XVIII:こんがらがった魂
いつもより少し長いです。
長くなったではなく、長くしたのです。
何故かというと……それはあとがきへ。
「悲しいの? 何が……」
――違う。
「怖いの?」
――……違う。
「寂しいの?」
――違う。
少女の問いかけにノエルは心の中で答える。
何も答えないノエルを見て少女はお手上げと言わんばかりに首を振った。
そして十代だとは思えない大人びた声で優しく言った。
「安心して。貴方の術が解けない限り……いくら手を出しても死なないんだもの。まだ殺しはしないわ……甚振るくらいかな?」
◇
「……まさか、とは思ったけどさ」
急斜面の激しい山道を歩いていたアリシアは眉間に皺を寄せ、黒の艶めく髪を風に遊ばせながら溜め息を吐いた。
「本当に“地獄”なのか?」
悠璃は振り向くこともせず、黙って頷いた。
トレイシーの“風乗り”で飛ぶこと約一時間。ディーリアス国の第四属国であるフロックハート国の最西端のルーヴァス火山を悠璃、アリシア、ジュリー、シリル、トレイシーは登っていた。
ルーヴァスの火山は頻繁に噴火している。火口付近は熱く、雪が積もることは滅多にないそうだ。
「奴等が逃げ込むとしたら、そこしかない。人間には絶対に見つからない場所だ」
もし人間がそこへ辿り着いたとしても帰ってこれないだろう。
魂が地獄に引き寄せられてしまうからだ。地球にある重力のように、引き寄せる。一部の魂を除いて。
「イーヴァ……じゃなくて、えー、アシュレイでもなくて……チェリ? 違うわ、それは前々世ね」
ジュリーは右手を額に当てて必死に記憶の糸を辿る。
「ノエル、だ」
そんなジュリーを見かねたアリシアが呆れた声で言った。
「あ、そうだったわ。ありがとう、アリス。……で、カエル様は無事なの?」
悠璃とシリル、アリシアは呆れて一斉に大量の息を吐き出し、脱力した。
トレイシーだけが何とも思っていないようだ。
ジュリーがアリシアの腕に自分の腕を絡ませた。
アリシアは暑苦しそうに視線をやるが、何も言わず、振りほどきもしない。
「……ノエル様は死なない」
ジュリーの質問に答えるようにして悠璃は言った。その声は悲しみと悔しさが入っているのか氷のように冷たい。あまりの冴えた声に周りの四人は声を出すことを躊躇う。
悠璃以外の四人は火口付近で熱くなっている風を一瞬冷たく感じた。
「俺達が消えない限りな……」
しばらくして恐る恐るアリシアが悠璃の言葉に付け足す。
ジュリーは怒られた後のような顔で下を向いた。
「お前が気にしているとしたら“記憶”の方だろ」
今まで黙って歩を進めていたシリルが急に口を開いた。先を行っていた十七歳の年上二人が振り返る。
トレイシーはいつになく険しい顔で言った。
「“地獄”にはチェリの……イーヴァの記憶の一欠片がある」
シリルが唇を噛み締めた。
同時に悠璃が悲しそうに顔を顰め、拳を強く握り締める。掌に爪が食い込んで赤くなってきた。
「アシュレイの前のイーヴァ……チェリは地獄で生まれ“させた”んだったよね」
ジュリーは近寄りがたいオーラを纏い始める悠璃とシリルの顔色を伺いながら言った。
アリシアの腕を強く掴む。一方のアリシアは別に痛くもないし、いつもの事なのでいつも通り呆れた顔をするまでだ。
「……奴等は、イーヴァが敵地……まさか地獄で生まれるとは思わなかっただろうから最良だった」
しかし、それを決断するのに相当時間を要した。リオとレオが危険だと……反対した。結局、地獄に生まれるというのを決断したのは当時のイーヴァの持ち主だ。その判断は間違っていなかった。
チェリが地獄に生まれる代わり、守護者は側につけなかったが……チェリは百五十歳近くまで生きた。
