手の平で救えた水
俺は家に帰って、ニタニタ動画で最近外国で人気と言うVRゲームの実況を見ていた。
正直気恥ずかしさもあるためか、あまり女性配信者は見ないのだが同年代だったり普通にやる事が面白いのでよく見ていたと記憶している。
彼女は結構な上位プレイヤーで、すいすいと攻略していく。
闘技場編の次にオークの眷属達の住む国、オルクスを舞台とした話が始まった。
「新章突入やねー、キリもいいし今回はここまで。次の視聴者様参加イベントは投稿日の丁度一週間後の19時から! そんじゃあまた次回、チャンネル登録よろしくー」
動画が終わり、関連動画の一覧が画面に表示された。
しばらくぼーっとしていると俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
意識が覚醒へと向かう。
*
目を覚ますと、紅白と医者らしいオークの眷属の顔がのぞき込んでいた。
「どうだい、足も下唇も元通りだろう」
医者が顎ひげをいじりながら話しかけてくる。
ベッドからゆっくりと体を起こし、布団をめくって確認する。
「本当だ……」
「感覚も異常は無いだろう。動かしてみなさい」
一切の違和感はない。
「これは第一王子……いや、飛角様の指示でね。感謝すると良い」
あの残虐な奴が?
「そう怪訝な顔をするものではない。まあ仲間をひどい目に合わせかけられたなら仕方のない事かもだが。体調も悪くなさそうだ、今後の事を話しても良いかい? 」
少々話が見えない。
「ひとまず、治療していただいてありがとうございます。……ですが今後の話と言うのは? 」
「ここ最近のゴールド安の事は知っているだろう」
「ええ」
「あれはそもそもオークの眷属によるものでね。この辺りの地域は奴隷が主な財源だったのだが、オルクスの王、オークがエルフ達と戦争し、勝利。そして大量のエルフが奴隷として売られた。そのことによって引き起こされたものなんだよ。なんたってオルクスは強国だ、ここの国も買えと言われたら買うしかない。まあそれで経済が滅茶苦茶になった所に戦争を仕掛けるつもりなんだろうけどね」
「それで、どうしろと? 」
「エルフとの戦争までは飛角様も国に従っていた、だが経済を滅茶苦茶にして弱ったところを狙うと言うオークの方針には反対したんだよ。なんたってあの方は武人だ、汚いやり口は嫌いだからね。そしてお抱えの兵や私を率いて国を捨て、そして戦力となる人物を探そうとこの大会が開かれたと言うわけさ」
「つまり、俺達にその国、オルクスと戦えと言う事ですか? 」
「そういう事だ。飛角様は先に協力者と会うべく氷龍山麓の村まで向かっている。あの山の妖物共は十匹程度群れれば飛角様でも勝てるか怪しい。数少ない高度な魔除けの魔術のかかった馬車でなければまず生きて通る事は出来ないから、オルクスが軍を率いて攻め入るには必然的に軍の数割を失う。中々に良い作戦だろう」
「……失礼だとは思いますが……オルクス側にそんな危険を冒してまで戦う必要性がありますか? 」
「本当にその通りだよ、でもオークは馬鹿な王だ。売られた戦争は必ず買う。だからこそ我々は国を捨てたのさ」
俺には良くわからないが、そもそも種族が違う。
そういうものなのだろうか。
「まあ君たちには出来る限り安全なポジションを回して下さるそうだから、そんなに気負う事は無い。この勝ち戦、参加するか参加しないか。決めたまえ」
紅白の方を見る。
優勝賞金だけでは金が足りない。
そう顔に書いてある。
「了解しました。僕達も参加させて頂きます」
*
あの後まだ戦闘する程には回復していないとか、闘技場の汚い地面を足の断面で踏んだから菌が入っているだろうとか色々と言われ、解放される頃には日は傾いていた。
少々遅れたが、優勝報酬を受け取りに行く。
俺が闘技場のアリーナに来ると見た顔のオークの眷属が手を振ってくる。
「よお兄ちゃん、いやあ良く頑張ったよ。まさか優勝しちまうなんてな」
「……はは、紅白があれだけダメージを与えて置いてくれて、作戦も伝えてくれて。俺だけじゃあ何も出来ませんでした」
「いやいや、兄ちゃんは良く頑張ったって。仲間ってのは助け合うものなんだから、今回は誇っていいと事だと思うぜ」
似たようなことを紅白にも言われた事を思い返す。
俺の悪い癖……なのだろうか。
いや、そうなのだろう。
決勝戦で思い浮かんだ事だが、俺はすくった水をこぼさない。
そのためにも、俺は自分を認めるべき……なのだろうか。
「そう、なのかも知れません。ありがとうございます」
「……じゃあ優勝報酬の受け取りだ! おめでとう! 」
「「「優勝おめでとう! 」」」
他のオークの眷属達も声と共に拍手をしてくれる。
入口の方から台車に乗って報酬は運ばれてきた。
「兄ちゃん病み上がりだろ、一人じゃあ運べないだろうから案内してくれた所まで運ぶぜ」
「じゃあ……」
*
姫廻さんは腱を切られたり目を潰されたりしているから、あのお医者さんに頼んで治してもらっている。
