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1話・精霊の祝福と現実

 世界には、三つの国がある。

 精霊と魔術を用いて繁栄を築いたアルドリア国、龍を唯一神と崇め奉り龍と契約することで力を手にし文明を築いたコルタリア皇統国、そのどちらをもの技術を取りいれそれでいてどちらにも属さぬ職人と商人の国、ステランディス中立国。

 精霊術士と魔術師が強い発言権を持つアルドリア国で国立ヴィクトリア学園は次代を担う優秀な精霊術士と魔術師を輩出することで有名な名門校だ。

 アルドリア国の王都に広大な敷地をもつヴィクトリア学園は入門するだけでも相当な倍率を誇る。また、中途退学者も珍しくはなく、ヴィクトリア学園を卒業できれば将来に困らないといわれるほど。だからこそ、入学規定を満たす十二歳になればほとんどのものが一度は学園の門をたたく。

 魔術師と精霊術士の両方を育てるために、魔術師コースと精霊術士コースの二つの側面を持つ、ヴィクトリア学園、魔術師及び精霊術士を目指すものなら必ず入学する、名門中の名門校に入学を許可された、精霊術士コース一学年在学、ライラ・カラリーンは全寮制の寮の自室の机で教材と睨めっこをしていた。

「なぁに、ライラ。また追加課題もらったの?」

 ひょいと二段ベッドの上から顔を出したのはツアカ・リオーネ。一部例外を除き二人部屋があてがわれるライラの同室の友人だった。

「そうなのー。ほら、三限の精霊実習がダメだったから……」

 橙の髪を銀のバレッタで留めているライラは振り向くこともなくがっくりと肩を落とし追加課題の原因を告げる。

ライラの素直な答えに、ベッドの上でツアカが苦笑を落とす。ふわりとウェーブを巻いた金色の髪が揺れる。

「ああ、あなた精霊の祝福を受けているのに、精霊との交信も、精霊の力を使った術もさっぱりだものね」

 ヴィクトリア学園に入学して半年がたつ。

 入学当初“精霊の祝福”を受けた子供として相当の注目と期待を集めていたライラは、今では「落ちこぼれ」の名をほしいままにしていた。全くもって嬉しくない。

「でもなんでかしらねー。精霊の祝福を受けているのは確かなのにねぇ」

「そんなのわたしが一番知りたいよぉ……」

 “精霊の祝福”とは、そのままの意味だ。生まれたとき精霊の祝福を受けた子供は、精霊との意思の疎通及び精霊との交信がたやすく行える。

 精霊と密接な関係を誇るアルドリア国では、一般人でも九十八%の確立で精霊を感知することができる。だが、それはなんとなく存在を感じることができるレベルからはっきりと視界に映すことができるレベル、さらに高位になると話すことができるレベルと様々だ。

 そして、精霊と話すことができるものは、ごくごく一握りに限られる。

 優秀な精霊術士を輩出することで有名な名門校、ヴィクトリア学園でも、精霊と話すことができるものは全体の半分いるかいないかだ。数字だけでみると高い確率だが、それは精霊と話すことができるものは入学試験が免除され入学を無条件で許可されるからに過ぎない。

 それだけ精霊と話すことができるものは稀な存在なのだ。

 とはいえ、ただ話すことができるだけでもあまり意味がない。精霊は人間と感性が異なり、大雑把に言ってしまうなら、自由気まま、気まぐれの言葉に尽きるのだ。

 その精霊たちを異のままに操り、言うことを聞かせるのは至難の業で、これを精霊との意思の疎通、また離れた場所にいる精霊を自分の意思で呼び出すことを精霊との交信、と呼ぶ。

 その意思の疎通また交信をたやすく行えるというのが、精霊の祝福を受けた人間の特権なのだが、ライラは意志の疎通や交信に始まり、そこから発展して、精霊の力を借り、精霊術を行うことが、大の苦手だった。むしろ、現状ほぼできないといっていい。

 学園に入学するまで精霊術の行使などしたことのなかったライラは、学園に入学して初めて自分が壊滅的に精霊術に向いていないことを知った。

 入学して半年、最初は驚きつつも慣れが必要だろうと見守ってくれていた教師たちも、遅々として成長しないライラに最近は痺れを切らしてきている。その結果が目の前に膨大に詰まれた課題の山だったりするのだ。

 それでも見放されることがないのは、“精霊の祝福”を受けた子供が生まれる確率は数十年に一人だからだ。

「はぁぁぁぁ……文字で勉強してできるようになってるなら、もうできるようになってるよ……」

「できないってわかってから夜遅くまで毎日勉強してたもんねぇ」

 大多数の同期たちがライラが精霊術を使えないのは精霊を怒らせたからだとか、精霊の扱いが雑なのだとか、精霊の祝福を受けたことに胡坐をかいているから罰が当たったのだなどと好き勝手に噂する中、同室のツアカだけはライラの努力を間近で見てきた。

 毎日毎日、図書室の閉館まで図書室で勉強をして、残った分は部屋にもって帰ってきて、眠る時間を削って勉強をして。

 休日、皆が遊びに行くのを見送って勉強をして。それだけの努力を見てきた。だから、ツアカは同期たちが噂する言葉に頷いたことはない。あれはただ精霊の祝福を受けているライラへの妬みに他ならないのだ。

「クミナクにも文句いわれたしさぁ……『僕のパートナーならもっとそれらしくしてほしいね』だって! 勉強も実技もトップの主席様は言うことが違うよねぇ!」

 パートナーというのは精霊術士コースと魔術師コースで組む二人一組のツーマンセルのことだ。

 精霊術士と魔術師はなにかと互いを補い合う事が多い。そのため精霊術士は魔術師を、魔術師は精霊術士を知るために導入されている制度だった。

 そのツーマンセルで主席入学のクミナクと精霊の祝福を受けているライラがパートナーを組まされたのは必然だったのだろう。学園側も二人に期待しているのだ。

 それがわかっているからか、きーっと頭を掻き毟るライラはずいぶんと追い込まれているようだった。

 普段ならクミナクにどんな嫌味を言われてもさらっと流すか、あるいは嫌味だと気づかないほどぽややんとしているのだが。

 これは重症だとなにかあったなとツアカは眉をひそめて顔だけ二段ベッドの上から乗り出していたのを体を半分、落ちない程度に乗り出した。

「ライラ、あなたなにがあったの? ずいぶんらしくないけど」

「……次の期末で、一つでも赤点取ったら、退学にするって。術コースのミナ先生が」

 ぼそぼそと呟かれた言葉にそれでか、とツアカは納得した。現役バリバリで王宮にも出入りしている精霊術士ミナ教諭はとにかく厳しいことで有名だ。

 元々精霊術士として才能が低かったのを努力で今の地位に上り詰めたのだから、精霊の祝福という最大の恩恵と最高の才能に恵まれているはずのライラに厳しくなるのは自然だったかもしれない。

(でもなぁ、ミナ先生、ライラの努力知ってるはずなんだけど……)

 再び机に向かってテキストの問題を解きだしたライラの後ろ姿を見つめ自分もベッドに戻って横になりながらツアカは首を傾げた。

 人一倍厳しい人で、己自信が努力の人のため、生徒の努力にも敏感な人だ。ライラの努力だって、おそらく教師陣の中でミナが一番わかっているだろう。そんな人がどうしてと考えてみるが、答えなど出ない。

 そのうちに眠気がおそってきて、ツアカは健やかな眠りの中に落ちていった。


本日から最終話まで連日更新していきます。

お付き合いいただければ嬉しいです。

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