2話・寝ぼけ眼と精霊予報
次の日、徹夜で追加課題を終わらせたライラは文字通りふらふらだった。
「ふあ、おはよー……って、ライラ? ご飯は?」
「いい……課題提出してくる……」
ツアカが二段ベッドの上で目を覚ましたときライラはちょうど部屋を出て行くところだった。
足取りもおぼつかないその姿にぎょっとして、さらにその両手でもたれたライラの胸元から顔半分ほどまで隠す課題の山にさらにぎょっとした。課題の重みか、徹夜がたたったのか、本当に足元がおぼつかないライラにツアカは眉をひそめる。
「ミナ先生がそんな無茶振り課題だしたの?」
「ううん……期限は、一週間後、だけど、早く仕上げるにこしたことはない、から……」
「ああ、なるほど。ってちょっとまった。ドア開けてあげるから。動かないで。課題落とすよ?」
両手がふさがっているためにドアが開けられず四苦八苦しているライラを見かねてするすると梯子を降りてライラが一歩後ろに引いたスペースでドアを開ける。
その際にライラの瞳を覗き込めば、綺麗な翡翠色だった。瞳の中で風が渦を巻いているように瞳の色が幻想的に揺らめいている。
「今日は風の精霊の力が強いのね。ライラがいると精霊予報いらずで便利だわ」
「うん? ……うん?」
「あー、反応鈍いなぁ。今日はライラの瞳の色は翡翠ってことよ」
「ああ……」
こりゃだめだ。とツアカは肩をすくめた。眠気からか課題からの開放感かライラの反応が酷く鈍い。
精霊の祝福を受けた子供は、その証として瞳の色が毎日変わる。
たとえば、ツアカの言葉通りその日最も力の強い精霊に感化されもするし、精霊術を行使する際は力添えを頼む精霊の属性によって瞳の色が変化する。
ちなみに昨日のライラの瞳の色は燃えるような紅で火の精霊の力が強いことを象徴していた。
精霊術士にとって、その日なんの精霊の力がもっとも強いのかは死活問題だ。
オールマイティに全ての精霊と上手くやっていける上級の精霊術士ならともかく、一つの属性に特化していたり、一点特化まで行かずとも得意不得意がある術士にとって、その日力を持つ精霊を知ることはどう一日を過ごすかにかかわるからだ。
そのため、精霊術士は日課として朝起きて一番に“精霊予報”を行う。その言葉のとおり、その日力の強い精霊を知るための儀式だ。
それは精霊術士コースの全員に義務付けられていて、ライラとて例外ではない。たとえ自分の瞳の色で精霊の力がわかっても、基本を怠っていい理由にはならない。
第一鏡を見なければ先ほどツアカに指摘されたとおり自分の瞳の色を知る術もないのだ。万が一鏡のない状況に置かれたときに、精霊予報ができません、では話にならない。
「食堂でサンドイッチもらっとくわー。何味がいい?」
「なんでもいいー」
ふらふらと廊下を教諭たちの使う棟へ向かって歩いていくライラの間延びした返答に苦笑をもらして、ツアカは結果のわかりきった精霊予報の準備をしだした。