人類サイボーグ化法
「・・・凄い。」
右手が機械になった僕は、素直に驚いた。
「どうです?凄いでしょ。どこか不具合がありますか?」
「い、いいえ、思った通りに動きます。」
交通事故で右手を失った僕だったが、【人類サイボーグ化法】の最初の被験者として選ばれ、こうして機械の手を手に入れた。
機械の手なんて気休めにしかならないかと思ったが、これは予想を遥かに超えた成果だ。これなら日常生活に何の支障も無い。
「ありがとうございます。博士。」
「いえいえ、こちらも慈善事業としてでは無く、データ取りも兼ねているので、こちらこそありがとう。」
白衣姿のこの老人はそう言うが、こっちとしては感謝してもし切れない。半ば投げやりな気持ちで応募したが、本当に本当に助かった。
気が付くと僕は目から涙が溢れていた。
【人類サイボーグ化法】。その最初の被験者である三島 宗一さんが自分の機能を停止させたいと申し出てきたので、機械技師、主治医の先生と共に看護師の私も同伴することになった。
三島 宗一さんは328年生きている。その間で【人類サイボーグ化法】は正式に採用され、今や体の一部が機械になっている人が居てもおかしくない世の中だ。
「宗一さん、こんにちは。この度先生方と宗一さんの最後を看取ることになった。看護師の金子 鈴と申します。」
「宜しく頼むよ。」
一見すると宗一さんは、白髪頭の80歳程のお爺さんに見えるが、毛髪、皮膚、骨格に至るまで全て作り物のオーダーメイドだ。彼のオリジナルと言える部分は脳だけ、この柔和な笑みですらプログラムが組まれたモーションの一つに過ぎない。
先生達が準備をしている間、私は宗一さんと他愛の無い話をすることにした。機械に詳しくない私に仕事らしい仕事は何も無い。
「宗一さん、300年以上生きて来られたわけですが、どんな人生でした?」
ズケズケと失礼かと思ったが、気になったので聞いてみた。
すると宗一さんは嫌な顔もせず、こう答えた。
「楽しい人生だったよ。自分の身の回りや、文化が変わっていく様を目で見て感じ取れたからね。これは普通に生きていては得られない体験だったね。」
「確かにそれは貴重な体験でしたね。」
これで聞きたいことの一つは聞けたが、あとの一つはとても聞けるようなことでは無かったので口をつむんだ。
しかし、私の心を知ってか知らずか、宗一さんはこんなことを言い始めた。
「看護婦さん、私は生きていると言えるのかね?」
「えっ?」
私は言葉に詰まった。なんと言っていいか分からなかったからである。
「腕も、足も、頭も、体も、心臓も、流れるの血や汗、涙に至るまで全て作り物。そんな者がはたして生きていると言えるのかね?」
「そ、それは・・・」
何も言えない。一介の看護婦にそんな判断は出来ない。
「200年も生きれば、生きる事に何の感動も起きなくなった。それで気がつけば300年だ。もういい、もういいと思った・・・だから終わりにすることにした。」
そう語る宗一さんはマネキンの様に無表情だった。けれどその表情が今まで見せた彼の顔の中で一番リアルだった。
「けどね、看護婦さん。15歳の時、初めて自分の右腕が付いた時の感動は今でも覚えてる。あれは本当に嬉しかったし、博士には心の底から感謝した。だから私は【人類サイボーグ化法】を否定する気は無い。それは信じて欲しい。」
「・・・はい、信じますとも。」
そこまで私達が話し終えると、いよいよ先生方の準備が出来た。
ベッドに横たわり、体の至る所を安楽死用の機械に繋がれた宗一さん。宗一さんは身寄りが無いので見送るのは我々だけである。
「それでは宗一さん、ゆっくりと機械の機能を落としていきますからね。痛みはありませんよ。何か言い残すことはありますか?」
「いえ、特には無いです。やって下さい。」
先生がツマミで出力を落としてから、スイッチの電源を切っていく、その間、宗一さんは天井を見上げ一言も喋らず無表情だった。そうして先生が最後のスイッチを切ると、宗一さんの目の光が消えた。
「8月23日15時32分、三島 宗一さん御臨終です。」
私達は手を合わせた。。
瞳孔を確認する必要はない。だって三島さんの目は人工の目なのだから。
私は撤収作業を手伝いながら、ふと自分の左手を見た。
ギシギシと少し軋む音が聞こえるので、そろそろメンテナンス時期かもしれない。
私も宗一さんの様に長生きするか・・・それは今は決めれなかった。