最後は正体が見つかって捕らわれそうになり、自害したのだと、悠璃達はアシュレイから聞かされた。
特別な魂は長生きだ。だが、決して不老不死ではない。年を取るのがある年齢から急激に遅くなる。その特別な魂というのはノエルの持つイーヴァの魂、そしてそれを守護する十人の魂だ。
しかし、イーヴァの魂を所持する者はいつもどんな時代だろうが狙われていたために直ぐに死んでしまう。捕らわれる前に自分が死ねば一時的だが、“世界”の危機は遠ざかる。そうやって何十回も繰り返し生まれ変わった。
“世界”とは今人間のいるこの宇宙のことだが、地獄、天国もまた“世界”の中に属する。
「……今回は記憶を失わせたんだよね?」
あ、違った……ジュリーは首を横に振って訂正した。
「魂を……が、封印したのよね?」
突然、熱い強風が五人を襲った。ジュリーの言葉が風の音に邪魔されて一部聞こえない。
しかし他の四人には聞こえていたのか、それとも聞こえなくても言いたいことが分かったのか……重かった雰囲気をより一層沈めた。
シリルはいつもより冷たい目で一瞬ジュリーを睨むように見た。
アリシアはジュリーに右腕を捕らわれたまま、下を向いて黙る。
トレイシーもまた非常に見分けにくいが、いつもより笑顔が少ない。
悠璃だけは動じず、前をしっかり見て歩いていた。
◇
田舎町に住む優しい少女だったと、“悠璃”は記憶している。
“悠璃”達だけではない。他の守護者もそうだ。
彼女は生まれつき“力”を持っていた。人間で言う超能力の類だ。
それに加え、読心術も会得していた。
村人達から好かれ、笑顔の絶えない太陽のような少女。
少女もノエル同様、イーヴァの魂を持つ者だった。
そして地球が滅びた日、最後に彼女は自分自身に術を掛け、仕える守護者にこう言った。
“絶対に死んでは駄目よ”
彼女が最後に掛けたのは……
◇
「がはっ……」
腹に冷たく細い何かが突き抜け、少年は痛みに床を転がりまくった。
喉に込み上げてくる鉄の味の液体を必死で吐き出す。咳き込むようにして体外へ出された液体は紅の色に酷似していた。
腹からもまた同様の液体が流れ出て、学院でたった一人しか着れないと言う白の制服を紅で染め上げる。
「この術……どうやって作ったのかしら」
黒髪の少女、イザベラは咳き込むノエルを思いっきり蹴飛ばし、仰向けに寝転がらせた。そしてノエルの腹を指差して笑う。
細長い先の尖った刃物がノエルの腹を貫通し、血を吹流していた。
しかし、そうかと思ったのは一瞬で……傷はみるみるうちに塞がっていく。切り離された皮膚と皮膚が無理矢理引っ付き合い、最後には転んで出来そうな小さな傷が残るだけだった。
どんなに大きな傷を負ってもすぐに回復する。死ぬほどの怪我をしても、数秒でそれもまた小さな切り傷になる。手が切り落とされようと何度もくっついて手首に残るのはやっぱり小さな切り傷だけだ。
「この術って解かなかったら不死よね?」
イザベラは後ろをチラリと見て言った。
そこには足を組んで鎮座する青年、ロイドがいる。
青年は人を甚振る妹を見ながらくつくつと笑っていた。
「そうだな」
それを聞いたイザベラは羨ましそうにノエルを見た。
ノエルはやっとのことで上半身を起こし、壁に背を預ける。ひやりと冷たい感覚が背筋を走り抜けた。
腹の傷は塞がった。しかし……まだ喉に何かが込み上げてくる感覚はある。ノエルはそれらを必死で飲み下し、少女を見据えた。
「それにしても前世の記憶が無い、力が無いなんて! 一族の歴史書なんて興味なかったけど……案外、本当の話だったのね。アシュレイが最期にかけた封術の話」
イザベラは手を後ろで組んでリズム良く兄の元へ歩き出した。矢張りどうみても少女だ。ノエルから見て一、二歳は下だ。リオよりは少し上だろう。
