢じゃん最高かよ。
俺は彼女の目(があるであろう位置)を見つめてゆっくりと口を開いた。
「ごめん、この拘束を解いてほしい」
「…………………………………は?」
「そうしないと君に──」
俺の続く言葉を遮るかのように、バン! という衝撃音が部屋に響いた。音の発生源へ視線を辿らせると──床に深々と突き刺さった包丁が視界に映り込む。
「ふふっ」
手の色が真っ白になる程包丁を強く握りしめた彼女から、小さく笑う声が聞こえた気がした。
「ふふ、うふふ」
いや、気のせいじゃない。目の前にいる彼女は笑っている。衝動に任せて包丁を突き刺した筈なのに。
「あは、あはは! あははははハハハハ!!!」
狂笑。いきなり立ち上がったかと思えば、壊れた人形のように大声で笑い始めた。何かが可笑しくて仕方ないとでも言わんばかりに。どうしたんだろうと小首を傾げていると、背中と両腕、そして頭に強い衝撃を受ける。
「ぐうっ!」
背中と両腕に痛みが走り、肺から酸素が漏れ思わずうめき声をあげてしまう。世界がひっくり返って、頭を打ち付けられるような感覚を覚えた。
痛みで閉じていた両目を開くと……視界を埋め尽くさんほどの黒色が目の前に広がっている。
「おかしいおかしいおかしい! 絶対にオカシイよッ! 私、陽人君の事信じてる! 信じてるの! 信じてるんだよ! なのにさぁ、一体どういう事なのかなぁ! 私が信じてる陽人君はそんな事言わないよ! 私から逃げたいだなんて絶対に、絶対に言わないッ! ねぇ、陽人君の事信じさせて? 信じさせてよ? 信じさせてよォッ!」
超至近距離で叩き付けられる少女の絶叫。くらくらする。視覚は彼女の見えないご尊顔で一杯一杯だし、さっきから鼓膜を震わせている彼女の鈴のような声のおかげで聴覚はもう幸せだ。正直何言ってんのか全然頭に入ってこない。
「あなたと出会ってからずうっとあなたの事だけ見てたの。毎日あなたの事だけ、全部! だからわかってるよ。あなたがさっき言った事は嘘だって。本心じゃないって。ちょっとした冗談だって。緊張しちゃってたんだものね? わかってる。わかってるよ。ぜーんぶわかってるから! ほら、言っていいよ。私に伝えたいことがあるんだもんね? 早く。言って。早く。言ってよ。早く! 言ってってば!」
というか今の状況あれだよね。この子、俺に馬乗りになってんじゃん! ダメでしょこんな肉体的接触! えっちじゃん! 犯罪だよこれ! 腹の上にまたがってくれてて良かったわ! もう少し下だったら精神的にも社会的にも死んでた!
「……なんで何も言わないの。なんで何も言ってくれないの。私ちゃんと聞くよ? 一言一句聞き漏らさないで、全部覚えておくから。ねえ。ねえねえねえねえねえ。ねえってば! 言ってよ! ねえ!
……そっか。そっかあ。そうなんだあ。陽人君もアイツラと同じだったんだね。私は信じてたけど、私を信じてくれる人は結局一人もいなかったんだ。うふ。うふふ。ふふふふふふ。…………もういいや」
くすくす、くすくすと小さく笑って体を起こすと、彼女は後ろに手を伸ばして何かを取った。あれは……さっき床に突き刺していた包丁だ。そのまま包丁を両手で握りしめると、大きく上へと振り上げていく。
「陽人君が私のこと信じてくれてないなら、生きてる意味なんてもうないよ。でも陽人君が最後に話して、最後に見ていた人は私にしたいから。大丈夫、すぐに私も死ぬから。先に天国で待っててくれると嬉しいな」
「……ん、あれ?」
なんか俺、このままだと刺されるんじゃね? え、なんで!? 俺なんか怒らせるような事したかな!? 彼女があんまりにも顔を目の前に近付けるから、照れちゃって何も言えなかったけど!
何も聞いてないのバレた? それとも変な視線で見てたことか? 馬乗りされて興奮してたの気付かれた!? ヤバいヤバいヤバい! 伝えたいことも言えてないのに死ぬの俺!?
そりゃあ匂いもかいじゃったし、顔もマジマジ見つめて挙げ句には興奮しっぱなしだったから俺に非があるけどさあ! でも不用意に顔近付けたり、馬乗りになったりして2割くらいはこの子にも非があると思うんだけど! あれか、貞淑はしっかりと守るタイプか! なんだよその文化遺産的思想! 痺れる!
