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終幕

 黄金を手に入れたときにはもう日が暮れかけていたので、その日は少し進んだ場所で野宿する。翌朝、起きたクラムは我が目を疑った。

 森が枯れていた。膝まであった草むらは茶色く生気を失い、木々は裸になって今にも倒れてそう。緑は一点もなく、昨日まで生き生きとしていた生き物たちも森と一緒に老け込んでしまった。

「怪鳥の魔力でできた森だったのか……?」

 クラムは魔術に詳しいわけではないが、直感で確信した。好奇心に駆られて洞窟へ向かうと、グリュプスの血液と混ざった泉の水は灰と化しており、洞窟も崩れ落ちている。

「なんてこった」

 少なからず怪異と戦った経験のあるクラムも、この展開は予想していなかった。だがこれは単純に驚いただけで、罪悪感を感じる良心など持ち合わせていない。起きてしまったことは仕方ないと割り切り、帰路につく。

 帰りはなるべく歩きやすい道を選び、山道にも慣れて来たのでそれほど苦ではない。登りよりずっと早く進む。

 降り始めて何度目かの夜、山の中腹ほどで野宿していると、人の気配を感じた。

 クラムは寝たふりを続けながら気配を探る。足音は殺しているが、吸血鬼の聴覚には3人の足音がはっきりと聞き分けられた。3人はしばらく周りを歩いた後、動きを止めて息を潜める。

 殺気を感じたのと同時。クラムは起き上がりながら短剣を投げた。それは過たず相手の頭部を貫き、絶命させる。クラムは剣を持って刺客のもとへ走るが、残りの二人は仲間がやられると脱兎の如く逃げ出した。馬を繋いでいたところまで走り、そこからは馬で山を降りる。

 さすがに走りで馬には追いつけないので、クラムは引き返した。

 クラムと違い、刺客の二人はこの山を熟知している。馬でも通れるルートを選んで一気に山を駆け降りた。麓に着くと自分たちのユルトの場所に帰る。そこでは10人ほどの男たちが二人の帰りを待っていた。

「どうだった」

 腰の曲がった老人が前に出て馬から降りたばかりの二人に問いかけた。二人は跪き、報告をはじめる。

「グリュプスは死んでおり、卵も盗まれていました。山頂からの足跡を辿ると山の中腹に剣士がいたので、3人で気配を消して監視し、眠っているようなのでバヤジットが吹き矢を使おうとしたのですが、相手は我らに気づき、バヤジットは短剣の一撃でやられました。我らは勝てぬと見て逃げ帰って来た次第です」

「そうか……。ご苦労だった」

 老人は報告を書き終えると二人を労う。二人は逃げたことを叱咤されるかと思ったが、老人にしてみれば最初から偵察として送り込んでいたので、相手の正体さえわかれば十分だった。

 彼らはグリュプスの黄金の守り人。彼らは山頂の森が消えたことに気づき、怪鳥が死んだことを知った。もし殺されたのなら部族の掟に従って復讐しなければならない。そのため、確認のために3人を送り出したのだ。

「総ての戦士を集めろ。その剣士は逃すな。必ずや血祭りにあげ、黄金を取り戻し、その命を贄としてグリュプスを生き返らせるのだ」

 老人の言葉に、男たちは歓声で答える。偵察から詳しいことを聞いて剣士が降りてくる時間と場所を予測し、100人もの戦士を配置した。あとは旅人が降りてくるのを待つばかり。


 クラムは状況をある程度予測していた。ゆえに相手の裏をかくような道で山を降りようかとも考えたが、地の利は完全に向こうにある。小細工は通用しないだろうと判断し、一番通りやすそうな道で山を降りた。

 斜面が徐々に緩やかになり、やがて岩が散在する平地になる。月明かりの照らす中、クラムがごく自然と歩いていると、突然目の前に老人が現れた。老人が何か言うが、クラムには聞き取れない。

「お前らが守り人かよ」

 老人は答えない。やはり言葉は通じないのだろう。クラムがさらに近づくと、闇の中きら男たちがあらわれ、老人の左右に並んだ。左を見ると砂丘の上に、右を見ても岩陰からあらわれた男たちが並んでいる。後ろはわざわざ見なくてもわかった。

 クラムは老人から適度に距離をとってとまる。老人はクラムの担いでいた皮袋を指さした。

 クラムは袋から黄金を取り出してみせる。老人がうなずき、手を伸ばした。

 クラムはそっと、優しく、敵意など欠片も見せず、卵を投げた。老人はそれを取ろうと手を伸ばす。老人の視界が黄金で遮られ、クラムは一挙に飛び出し、黄金の後ろから老人の首を刎ねた。

