第3話 聖女の魔法は酷い出来だった
「決闘って……なんでそうなるんだよ」
「レインのくせに、勝手に私のもとを去ろうなんてするからよ! 当たり前じゃない! アタシの許可なくお父様と話をつけたレインが悪いんだから……後悔しても、もう遅いよ」
フランソワはそう言って、俺に近づいてきた。
……面倒だな。
この国ではルール上、平民は貴族から決闘を申し込まれたらよほどのことが無い限り拒否できないことになっているのがまた、厄介極まりない。
俺はフランソワの暴走に、頭を抱えた。
力こそ引き継いではいないものの、前世の感覚を頼りに効率よく訓練できたため、俺は平均的な一年間訓練した者と同等くらいには魔法が使える。
それに前世で培った戦闘技術は、身体能力的に無理なものを除けば全て使うことができる。
だから俺が負けて後悔することはまずないはずなので、そこは良いんだが……。
「レインが負けたら、レインがアタシの奴隷になる。アタシが負けたら……そんな事は絶対起こらないんだけど、契約魔法の性質上その場合のことも決めとかなきゃいけないし……この際、アタシがレインの奴隷になるってのでいい。どうせアタシが勝つし。それでいいね?」
などと考えている間にも、フランソワはそう言って、決闘用の契約魔法を展開し始めた。
確かに、決闘用の契約魔法は、お互いの敗北条件を設定する必要があるが……だからって、どうしてそうなるんだ。
もっとマイルドな敗北条件を決めようとは思わなかったのか……。
コイツ、マジでリスクヘッジって概念が一切無いんだな。
呆れそうになったが、俺はとりあえず、その条件で契約に調印することにした。
別に、こんな奴奴隷になどしたくはないのだが。
契約魔法の完成度があまりにお粗末なので、後でこちらの魔法で強引に解除できるしそれでいいと思ったのだ。
「ちなみに、アンタの剣無いから」
フランソワはそう言うと、自分が腰に下げている剣を抜いて構えた。
どうやらコイツは、俺にとんでもなく不利な条件を押しつけるつもりのようだった。
なるほど、そういう卑怯な手を使う前提でのさっきの敗北条件か。
俺はそう納得したが、それは口には出さなかった。
別に剣くらい、魔法で創造した方が高性能なのが使えるしな。
「エレメンタルソード」
チャクラの回転速度の組み合わせを、剣召喚魔法に最適な速度に合わせつつ……俺はそう唱え、手に剣を握った。
「……へ?」
それを見て、フランソワは目を丸くする。
そして、その状態のまま固まって微動だにしなくなってしまった。
「えとー……、開始の合図は?」
「え、あ、ああ、アンタ何私に指図してんの。始めよ、始め!」
一向に決闘が始まる様子が無いので開始の合図を促してみると、フランソワは我に返ってそう言った。
そして……俺に向かって、猛然と殺気を放ちながら迫ってきた。
「暴風剣」
それに対し……俺は構えの姿勢のまま、全てのチャクラの回転速度を断続的に急上昇させるのを繰り返した。
すると俺の周りには風が吹き荒れ、フランソワはその勢いですっ飛んでいった。
暴風剣。
これは、エレメンタルソードを展開した状態でチャクラの回転を断続的に急加速させることで、自身の周囲に暴風を生み出す技。
エレメンタルソードさえ展開していれば消費魔力0で使えるので、この技は前世でも非常に重宝していた技の一つだった。
今の俺につけられるチャクラの緩急なんてたかが知れているので、威力はショボかったが……それでも、魔法を使っていない人間一人を吹き飛ばすのには十分だったようだ。
吹っ飛んだフランソワは、右肩から地面に激突し……鎖骨を骨折してしまった。
尚彼女の剣は、風に乗って更にあらぬところへ飛んで行ってしまっている。
そんな状況の中、フランソワは立ち上がったかと思うと……表情一つ変えず、肩に回復魔法をかけ始めたのだった。
……そういえばコイツ、聖女って呼ばれてるくらいだもんな。
お手並み拝見といくか。
決着はまだついていなかったが、万に一つも俺が負けることはないほどの力量差があることは分かったので、俺は彼女の回復魔法を観察することにした。
初歩的な探知魔法「チャクラサーチ」を使い、フランソワのチャクラの回転速度をチェックする。
その一部始終を見て……俺は、絶句してしまったのだった。
何とフランソワは、自身のチャクラの回転速度をまったく変化させることなく回復魔法を発動したのだ。
彼女のチャクラの数が6つで、その自然状態の回転速度は偶然にも回復魔法に適している。
だがそれは、「適している」とは言っても、「何とか回復魔法が使えないこともない」程度の精度なのだ。
微調整を行っていないせいで魔力の変換効率はがた落ちしていて、実際彼女は、肩の軽い骨折を治す程度のことに魔力のほとんどを使い切ってしまった。
あれが……「聖女」とまで呼ばれる者の、魔法の熟練度だというのか?
あれで本当に聖女扱いなら、この領地の領民が誰一人としてチャクラの回転速度を調整できなかったとしてもおかしくない。
俺はそんな、とんでもなく魔法が未発達な地域に転生してしまったというのか。
もしや……俺が落ちおぼれ扱いだったのだって、「チャクラの回転速度を変えて魔法を放つ」という概念が無かったことによるものだったりするのか?
色々とあり得ない可能性が頭を渦巻くが、一旦気持ちを切り替え、俺は決闘に集中することにした。
と言っても今のフランソワは丸腰なので、駆け付けて剣先を突きつけるだけなのだが。
「勝負ありだ」
俺はそう言って、フランソワの喉元に剣先を突きつけた。
「……」
返事は無い。
だが……契約魔法の反応から、俺の勝ちが確定したことは伝わってきた。
さて、あと残すことは契約魔法の解除だけだな。
「契約解除」
俺は、これを契約魔法と呼ぶのは魔法に対する冒涜でしかないと思われるレベルの杜撰な契約魔法に対し、強制解約魔法を重ね掛けした。
「え……?」
フランソワも、契約魔法の効力が消えた事には気づいたようで、そう呆気に取られたような声を発した。
「お互い何の得もしないような契約内容だったから、解除しておいたぞ。じゃあな」
俺はそう言い残すと、光学迷彩魔法を発動して屋敷を去ることにした。
契約解除したのをいいことに、「さっきのはナシだ! 再戦だ!」とか言われても面倒だからな。
「は? 何そのデタラメな魔法。てか、レインの分際で私は要らないとかいうわけ? ちょっとー!」
……何で不利な契約を解除されてキレてんだ?
訳が分からなかったが、まあ今更どうでもいいので俺は放っておくことにした。
……今度こそ、俺は完全に自由になったんだな。
明日には、冒険者登録をして……とか考え出すと、全てが楽しみになってくる。
ワクワクした気分のまま、俺は街の中心部に向かい……今日泊まるための宿を探したのだった。