でもこのまま何も伝えないで死ぬのなんて嫌だ! 多分伝えたら伝えたで滅多刺しにされそうだけど! ええい、ままよ!
「さよなら陽人君。天国で一緒に幸せになろうね──」
「──好きですっ!!!!!」
「………………………………へ?」
思い切り振り下ろされた包丁が、俺の眼前すれすれでぴたりと止まった。彼女も呆けたように口を開けたまま固まっている。これは……もしかして俺の話を聞いてくれるチャンス!? よし一気に畳み掛けてやる!
「初めて目が合った時好きになりました! 一目惚れです! あの目を見て好きにならないなんて無理です! めっちゃ好き!!!」
「あっ、え、あの……!」
「その長く伸ばした黒髪も奥ゆかしくて素敵だし、大和撫子みたいな貞操観念も素晴らしいと思う!」
「貞操!? な、なんのこと……」
「一目惚れとか信じてなかったしなんなら馬鹿にしてたけど、前言撤回する! 神はいた! いや、女神が目の前にいるわ!」
「女神なんてそんな、は、恥ずかしい……!」
照れているのか手をパタパタさせて恥ずかしがる彼女。でも包丁を持った手をパタパタするもんだから先端が肩にかすってちょっと痛い。ドジッ子とか最高かよ。
「好きって、えっ? 陽人君が私をす、好きって、そんなの……!」
「君の顔見て好きにならないなんて無理です! 俺、君にハート盗られたんだよ!? 責任取ってほしい!!!!!」
「わ、私が悪いの……?」
「悪いよ! だってさ、その透き通った絹みたいなきめ細やかな黒髪! さっき触ってくれた手だって柔らかくて未だに感触が残ってるし、なにより宝石みたいって言葉がふさわしい両の瞳がもう堪らん──」
「あのっ、もうやめて、ください……!」
あわあわと動揺し始めた彼女は、俺から距離を取るように慌てて後ずさった。俺はのそのそ体を起こして彼女と向かい合う形で座り込む。
「あの、この拘束解いてくれる? 大丈夫、逃げたりなんてしないから」
彼女は数瞬の後こくりと頷くと、俺の後ろに回って拘束を解いてくれた。……包丁で親指の結束バンド外したのか。器用だな。俺は手を動かして自由になった事を確認すると彼女に向き直る。
「……ちょっとごめん。ちゃんと顔を見て話したいんだ」
「え、あっ、だめっ」
彼女の顔に手を伸ばして優しく慎重に前髪を払う。そこには頬を真っ赤に上気させ、潤んだ瞳でこちらから目を逸らす、俺が好きになった女性の顔が確かにあった。
心臓が高鳴る。やっぱりだ。目が釘付けになったように視線を動かすことができない。可愛い。可愛い。可愛い!!!
「やだ、見ちゃダメだよ……私の顔なんて見たら陽人君だって……」
「本当に可愛い。ずっと見てたいくらいだ。隠してるのが勿体ない」
「……あ、あはは。陽人君はやっぱり優しいね。でもお世辞なんて言わなくても大丈夫だよ。無理矢理なんて私、もうできるわけないから……」
「お世辞じゃない!」
彼女の肩を掴んで、彼女自身を傷付ける言葉を強く否定する。何だろう、この子に対して感じる違和感は。俺を拉致して何故か殺そうとした衝動的とも言える行動力とは真逆の、自身を否定し自虐する陰鬱的な内面との強い差異。
躁鬱状態? 情緒不安定? どれも近いようで合っていないような気がする。
だがその疑問は彼女の言葉によって霧散する事になる。
「……パパもママもお前の顔なんて見たくないって言ったよ? 私の周りにいた人は皆、私の顔を見て嫌そうにしてたよ?」
……あぁ、そうか。
「皆が嫌そうにするから髪で顔を隠したらね、気持ち悪いって、不気味だから近付くなって言われるようになったの。ずっと、ずっと、ずっと!」
何で拉致したのが"俺"なのかはわからない。でも、なんで拉致だなんて行動に至ったのか。その理由はわかった、気がする。
「でも陽人君は違って、もうっ、陽人君しか、いなくてっ……! 他の人に取られたくなかった! だからあなたに取り返しのつかない事、しちゃって……!」
──ただ寂しかっただけなんだ。
俺は気付けば彼女の言葉を遮るように、目の前の少女を強く抱き締めていた。ぶら下げていた手から滑り落ちた包丁がからんと音を立てて床に落ちる。
「好きです。お世辞とかじゃなくて、本当に好きです」
「……っ」