 クラムは自分が投げた黄金が地につく前に受け止め、代わりに老人の首が落ちる。

 男たちが雄叫びをあげた。一斉に剣を抜いてクラムに襲いかかってくる。

 前後左右、すべての方向から手練れの戦士たちが百人。クラムは目を細め、唇をなめた。剣は優しく握り、肩の力を抜いて腕を柔らかくする。しかし足腰は重く重心を落とした。

 最初の槍がクラムの間合いに入らんとした時だ。

 女の怒号。クラムにはなんと言ったのかはわからないが、守り人たちはその声に一瞬動きをとめる。

 その一瞬をつき、一頭の馬が包囲を飛び越えた。馬には誰か乗っており、一直線にクラムのもとへ走ってくる。

「掴まれ!!」

 今度はクラムの知っている言葉。クラムは手を伸ばし、馬上から差し出された手を掴んだ。女とは思えない力で引き上げられ、馬に乗る。

「なんだよ、助けに来てくれたのか?」

「ああ、血の繋がりはないとはいえ同じスバタイ人。人の形をした化け物剣士に部族全員斬り殺されるのを見るのは忍びない」

「その言い方だと俺が殺戮者みたいじゃん」

「十分殺戮者だ」

 話しているうちに乱入者に驚いていた守り人たちも硬直から立ち直り、近くに用意していた馬に乗って二人を追う。二人で乗っているだけに馬の足は遅く、すぐに追いつかれた。左右から同時に4人の敵が襲いかかる。

 ミテスは弓に矢を2本つがえ、放つ。左から来ていた二人は同時に射抜かれ、落馬。右から来ていた二人はクラムが切り落とした。

「馬に乗るだけならまだしも、馬上で剣を扱えるとはな。我らが幼少より10年以上馬に乗り続けてはじめてできる技というのに」

「ま、あんたの言う化け物ですから」

 冗談めかして言うと、ミテスは急に押し黙る。次の敵が来ていたのでクラムが短剣を投げて殺した。持っていた短剣すべて投げ尽くすと、もう追ってくる気力を無くしたのか守り人たちの勢いがなくなる。馬は走り続け、ようやく追手を振り切ったところで、ミテスが口を開いた。

「ああ、さすがだよ……。さすがは有名馳せたる狂える剣」

「あ? なんだよ」

「叔父から聞いたよ。お前なんだってな。西方戦役最強の剣士。……なあ、狂剣士クラムよ」

 今度はクラムが黙る番だ。ミテスは背後を見て振り切ったことを確認すると、少しずつ馬の速度を緩めた。

「お前を見た叔父の様子がどうにも変でな。最初に聞いた時ははぐらかされたが、帰りにまた立ち寄って何度も聞いたら教えてくれたよ、お前のこと」

 やがて馬は完全に足を止める。ミテスはまた黙り、砂漠の暗い沈黙が降りて来た。

 クラムはそういえばと口を開く。

「さっきあらわれたとき、なんて叫んだんだよ。守り人どもが動き止めてたけど」

「ああ、あれか」

 ミテスはおかしそうに吹き出す。

「そいつは私の獲物だ、手を出すな、と言ったんだ」

 予想外の言葉に呆気に取られていると、ミテスがくすくす笑い出す。

「嘘じゃないぞ。子供の頃から、ずっと憧れてた。最強の剣士。狂ったようにことごとく敵を殺し尽くす圧倒的な強さ。はじめて聞いた時から虜になったよ。私もそんな風になりたい、いや、それに勝ちたいって。いつかその剣士と相見(あいまみ)えたとき、絶対に挑んでやるって、その日のために、あるかないかもわからないその日のために強くなりたいと願って」

 ミテスはそこで言葉を切る。後ろのクラムを振り返り、まっすぐに目を合わせた。

「以前、お前は私に聞いたな。狂剣士に勝つためにずっと剣を振ってきたのかって。その時は否定したが、やっぱりその通りだ。お前は私の憧れで、目標で、お前に勝つことをずっと夢見て来た」