しかし、彼女は時折信じられない目でノエルを凝視する。そして時に人間とは思えない恐ろしい顔つきで獲物を振るう。
「アシュレイがかけたのは、封術連という術らしいわ。封印にいくつもの封印を重ねてかけたり、術にいくつもの術を重ねてかけたり……簡単に言えば封印と術の重複使用のことね。多分、不老不死のも複数かかっている術の一つでしょ。つまり封術連をいくつか解かさないと、不老不死の術は解けない。……イーヴァは死なないってことでしょ? 沢山の封印を解く鍵はもちろん沢山あるけど……少なくとも守護者は鍵の一つよね?」
イザベラを直視する兄のロイドは不思議そうに顔を顰めさせた。
「何故だ? そんなことは歴史書には記されていないだろう」
「直感よ! アシュレイは守護者を大切にしていたもの」
◇
「……」
リオは重たい瞼を開閉させ、ぼやけた視界を見回した。視界は段々と正常に戻り、最初に見たのは天井からぶら下げられたシャンデリアだった。その光は目を覚ましたばかりのリオには眩し過ぎる。
次に彼が見たのは横に居座る少女の姿だ。
窓が開いているのか夜空の色に似た藍色の髪が風に遊ばれていた。眼鏡のレンズ越しに見える吸い込まれそうな程の深い翠の瞳は必死に何かを見つめていた。いや、読んでいた。
そしてベットに寝かされているリオは、自分の周りに張られた三重結界に気がつき、初めて隣にいる少女が誰なのか分かった。
ミーン。もしくは彼女のもう一つの性格、デイヴだ。
「あら、お目覚めですか?」
刺々しく、いつでも人を嘲るような声を放つ少女。その声は結界の中に響いた。
確かにミーンだ。
「全く、生徒会長である私が授業をサボり、学校を抜け出すことになるとは……」
いつもサボっているだろう、と文句を言いたいが声が出ない。喉から放たれるのはかすれた息だけだ。
「貴方の術は体力と精神力を酷使しすぎです。もう少し自分を鍛えるだとかの努力をなさってはいかが? 今回は怪我もございましたが……大体、あんな短剣で刺されたと言う事は間合いを狭められすぎだと言うことです。術を使いすぎ、注意力散漫、反射神経が鈍くなる……」
起きたばかりで何も呑み込めないリオに長々と説教を入れるミーン。
「だから、主も……」
その言葉を聞いて一気に目が覚めたのか、リオは跳ね起きた。その所為でミーンの術で治療し終わったばかりの傷が再び悲鳴を上げる。
呆れた顔で説教を入れようとしたミーンの肩をリオは強く掴んだ。
「ノエル様は!?」
◇
「……義父さん。どうします?」
クレイグはとある資料を片手に顔を顰めた。
西の空が紅く染まり始めている。時刻は午後の五時だ。
「さっき学校から連絡があったぞ……」
書斎の椅子に座るシエルは溜息を吐いて窓の外を見た。
書斎は西城なので夕日の光が強く差し込む。
「全く、来るなら来るで連休とか……こっちの事情も……」
「いやいや、義父さん。まず攫うことに怒ってくださいよ。大切な後継でしょう」
クレイグは文句を垂れる父、シエルに言った。
「まぁ、死なないからいいが……」
良くない、良くない、とクレイグは心の中で呟いた。
「しかし、“この問題”はノエルに片をつけてもらおうとしたんだが……」
シエルはクレイグと同じ資料を手にした。
“フロックハートについて”と書かれた調査書類だった。
もうすぐオーストラリアへ一週間程、旅立つので進められるだけ進めちゃえ☆みたいな感じです。
オーストラリアではきっとノートに続きを綴っているでしょうね。
ああ、ノートになんて面倒臭い……。
矢張りキーボードがいい……
っていうか、ノエルをこんな苛める気はなかった……←
ごめんなさい、グロいの好きなんです。
では。