5話・初めての合同授業となれた嫌味
ちらほらと人のいる講堂に入れば、ライラの登場に一気に注目が集まる。
そのままこれ見よがしにひそひそと話し出されるのにも、悲しいがすでになれたものだ。
元々、村でも遠巻きにされ似たような扱いを同い年の子供たちから受けていたライラは当初からさして気にしていなかった。だが、村と全く違う点は村では精霊の祝福を受けた子供として祭り上げられて遠巻きにされていたが、学園では精霊の祝福を受けているくせに落ちこぼれだということで妬みや嫌味を言われている点だ。
初めて言われたときはそれは傷ついたものだが、現状弁明のしようもないので、ツアカの助言に従う形で言わせたい人間には好きなように言わせている。というか、いちいちつっかかっていたら、ライラの精神も体力も持たない。
「世界史の先生ってだれだっけ?」
最前列の真ん中より少し左側の席を確保してツアカにたずねれば、ツアカは呆れた顔を隠しもしない。
「それくらい覚えておきなさいよ。世界史は」
「魔術師、ファイド教諭だよ。落ちこぼれの主席さん」
ツアカの言葉を攫う形で続けられた嫌味たっぷりの台詞。最後の言葉はとてつもなく余計だ。
他の人間に言われても、ライラはツアカの忠告どおり無視できる。だが、この声音の持ち主だけは、ライラは入学時から無視することができなかった。
「悪かったわね。天才の主席様?」
できるだけ嫌味っぽく、声のした背後を振り返り睨み付ければ、なんの嫌がらせかライラの一段後ろの席に腰を下ろしたクミナクが涼しい顔でそこにいた。
「というかなんでそこに座るの! あっちいってよ!」
「目の下に隈なんて作って。昨日は夜遊びでもしていたのか?」
「してない!」
「どうだろうね」
ライラの言葉を無視してつむがれた更なる嫌味に噛み付けば、ふんと鼻で嘲笑われる。震える拳を握り締めて暴力に訴えたい衝動を必死にこらえるライラを見かねて、ツアカが口を挟む。
「クミナク君、ライラは徹夜で勉強していたのよ」
「フルールさん、友情は美しいけれど無理にカラリーンを庇うことはないんだよ?」
「……ツアカ、もういい。無視、無視!」
心底哀れむ眼差しを向けられて、自分ばかりかツアカまで馬鹿にされたと感じ取ったライラはツアカの手を取って他の席に移動しようとしたが。
「なんだい、まともに授業も受けられないのか」
「っ」
落とされた更なる嫌味にぎりっと歯を食いしばって、立ったばかりの席にどさりと荒々しく座り込んだ。隣のツアカがどうしたものか、という顔をしているのがいたたまれない。
「……ごめん、ツアカ」
嫌な思いをさせている。小声で謝れば、ツアカが口を開くより先に。
「非を認めるくらいなら最初から真面目に行動したほうがいいよ、カラリーン」
「っ、あんたにいってない! そもそも原因はあんた!」
「図星を指摘されたからって逆切れとは見苦しい」
「~~~っ、ああいえばこういう!」
「ライラ、どうどう」
涼しい顔をして教材を広げながらも毒舌はとめないクミナクに噛み付くライラをツアカがとめる。ツアカもさすがになれたものだ。
講義が一緒になるのは今日が初めてだが、廊下ですれ違ったり昼食時に食堂でばったり会えばいつもこの調子なので、いつもライラと一緒にいるツアカとしてはなれざるを得なかった。
当初は魔術師コースの天才児、クミナク・シャールに淡い想いを抱いていたこともあるのだが、ライラへのあんまりな言い分にそんな想いは当の昔に冷めてしまった。
ライラのパートナーでもあるクミナクの制服より濃い紺色の髪は肩口と眉の上で切りそろえられ、そこらの女子よりさらさらの髪が風に靡くさまは美しいといえる。
さらには、燃えるような紅の瞳をしたクミナクは王都でも有数の貴族家の出身だ。
クミナクの家、シャール家は古くは血筋を王家にまでさかのぼるというのだから、ドがつく田舎で王都からは馬車を乗り継いで十日以上かかるもはや辺境と呼べる農村出身のライラとは何かと合わないことが多い。
魔術師として入学以前からすでに最大学年である六学年と同等の術を扱えた、天才クミナク・シャールと精霊の祝福を受けた将来有望な精霊術師、ライラ・カラリーン。
学園側は二人が切磋琢磨し互いを高めあうことを望んでいるのだろうが、現状それは無理な相談としか言いようがなかった。
なにしろ、なにかにつけクミナクはこうやってライラに喧嘩を売ってくる。とはいっても、あからさまな喧嘩を売られたことはないが、鼻で笑われることなど両手の数では当に数えられないし、遠まわしに馬鹿にされることにも苛立ちはするがいい加減なれた。そんなレベルだ。
周囲には希代の天才、あるいは女子からは中世的な美形の容姿もあいまって王子様と名高く人気が高く、本人もライラ以外には強く当たるどころか優しいのもあり、クミナクは現在学園で一番の人気者だ。
そのパートナーであるライラは落ちこぼれであることもあって、精霊術士コースの女子の大半を敵に回している現状だった。クミナク関係でどれだけの嫌がらせを受けたことか。村では精霊の祝福を受けた子供として崇め奉られていたから、悪い意味で色々とはじめての体験だった。
入学してまだ半年、パートナーとしての講義や実技がなく個々のコースでの勉学に励み、初めて同じ講義を受ける今の現状がこれだ。だというのに、この先、パートナーとしての授業が増えたらどうなることか。想像に難くない。
精霊とは別の意味で先がおもいやられるとため息を吐き出したライラの頭ははやく先生来きて、と切実に願っていた。