 ミテスは馬を降りる。下からクラムを見上げた。クラムは視線を受け、ゆっくりと馬を降りた。

 ミテスが剣を抜いた。銀色の刃が月明かりに輝く。

 ミテスの殺気を受け、クラムは生まれて初めて、戦うことをためらった。

 しかしミテスが踏み込むと、身体は自然と動く。何千回何万回と繰り返した動作はクラムの意志と関係なく敵の動きに対処した。

 剣がぶつかり、ほんのわずか、クラムが押し込まれる。クラムは目を見張り、すぐに片足を脱力して相手の力を呑む。柔らかく手首を回してミテスの剣を滑らせ、力の方向を逸らし、自分の間合いに持っていく。

「いい太刀筋だ」

 自然と言葉がまろび出た。

 相手の剣を受けた動きの流れのまま、逆袈裟に切り上げた。ミテスが砂上に倒れ伏す。

「っ……はぁっ! ほん、とに……っ、容赦ないな、君は」

 クラムは血を拭い、剣をおさめる。

「加減したほうがよかったか?」

「ばか、言うな……」

 血が吹き出す。ミテスはかすれた声で笑った。

「は、はは……。届かない、か……。やっぱり……強いなぁ。……本当に強いよ」

 最後に呟かれた言葉はあまりにか弱く、月明かりの空に溶け込んでいく。それでもクラムの耳にはしかと届いていた。

「そんな褒めんな、照れる」

 クラムは言っても、もう答える声はない。夜は更けて、クラムはいつも通りひとりで夜を越した。


 なんの道具もなしに砂地に穴を掘るのは大変な作業だった。朝早くからはじめ、太陽が真上に登る頃ようやく十分な穴ができる。

 女戦士の体を横たえ、砂をもとに戻し、埋め終わった上に剣を置いた。

 言葉もなくクラムは踵を返し、ミテスが使っていた馬に乗る。

「さて、帰るか」

 道案内がいないと不安だが、まっすぐ西へ行ったら帰れるだろうと、クラムは馬を走らせた。


 砂越え山越え密林越えて、迷い迷って行きの倍以上の時間をかけて、クラムはようやくラダニア王国に帰還する。石造りの街を颯爽と歩み、国内屈指の貴族のひとつ、ガーデンガルド家の屋敷へ入った。主人を探して広い屋敷中を探し回る。書斎、研究室、寝室、寝室のクローゼットの中、寝室のベッドと見て周り、客間のドアを開けるとようやく主人を見つけた。

「遅い」

 クラムを見るや否や、豊かな銀髪の少女、リリアナは不機嫌な声をあげる。読んでいた分厚い本を膝に乗せ、クラムへと向いた。

「ごめんなさいリリアナさま。さみしかったですよね、会いたかったですよね、俺も会いたかった!! 今すぐ抱き締めて差し上げます!!」

「ルーク」

 リリアナが言うと、主人に抱き着こうとしていたクラムの前に黒い物体が立ち塞がる。足を止めると、それはあちこちに目のようなものが張り付いた球体で、身体中から触手を伸ばしていた。

「うわ、なんすか、このキモいの」

「……かわいいじゃない」

 むすっと、むくれて黒い球体をなでるリリアナ。

「以前、あなたがとってきた魔導書を使って召喚したの。あなたがいない間の従者としてね」

「そうっすか。じゃあリリアナ様の従順な(しもべ)にして最強イケメン剣士の俺様が帰って来たんだからもうお役御免ですね。帰っていいぞ、キモい球体」

「テケリ・リ、テケリ・リ」

「なんて?」

「クラム」

 クラムがキモい球体にガンを飛ばしていると、リリアナが冷ややかに名前を呼ぶ。クラムは「はいはい」と、皮袋から黄金の卵を取り出した。ルークが受け取り、リリアナへ渡す。リリアナは触手から卵を取ろうとしたが、うまくいかずに椅子から身を乗り出して卵を両手で抱える。それでも重い金属塊はびくともしない。

「……なんであなたたちこんなの持てるの」

「あ、俺ら人外なんで、気にしなくていいですよ。そんなことよりこのキモい球体なんとかしてくれます?」

「ルークよ、ルーク」

「このルーク、魔界だかどっかに返してくれます?」

「嫌よ」

 リリアナの答えに、クラムが首をかしげる。

「この子、剣しか使えないあなたと違って優秀だもの。それにあなたと違って下心もないし。そばに置いておくわ」

「な! 下心なんてありませんよ、俺! いつだってまっすぐ一心にリヤアナさまを愛してます!!」

「ちなみに今回の報酬だけど、なにがいい?」

「脱ぎたての下着でお願いします」

「死ね」

 リリアナはクラムを斬り伏せ、膝に置いていた本をばたんと閉じた。

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