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7話・手紙と図書室

 火の精霊との交流の授業はやはり散々な結果に終わった。

近づく全ての精霊に逃げられ、最終的には教官に授業にならないから見学するようにとため息混じりに言われるという嫌な意味でいつもどおりの結果だった。

 陰口で「無駄な努力」「アレだけ嫌われてたらどうあがいても無理」などなど色々今日も言われたが。

 そうは言われても、現状を維持する気はライラには全くない。

 本日も散々だった実技の反省点を図書室でノートに書き出し、改善案を自分なりに考える。

 ヴィクトリア学園の図書室は、王立図書館に並ぶほどの蔵書量を誇る。国境を問わず古今東西から集められた蔵書のほとんどは、精霊術、魔術に関するもので占められているが、本当にごく僅かにだがその他の娯楽系の本もある。だがやはり勉学を学ぶ場である学園の図書室なので、天井までそびえたつ本棚にずらりと並べられた本たちはどれも分厚い専門書がほとんどだ。

図書室の広さは、勉強スペースを含めずに本棚が占める割合だけで六十人は入る講義室五つ分はあるのだから、その蔵書量もわかろうというものだ。

そんな図書室の窓際の勉強スペースでライラは頭を抱えていた。

精霊たちはライラをみるなり逃げていく。ライラの何が悪いのか精霊に聞くことはできない。

ミナが己の専属精霊である風の精に聞いてくれたそうだが、硬く口を閉ざしてしまうとのこと。それは他の教諭たちの専属精霊も唯一ライラに姿を見せる風の精も同じだった。

 ここまでくると、原因はライラにあるとしか考えられない。だが、原因が全くわからない。過去と今の違い。考えれば考えるほど煮詰まっていく。

 気分転換にと勉強道具と一緒に入れていたレターセットを取り出した。クローバー柄の少しかわいいレターセットは、村で唯一の友達からのもらいものだ。

「これで私に手紙を書いて、近況を教えてくださいね」

と微笑んでいた友人の言葉に頷く形で、大量に持たされたレターセットを消費すべく毎日ライラはその日あった、たとえば寮の食事に好物がでたなど、なんでもないことからクミナクに言われた嫌味に、他の誰にもいえないでいる弱音から様々なことを書き連ねる。

 今日は昨夜から徹夜で課題を片付けたことに、はじめての魔術師コースとの合同授業があったこと、やはりクミナクに嫌味を言われてしまったこと、やっぱり精霊とは上手くいかないといったことまで、細かく丁寧な文字で書き連ねて、便箋七枚を封筒に入れる。

 変わりに常に持ち歩いている友人からの返信の手紙を取り出して、何度も読み返した文字列を読み直す。

 何気ない日常を綴った手紙の最後には、いつも必ず。

『大丈夫、貴方には精霊の加護がついています。貴方は精霊に愛されている。自信を持って、胸を張りなさい。貴方は私の自慢の友人です』

 そう書かれていた。流麗な文字を指でなぞって、そっとため息を吐く。

 精霊に愛されていると、年上の唯一の友人は言ってくれる。その証明にライラには一匹だけだけど精が傍にいてくれると。

 信頼しているし、その言葉自体は嬉しいから、否定はしない。それでも、現状は期待を裏切っているようで、心苦しくて。

 どうにか、精霊とまた話がしたいのに、精霊はライラが視線を向けるだけで逃げてしまうのだ。

「あーあ……」

 その理由が、まったくわからない、とペンを片手にノートの上に突っ伏す。首だけ動かせば、窓の外では風の精と木の精が戯れていた。本当に、視る事だけはできるというのに。

「……」

 なんともなしに、手を伸ばす。

窓がある以上届くはずもない行為だったというのに、ライラの存在に気づいた風の精と木の精は蜘蛛の子を散らすように逃げていった。やるせなさが募る一方だ。

「なにやってるんだ、カラリーン」

 はあああ、と大きなため息を吐いていたところに頭上から降ってきた嫌味満載の声。すでに聞きなれたその声に、ライラは視線をむけることもせず返事を返した。

「天才様にはわからないことですよーだ」

「……」

「いだっいだだだだだだいたい!」

 ふーんと鼻を鳴らしたライラの頭をギリギリと締め付ける圧力。

机をバンバンと叩きながら痛みを訴え抗議する。涙目で見上げれば、それはそれは見目麗しい美形が額に怒りマークを確りつけていた。

「あーもうっ、ごめんなさい!」

「ふん、わかればいい」

 本を数冊抱えているあたり、ライラのパートナーであるクミナクも図書室に用があったようだ。

 クミナクとの関係も、頭が痛い理由の一つだとため息を吐き出したライラの頭をすぱーんと勢いよく本で叩かれる。

「?!」

 突然の強襲に叩かれた頭を押さえて痛みから涙目で振り返れば、クミナクはしれっとした顔で。

「なんとなくムカついた」

 などと、のたまった。

「~~~!」

 文句は山ほど言ってやりたいし、仕返しだってしてやりたいが、文句を言えば二倍の量で理路整然とした嫌味が返ってくるのは実体験済みだし、仕返しなんてした日にはそれこそなにをされるかわからない。

両手をぎゅうっと握り締めてぶるぶると震えながら耐えるライラをよそに、クミナクは先ほどまでライラが手を伸ばしていた窓の外を見ていた。

「……そこに、精霊がいるのか?」

 珍しくもクミナクからの問いにライラはぶすっとしたまま「さっきまでね」と一言だけ答えた。

イスに座りなおして、ノートをそれとなく閉じる。見られた日にはまた山のように嫌味が降ってくるからだ。

 勉強にならない、と内心で文句を連ねつつ、別の教材を引っ張り出して広げる。

 かたん、と静かな音がして正面に人の気配。まさか、と思いつつそろりと顔を上げるといつの間に迂回したのか目の前にクミナクが座っていた。教材を握る手が震える。

「む、むこうで勉強したらいいんじゃないかなぁ……! このあたりは精霊術の本ばかりだし……っ」

「今日は、精霊術の勉強をしにきた」

 窓から視線をはずさないまま、平坦な声音でクミナクが告げた。

 その声が、どこか寂しそうだったからライラは顔を隠すようにしていた教材からそろそろと顔を上げた。

 遠くを見るように窓を見つめるクミナクの横顔は、ライラからみても文句なしに整っている。王子様と騒がれるのも納得できるほどに。

さらりと癖のない髪は、若干くせっ毛のライラからすればうらやましい。肩口と眉の上で綺麗にそろえられた紺色の髪。燃えるような赤を通り越した紅の瞳。

「……いいなぁ」

 ぽつりと、言うつもりのない言葉が口から漏れた。

「?」

 怪訝な顔で振り向いたクミナクに自身が口にしていたことに気づいてぱっと両手で口を押さえる。

教材がばたんと倒れた。だが、すでに遅い。一度口にしたことは戻らないのだから。

 問い詰める視線に負けて、ライラは口を押さえていた手をどかし、ため息を一つ吐き出して、ついとクミナクの瞳を指差した。

「クミナクの瞳」

「僕の目?」

「うん。精霊の加護がある。それも、とびっきり強い」

 燃えるような赤すら通り越した、紅の色。血よりなお紅い、紅。それは、人間が本来持ちえる瞳の色を超越していて、火の精霊の強い加護を示している。

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