流石に失われた物を治す訳だから半精霊たる肉体と彼の医療技術をもってしても厳しい物らしく、優勝賞金の殆どを持っていかれた。
そうこう考えている間に手術は終わった様だ。
「全く疲れたよ……。私は寝る、起こしてくれるなよ」
紅白の炎による除菌室から出てきた彼は近くにあった医療用ベッドに倒れ込み、数秒後には寝息を立てていた。
彼の出てきた部屋へ入る。
少々血の付いた手術台の上には馬車の中で出会ったハーフエルフの少女が横たわっていた。
勿論服は着ている。
こういうのははっきり言っておかないと。
あ、目を開けた。
「……ども、体、動く? 」
正直言って俺は子供が苦手だ。
同年代ならまあそれなりに絡めるが、家庭科の子供ふれあい体験みたいな奴では醜態を晒し、友人達にしばらくいじられ続けた。
手足、目や舌を確認してから起き上がる。
「大丈夫よ。……あの、まさか本当に助けてくれるとは思わなかったわ。ありがとう」
これは良くないパターンだ、向こうは年上が苦手なタイプと見た。
いや、と言うかエルフと言うものは人間と比べて成長が遅いとかでは無かっただろうか。
じゃあそのハーフとあらば意外と同年代だったり年上なのかも知れない。
「そこでなんだけど、いきなりで本当にごめんなんだけど……、氷龍山って所に……」
「氷龍様の所に連れて行ってくれない……? 」
これは良いパターンだ、目的が一致している。
「あ、ごめんなさい、今何て? 」
「氷龍山って所で戦争があるらしくて、俺達はそんなに危険ではないらしいんだけど、一緒に参加してくれるかなって。聞くところによると、姫廻さんってけっこう強いらしいから。もちろん戦争なんて危険だし良くない事だから嫌ならいいんだけど……」
「もちろんよ! ……です。オークの眷属達に捕まる前に、あの山のドワーフ達に武器の制作を依頼して、それがあればこの恩も返せると思って」
正直、助けておいて奴隷の様に俺の言う事をしてもらうと言うのは気が引けていた。
目的がわりと一致しているのはとても嬉しい。
「じゃあ、しばらくは仕事仲間って事で良いかな? 」
「はい、お願いします……」
手がさし出される。
俺が戸惑っていると、
「あれ? 握手って日本全土の文化じゃ、ありませんでしたか……? 」
中学生男子なんてこんなものだ。
部活で対戦後にする握手とかでも女子相手だと戸惑ってしまう。
……まあ俺は帰宅部だけど。
決して俺が男友達くらいしかまともにいない陰キャなわけではない。
そこんとこ勘違いしないでよねっ!
「いや、合ってると思う。よろしくね」
あー!
なんだこの感情は、そう、彼の胸に生まれた感情。
その名は『緊張』ッ!
動きが硬いぞ俺、拳法家の流れる様な動作はどうした俺!
……握手後の手を確かめると湿り気は無かった。
良かった、手汗とか大丈夫だった……。
「目が覚めた様だな、寿司を買って来たぞ」
大きな葉に包まれたごちそうを三つ程手にした紅白が帰ってくる。
そんなに女の子特有の話づらさの無い紅白は俺の緊張を解いてくれた。
「あ、ありがとうございます! 助けて頂いて、体も直してくれて、その上食べ物までくれるなんて、なんてお礼を言ったら……」
「これからしばらくは仕事仲間となるという話は、十君がしているだろうから、敬語はやめて欲しい。恐らく十君は敬語や立場の違う相手が苦手だ。知らない物と話す時かなり声が小さくなる」
声が小さい……思い当たる節ばかりだ。
失礼になるし、気を付けよう。
「わかりました、あ、わかったわ」
*
どこかで聞いたことがある、寿司は江戸時代の頃からファストフードして存在していた。
後、そのころは米が酢飯では無く、おにぎりサイズだったとか。
それでも金欠のため、しばらくまともな物を食べられていなかったから非常に美味しく感じる。
緑茶が欲しい。
かつてあの世界で、たまに家族と食べに行った回転寿司を懐かしむ想いが湧いてきた。
でも今はそれを考える時じゃない、仲間達と頑張らないと。
この辺りの国のためにも、戦争に勝ってオークを倒さないと。
……何か大事な事を忘れている気がする。
え、日本!?
姫廻さん日本って言ったよね。
ここは日本だった!?
それとも……、彼女も俺と同じ異世界出身者なのかも知れない……。
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ー次回予告ー
絇鎖理「お寿司ってものは良い物ね。買ってすぐ食べられるし、美味しいわ」
十「お寿司と言えば、なんと江戸時代から天ぷらと共にファストフードとして存在したんだって。かの将軍、徳川家康は天ぷらを食べ過ぎて死んだとか」
絇鎖理「随分と間の抜けた将軍もいたものね」
十「そう、政策とかから考えるに家康がそんな馬鹿な事をするかな? って事で、天ぷらを食べ過ぎて死んだのは偽物なんじゃないかとも言われてるよ」
十「天ぷらと言えば天ぷらそば、そばと言えば年越しそば、年越しそばと言えば初詣! って事で次回『初詣に行こう! 』」
十「次回も、ステータスオープン! 」




