6話・精霊の落とし子と歴史
「で、あるから我がアルドリア国、初代国王は精霊の落とし子だったと言われている」
教科書に沿って進められる世界史、とはいっても初授業の本日は故国アルドリアの建設に重点を置いた授業でファイドが黒板に書き出す特に重要な点をノートに纏めながらライラは静かにペンを動かしていた。
「精霊の落とし子について、だれか説明できるもの」
「はい」
「よし。では、シャール」
ファイドの問いかけに凛とした声が教室に響く。ちらと後ろを振り向けば真っ直ぐにクミナクが手を伸ばしていた。ファイドの指名にクミナクは立ち上がると、教科書も見ずにすらすらと概要を述べる。
「精霊の落とし子とは、精霊から人間への最大の祝福として授けられる、精霊の子供です」
「そのとおり。では、落とし子と精霊の違いは何か。そうだな、カラリーン」
「は、はいっ」
すらすらと述べるクミナクに自分とは違って名実共に主席なだけはある、などと思考を飛ばしていたライラは突然の指名に驚いて上ずった声を出した。がたっと立ち上がれば、代わりに座ったクミナクが小声で囁く。
「授業中に考え事とは落ちこぼれがずいぶん余裕じゃないか」
睨み付けたいし文句を言いたい衝動をぐっとこらえて、一呼吸おくとライラは真面目な表情でファイドへと向き直った。
「精霊の落とし子は、精霊から授けられた人間の血が混ざっていることです。ある種で精霊と人間のハーフ、混血と呼べる点があげられます」
「そのとおり。二人とも模範解答だ」
座るときにちらりと後ろをみれば、クミナクが驚いた表情を隠しもしていなかった。そこまで馬鹿にされていたことに苛立つのと同時に、どうだ、と少しだけ胸のすくおもいでライラは席に着いた。
「では、続ける。精霊の落とし子は繁栄と栄華、祝福をもたらすとされるがその範囲は落とし子を授けられた人間の周囲に及ぶ。端的に言えば、その人間が守りたいと思う範囲となる。なので、村人が落とし子を受け取ればその村人の家族が、村長が受け取ればその村全体に、仮に国王が受け取ったとしたならば、我が国には未曾有の繁栄が約束されることとなる」
教科書の重要部分にペンで線を引く。隣のツアカも同じことをしている。
「また落とし子自身も膨大な力を秘めている。親である精霊の格に左右されるが、落とし子を授けられるほどの精霊はそれだけで上級であるといえ、自然と落とし子には人間では考えられないほどの力を生まれながらに保持している。五千年前の初代国王、ロネ王は火の大精霊イフリートの落とし子だったことが文献からわかっており、またその他の大精霊とも契約を果たし、結果四大精霊全てを統べた。その力を持って我が国アルドリアを建設、精霊の祝福と栄華を受け小国を一代で大国にまで押し上げた。その面積はすでに現在とほぼ変わらないといわれているが、その点に関しては五千年の歴史の中で多少の誇張があったのではないかとの議論が現在も交わされているため不明点となっている。だが、おおよその面積は変わらなかっただろうというのが研究者の大多数の意見だ。その後、二代目国王イリドリアは魔術を開発、この時点で精霊術士という概念に加え、魔術師という概念が加わることになった」
カリカリとペンを走らせる音が静かな教室に響く。
朗々と続けられる建国の歴史をノートにつづりながら、ライラはこのあたりは村で昔話に聞いていたのと変わりないなと思っていた。
初代国王は言うに及ばず、二代目国王については魔術を開発したことで名がしれている。名前自体もアルドリアからとられていて覚えやすいことも影響していた。
ファイドの講義が一区切りついたところで、ライラは手を上げた。ファイドの指名を受けてたち、質問を口にする。
「わたしの村では初代国王ロネ王の統治は五百年と伝わっていましたが、実際はどうなのでしょうか。教科書にも載っていませんが……」
「うむ、そのあたりは今も討論が続けられており、各地に様々な伝承が残っておる。なにしろ落とし子は長命だ。百年で王位をイリドリア王に譲り寿命まで世界を放浪したという伝承もある」
ライラの質問に深く頷き、ファイドは教科書にはのっていないロネ王の伝承について語りだした。
席につき、数多く残されている伝承を興味深く聞きいているうちに講義終了の合図である鐘が鳴った。
「む、いかん。少し語りすぎてしまったな。では、そうだな。このさいだ、カラリーンの発言にあったとおり、ロネ王の即位後については各地で残る伝承に差がある。次の講義までに自分の出身地のロネ王の伝承について纏めてくること。王都出身の者たちは別の土地の伝承を纏めてくるように。では解散」
王都出身者が多いことを考慮しての発言に王都出身の生徒たちからは不満そうな空気が漏れたが、誰一人文句を言うことなく講義は静かに終了した。
「ツアカ、次の講義だけど」
「選択ね。私は水の精霊との交流だけど、今日はライラはどこに顔を出すの?」
次の講義は得意分野の精霊との交流だ。ライラのように一点特化ではない生徒はどの授業に出席するか自身で判断することができる。
「そうだね、さっき話しにでてたし火の精霊の交流にでてみる」
まぁ、結果は見えているのだが。苦笑しながら告げたライラの言葉にしない部分まで汲み取り同じくツアカも苦笑した。
そこでふと、ライラは周りが静かなことに気づいた。
「あれ? クミナクがいない」
てっきり、授業が終わるなり嫌味を言ってくると思っていたのに。
ぽつりと呟いたライラに変なところ信用してるわよねぇと思いつつ、ツアカはぐいっとライラの背を押した。
「ほら、鬼の居ぬ間に、とやらよ。さっさと講義にいくわよ!」
「わ、わ。わかったから、押さないで! こける!」
ただでさえ寝不足で足元がおぼつかないのだ。無理に負荷をかけられれば倒れてしまう。ライラの抗議にツアカは小さく笑って、友人の手を引いて講堂を後にした。
「クミナクは後で呼び出し決定よね」
傍にいるライラにすら聞こえないほど小さな声で呟いて。