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5幕

 クラムは颯爽と馬を走らせる。草原を抜け、砂漠を疾駆し、クチャラン族の遊牧地に帰ってくる。

 馬を降りると、ミテスとイスハークがいつも通り剣の稽古をしていた。クラムが馬を引いて行くと二人が稽古を中断して振り返る。

「もう走れるようになったのかい」

「俺にかかればこれくらい余裕だ」

 クラムの飲み込みは早く、二日目に歩く分には問題なくなり、五日目にはギャロップで走っていた。七日目の今日は走って遊牧地の周辺を一周してきた。イスハークもその上達ぶりには驚いている。

「馬の乗り方も覚えたし、私も十分稽古をしてもらった。そろそろ発つか」

 クラムが首肯すると、昼に出発することに決まった。手早く荷造りをし、最後に食べれるだけ肉を食べてユルトを出る。

「あとはひたすらに東へ進むだけだ。一月もあれば着くだろう」

「ずっと砂漠なのか?」

「そうだな。多部族の遊牧地帯は避けて行くつもりだから、人に会うこともない。ただ、山脈の麓に黄金の守り人を自称する部族がいるから、これには気をつけたほうがいい」

「なんだよ、それ」

「グリュプスの黄金を守ることを自分たちの仕事としている部族だな。武張った一族で、戦士の数が多いうえにひとりひとりが強い。黄金を取りに来る者は容赦なく殺す奴らだ」

「守り人っつーか、戦いたくて適当な理由かこつけてるじゃねーの?」

「かもな。まっすぐ山脈に行くと守り人たちにぶつかるから、少し南へ迂回する。南からの登山は険しい道になるが、お前なら大丈夫だろう」

 それからはミテスの言葉通り延々と砂漠が続く。食料が尽きただけ近くの遊牧地に立ち寄り、それ以外は寄り道せずに東を目指す。

 歩き続けること十余日。うっすらと山の影が見えた。あまりに巨大な山脈は遠近感を狂わせる。もうすぐ着くと思ったが、それからさらに十日以上かかった。

 山脈は急斜面で、岩肌をむき出しにしている。いくつの頂上があるのかは数えることができないが、1番高い山は見え、ミテスはそこが怪鳥の住処だと教える。

「この斜面だと馬では登れんな」

「そうか。じゃあ返すよ、これ」

 クラムは馬を降り、手綱を引いてミテスに渡す。

「いや、帰るときに必要だろう」

「往復する時間待たせてたら餓死するかもしらんしな。帰りは適当な馬を見繕うか、最悪走る」

「お前なら本当に走れそうだ」

 ミテスは苦笑し、手綱を受け取った。

「あとはひとりでも迷う事はないだろう」

「そうだな。じゃ、これで」

「あっさりしてるな。無愛想な奴め」

 クラムはひらひらと手を振ってひとり山へ向かう。ミテスはしばらくその背を見送った後、馬の首を返した。

 クラムは垂直の岩肌にとりつき、よじ登る。しばらく登ると平坦な場所に出て歩くことができたが、またすぐに断崖が現れる。指を小さな凹凸にひっかけ、身体を持ち上げる。乗馬用の柔らかい革製ブーツでは足が使いづらく、登るのはクラムの腕力でも苦戦した。歩ける場所に出ても大小さまざまな岩が転がっており、進むのに時間がかかる。木が生えていないため夜になっても焚き火が作れず、いくらマントを身体に巻きつけても夜の空気が身体の中からクラムを凍えさせた。途中からは工夫し、崖を登るときはもとから持っていた革紐の靴をばらしてきつく足に巻きつけて細かな凹凸を爪先で捉えられるようにし、斜面を歩くときはブーツの上から革紐を巻いて足首を固定して歩きやすくした。

 頂上に近くなってくると不思議な現象が起きた。植物が現れはじめたのだ。怪鳥が住むという山頂に近づくほどに木々は密度を増し、ついには藪をかき分けて進まなければならなくなる。兎や狼などの動物もいたので食料が尽きて来たクラムにはありがたかった。狼の群れなどクラムにとっては焼肉食べ放題でしかない。腹が膨れれば気力も湧き、ペースを上げる。

 13日目の朝、ようやく山頂に到達した。

 上り坂が終わり、平地に出た。広い場所なのだろうが、鬱蒼と木々が下がっているため窮屈に感じる。そのまままっすぐ進むと開けた場所があった。

 中心には青く澄んだ泉。背後には巨大な洞窟。泉の水源は洞窟の奥にあるようで、水滴の落ちる音が中から響いてくる。

 クラムは洞窟へ入った。進んでいくと幅はどんどん広くなり、最後には巨大なドーム状の空間に出る。天頂部は穴が空いており、太陽の光が差し込んでいた。洞窟の隅に陽光を返して輝くものがある。近づいてみると、金色の卵だった。卵は人間の顔より少し小さい大きさで、枯れ枝のベットの上にいくつも集められている。

「これか」

 クラムがひとつを手に取った。ずしりと重い。持ち帰るのが大変そうだと嘆息すると、急に洞窟が暗くなった。

 雲でも出たのかと、空いた部分から空を見上げると、赤い瞳と視線が合った。

 黒い、巨大な鳥だ。ウール山脈の巨人よりも3倍は大きい。鉤爪は猛禽のように鋭く、獰猛な目つきでクラムを見下ろしている。

「グリュプス……」

 舌打ちし、卵を置いて臨戦態勢に入る。左足を一歩後ろに引き、左手で鞘を握り、右手を柄にかける。

 怪鳥が甲高い声で鳴いた。不気味な声は洞窟の中を反響し、クラムの身体にまとわりつく。

 黒い翼をはためかせ、空高く跳び、回旋して狙いを定め、急降下し、クラムに襲いかかる。

 自身の何倍も大きい生物が襲いかかってくる。その重圧に耐え、クラムは一歩も動かない。身体の緊張を解き、冷徹にタイミングを見計らう。怪鳥の(くちばし)が今にも触れんとした刹那、クラムは一歩前に踏み出し、同時に剣を抜きざま相手の首を斬りつけた。

 怪鳥は勢いそのまま地面に激突。衝撃でクラムは吹き飛ばされ、受け身をとって立ち上がった。

 怪鳥は息絶えていた。クラムの剣筋は怪鳥の首を深々と切り裂き、確かな致命傷を与えている。巨体から無尽蔵に溢れ出す血は黒かった羽を赤く染めあげ、一筋の川となって流れ出し、泉へと注ぎ込まれる。

 クラムは怪鳥の死体を乗り越えて卵を取り、旅道具を詰めていた袋に入れる。

「そういや、帰りの食料もあるのか」

 クラムは咄嗟に思い出し、短剣を抜いて怪鳥の肉を削ぎ落とした。これで当分食料には困らないだろう。

 作業を終えて外に出るともう日暮れ。透明だった泉は真っ赤に変わっており、心なしか木々の緑もくすんでいる。

 動物愛護の精神など持ち合わせていないクラムは気にせず山を降りようとしたが、そこで重大なことに気づいた。

「……あれ、俺どっちから来たんだっけ」

 帰り道がわからなかった。目を細めて夕暮れの太陽を見やる。

「日が沈んでるってことは、あっちが西か。よし、完璧」

 西から来たので西へ行けば下に降りれるだろうし、降りたらなんとかなるかと、クラムは考えた。

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