「一目惚れだから薄っぺらく聞こえるかもしれないし、ここに連れてきた手段はまあその……誉められた事じゃないかもしれないけど」
「……ごめんなさい」
「でも話を聞いてて何か事情があるんだろうなって思った。もし本当に欲望を満たすだけなら、こうやって謝ったり泣いたりなんてしないよ。きっとほんとはいい子なんだろうなって思う」
「そんなことないっ……!」
普通の人なら。
スタンガンで意識を奪われて拉致されて。
一方的にただただ言葉をぶつけられて。
挙げ句には無理心中を図られて。
そんな人間と関係を持つだなんて普通の人は絶対に無理だろう。
でもそれら全部ひっくるめて俺はこの子に惚れてしまったのだ。恋愛は好きになった方が負けと聞くけど、これは正に惚れた弱みだ。
俺が彼女を救えるならば、力になってあげたい。腕の中で涙を流す彼女を強く抱き締めながらそう決意する。
「…………お姉ちゃん」
「お姉ちゃん? お姉さんがいるの?」
「お姉ちゃん、凄い人だから……パパとママもお姉ちゃんばかり誉めて……私、いらない子だから」
「俺は君に隣にいてほしい」
「学校の皆ね、お姉ちゃんは凄いのに、妹の私は出来損ないだって……見た目も気持ち悪いからずっといじめ、られてっ……!」
「誰だそいつ。教えろ。マジで許さねえからな」
「……皆から気味悪がられてたのに、あなただけは違ったの。私が荷物を落としちゃった時ね、陽人君は嫌そうな顔をしないで拾ってくれた。……陽人君だけだった」
「……ごめん。ここで覚えてるって言いたいけど思い出せない。できればちゃんと思い出したいよ」
「ごめんね。ごめんなさい。私、陽人君を傷付けちゃうような女だよ? きっと依存しちゃうよ? いっぱい迷惑かけちゃうよ? ……わ、私なんかでホントにいいの……?」
「俺は君だから好きになったんだ。君の事をまだ全然知らない、話したのも今日が初めてで説得力なんて無いけどさ。君を見て抱いた気持ちは絶対に嘘なんかじゃないんだ。だからその……こんな俺でよければ、よろしくお願いします!」
「……っ! 私も好き! 好きですっ! 大好きっ!」
それから彼女は何も言わず俺の胸に顔を埋めて泣き続けた。大声をあげることもなく、ただ静かに腕の中で涙を流すこの子の頭を俺は優しく撫で続けた──
「あのー、そろそろ離れていいかな?」
「……や」
「いやでももう暗くなってきたし」
「や!」
「どうしよう、幼児退行しちまった」
俺の腕の中でひとしきり泣き続けた彼女。そろそろ泣き止んだのかと思ったら、胸に顔を埋めたまま動かなくなってしまった。というか顔を擦り付けてきてないかこれ。
これはこれで至福の時間ではあるのだが、窓から見える景色は夕日が沈んで暗くなりつつある。なので名残惜しいが離れようとしたら……彼女の両手が俺の制服を掴んでがっちりホールドしてきた。
どうしようかなと考えていると、胸の中に埋めていた彼女が顔を上げて俺の方をじっと見てくる。うわぁ近い近い可愛い。
「どうして陽人君が帰る必要があるの? 私と陽人君はりょ、両思いなんだからお家に泊まってもいいんだよ? さっきまで陽人君の好きなお料理も作ってたんだし、遠慮なんてしなくてもいいんだからね?」
「え、俺の好きな料理? そんな話したか……?」
「うん! 陽人君はカキフライが大好きなんでしょ? 陽人君が大好きな私が作る、大好物のカキフライ食べたいよね? ね? ちゃんとタルタルソースも用意してあるから!」
「……ゴクリ」
口の中に沸いてきた唾を嚥下する。なんて耐え難い誘惑なんだ。……でも夕飯無駄にしたら母さんおっかないしどうしよう。
それにどうして俺の好物を知っているんだ、なんて疑問も頭に浮かんだりもしたが。
「陽人君と私はもうずっと一緒だから。この先ずうっと、おじいちゃんとおばあちゃんになっても。ううん、天国でもずーっと一緒にいようね!」
こちらに顔を向ける彼女の前髪から僅かに覗いた素顔を見て、そんな些末事は綺麗さっぱり消し飛んでいた。
だって一目惚れした女の子の満開の笑顔なんて見てしまったら、俺はこの子に敵うはずなんてないんだから。
「あれ、そういえば名前聞いてなくない?」
「あ……えっと、里見雪花……です」
「名前まで可愛らしいとか嘘だろ死んじゃう」
「……あう」
有識者にヤンデレとメンヘラの違いを教えてほしい