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4話・幼い精霊とバレッタ

「いる?」

 ミナの部屋を退出したころには、存外に話し込んでいたのか上ったばかりだった朝日もすっかり高くなっていた。

朝食はツアカのお世話になること決定だなぁとぼんやり思いながら、周囲に誰もいないことを確認し小さな声で呼べば、それはすぐに姿を現した。

 小指のサイズほどの背に透き通った羽のある薄緑の風の精だ。どこからともなく現れた風の精はライラが村を出て学園に入学するとき、精霊術士として唯一の知り合いだった友人から預けられた精霊だった。

この精霊だけはライラを厭うことなく無邪気に接してくれる。現にいまもじゃれ付くようにライラの鼻先にくっついていた。ただし、人目のある場所では決して現れず、こうやって人目のない場所でしか姿を現さないため、ライラはこの精霊の存在を他言していない。

「みんなあなたみたいだったらいいのにね」

 精霊として幼い部類に入るこの風の精はまだ人間の言葉を話すことができない。ライラの呟きに無邪気に笑いながらすりすりと鼻先にこすりつく。

つんつんと指先でつぶさないように気をつけながらつつけば、きゃらきゃらと精霊の言葉で笑い声を上げた。

 上級の精霊術士ならば人間の言葉を話せない精霊の言葉を聞き取ることも可能だ。ライラもなんとなくなら精霊の言葉でも言いたいことは伝わる。だが、それは感覚的な部分が強く上手く人間の言葉に翻訳することができない。

 要修行だよなぁと思いながら、ライラは静かな廊下でひと時の癒しを感じていた。




「ツアカ、もどった」

「お帰り。はい、サンドイッチ。ちゃんともらってきたわよ」

 寮の部屋に戻れば、ツアカが鏡の前で髪型のセットをしているところだった。髪全体がゆるくウェーブした金髪のツアカはなにもしなくてもかわいいとライラは思うのだが、ツアカ曰く天然のくせっ毛だからこそきちんとセットしないと見られないものになってしまうのだそうだ。

 きっちりと学園指定の紺のスカートにノリの聞いた白のシャツ、個人によって色の変わる得意な属性を示す水色のリボンをして、茶色のブレザーを着込み、さらに上から藍色のゆったりとしたローブの制服を着込んだツアカを横に、徹夜で制服を着替える暇も惜しんだためにちょっと皺のよったスカートのすそを直しつつ、イスに座って机の上に乗っていたバスケットをあける。

中身は卵サンドとツナサンドにハムとチーズのサンドイッチだった。特に卵サンドはライラの好物なのでうれしい。同じく机に置かれていた保温ビンに入った紅茶をマグカップに注ぎ好物の卵サンドからかぶりつく。

 ツアカが水の属性を示す水色のリボンをしているのに対し、ライラは白いリボンをしている。

それは、ライラが全属性に対しオールマイティに受け入れることができることを示していた。何色にも染まる、そういう意味での白い色だ。

 ちなみにこのリボン、個人個人に合わせて特注される。男子はネクタイと差はあるが、たとえば水と風属性が得意ならば、水色と緑色のストライプ、といった具合だ。

とはいえ、たいていの生徒は入学時は一属性に特化しており、学年があがるごとに他の属性にもなじむように訓練していく。

 それでも生まれもっての相性である得意属性の変動はないので、たいていの者が在学中の六年間同じリボンやネクタイを使うのだが、稀に努力で元々の得意属性と同じほどに他の属性を操れるようになったものには新しいリボンかネクタイが支給される。

 その中でも、全ての精霊を操ることのできる白は羨望の的であり、天才の証といえた。

 さらに、ライラは精霊の祝福を受けていたことから面接だけで、入学試験及び学費を全て免除されており、入学時には精霊術士コースの主席の地位ももらってしまっている。

ローブの襟元に輝く主席の証の金色のバッチが、今のライラにとってはこの上なく重かった。

 なので、なにかと理由をつけてローブを脱いでしまうライラは、今もイスにローブをかけたままだ。だが、基本正装が義務付けられている構内では早々ローブも脱げない。

 サンドイッチを食べ終わり紅茶片手にため息を吐けば、耳ざとく鏡からツアカが顔を上げる。髪のセットはばっちりだ。いつもどおり、愛らしい友人がそこにいる。

「なぁに、またため息なんて吐いて」

「これ、やだなーって」

「またいってる」

 主席のバッチを指差して肩を落とせば、ツアカはやれやれといわんばかりに綺麗な翡翠の瞳を細めた。

 ライラと違ってその日によって変化しないツアカの翡翠の瞳がライラは好きだ。ツアカの真っ直ぐさを示すようにその瞳には淀みがなく、見ているだけで心が洗われるような気持ちになる。

「ほら、向こう向いて。髪くらいとかさなきゃ」

「えー、これでいいよ」

「だーめ。まだ少し時間はあるし。身だしなみは大事よ?」

 ブラシ片手に迫ってくるツアカにこうなったら引かないことを知っているライラはいわれるがままにツアカに背を向ける形で体を動かした。

バレッタをはずせば、橙の髪が背中に散る。

「前から思っていたけど、いつもそのバレッタよね。たまには違うのも使ったら?」

「これ、入学祝にお父さんとお母さんがくれたものだから。これがいいの」

「そう? でも髪飾りを替えるだけでも、気分転換になると思うわよ」

 会話をする間にもツアカはなれた動作でライラの髪を梳いていく。

ブラシに引っかかることなく梳かれていくライラの髪は少しだけくせっ毛で毛先だけゆるりと丸くなっている。

「せっかく綺麗な髪をしているのに。たまには違う髪型もみたいわ」

「おしゃれにはきょーみないのー」

 わざと間延びした声で答えたら、ついでといわんばかりに欠伸もこぼれた。ふあ、と欠伸をかみ殺して、今日の一限はなんだっただろうかと考える。

「あ、今日ってはじめての世界史じゃない?」

「そうね、ついでに初の魔術師コースとの合同授業よ」

「うわ、最悪」

「全く、どうしてあなたとクミナクは仲が悪いのかしら」

「あっちがつっかかってくるんだよー」

「好きな子ほどいじめたい?」

「ないない」

 ツアカの笑えない冗談にライラは引きつった声で否定した。

 あのいつもライラに対してだけドギツイ態度の主席様が照れ隠しで好きな子をいじめる小さな子供のようにかわいい行動を取るとは到底思えない。

 ライラの乾いた声での否定にツアカは見えない位置で肩をすくめて、くるりと髪をねじってライラ愛用の蔦と花模様の掘り込まれた銀のバレッタで留めた。

「はい、出来上がり。さぁ、授業に行きましょう」

「うう、いきたくない……」

「そんなこといわないの」

 クミナクと同じ授業なんてどんな拷問だ。

顔にでかでかとそう書いてある級友の腕を引っ張りイスから立たせ、景気づけに背を叩く。観念した面持ちでのろのろと教材を取り出したライラに、今日が大人しくすぎるといいのだけど、とツアカは到底無理な相談を内心でするのだった。

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