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第2話 聖女に決闘を挑まれた

 計画を立てる……といっても、考えることは特になかった。

 俺がやるべきことは、領主様に辞表を提出し、この屋敷を去る。

 たったそれだけだからだ。



 俺の家系が代々アザール家の使用人をしているとは言っても、それは単に「先祖が皆親と同じ人生を選択してきた」というだけのこと。

 この家系に生まれたからと言って、一生使用人として働くことを強制されているわけではないのだ。


 辞めたいと言えば、いつでもやめることができる。

 そしてその後どんな職業に就こうが、それは俺の自由なのだ。



 貴族の使用人というのは、普通の平民に比べれば待遇が良いらしいからな。

 先祖たちはおそらく、それを主な理由に使用人としての一生を選び続けてきたのだろう。


 だが……俺にとってはそんなメリットより、デメリットの方が遥かに大きいのだ。

 である以上、俺が先祖と別の選択をするのは自然な事と言えるだろう。



 そもそも……俺はメカムートを着こなせるようになるために転生したんだしな。

 あの女の件が無かったとしても結局、俺は冒険者になるために、使用人は辞職することにしたはずだ。



 まあ、引継ぎやら給金やらのことがあるはずなので、「明日から辞めて冒険者始めます!」とはいかないだろうがな。

 明日領主様に辞職したい旨を告げるとして、実際に自由になるのは一か月くらい経ってからになるだろう。


 それまではあの女の世話係を続けることを余儀なくされるわけだが……まあその間は「光学迷彩」を駆使する等して、せいぜい不必要にアイツに出会わないよう気を付けるとしよう。


 などと俺は考えをまとめ、ベッドに腰かけた。




 考えがまとまったところで、俺は他にすることもなくなったので、とりあえず魔法の訓練を始めることにした。


 まず最初に俺が取り掛かったのは、瞑想。

 目を閉じ、背骨のあたりに意識を集中させると……尾てい骨から頭頂にかけて7つ等間隔に並んでいる、魔力でできた歯車のようなものを感じ取ることができた。


 この7つの歯車こそが「チャクラ」であり、魔法の制御に欠かせない重要な器官だ。

 俺たち人間は、この7つの歯車の回転速度の組み合わせを自在に変えることで、多彩で緻密な魔法を魔力効率良く発動することができるのである。


 基本的に、瞑想しながらやる訓練の内容というのは、「チャクラの回転速度を色々と変化させてみる」というもの。

 これを繰り返すことで、チャクラの限界回転速度を上昇させたりチャクラの回転速度の緩急を激しくできたりと、チャクラを思い通りに動かせるようになる。

 そしてそれに伴って、使える魔法の種類や魔力効率、威力が増加するというわけなのだ。


 それぞれの魔法には発動に適したチャクラの回転速度というものがあり、少しでも回転速度が最適速度からズレているだけで、魔法の威力や魔力効率は極端に落ちてしまう。

 故にこの訓練は、魔法訓練の中で最も基礎的かつ最も重要なものだ。

 特に、転生したてでこの体のチャクラを動かすことに慣れていない俺にとっては、この訓練が全てと言っても過言ではないだろう。


 チャクラを思い通りに動かせるようになりさえすれば、最適速度の再現自体は前世の感覚でできてしまうからな。

 今日から訓練を始めることで、俺はすぐにでも実用的な魔法をいくつか使えるようになるはずだ。


 そんなことを考えつつ、俺は前世で若いころ日課にしていたメニューを、淡々とこなしていった。



 ちなみにチャクラは、特に何もしていない自然な状態でも緩やかに回転してはいるが……その状態は、魔法を放つのに向いていない場合が多い。

 特にチャクラが7つある者の場合は、自然状態のチャクラの回転では一切魔法を使えない場合が多いと言われているくらいだ。


 俺のチャクラの回転数も例に漏れず、自然状態ではほぼ何の魔法も使えないような状態となっていた。

 フランソワから「魔法の使えない落ちこぼれ」と言われ続けてきたのは、それが原因で間違いないだろうな。



 前世の感覚が残っていたおかげで、全く訓練をしていなくても多少はチャクラの回転速度を調節できるので、簡単な魔法である「光学迷彩」くらいは辛うじて使えたが……そんなので、満足していていいわけがない。

 今日から毎日朝晩瞑想に励み、柔軟なチャクラの使い方ができるようになっていこう。


 そう決意を新たにして、俺のこれからの生活のルーティーンが決まることとなったのだった。



 ◇



 そして……一か月後。

 ついに、俺の正式な辞職の日がやってきた。


 俺が領主様に辞めたいと伝えると、早速フランソワの世話係を引き継ぐ人を決めることになったのだが……その人は、一瞬で見つかった。

 あれでいて対外的には人望が厚いので、「その枠が開くなら!」と志願者がすぐに現れたのである。


 どちらかといえば、問題は給金の方だった。

 こちらは月々先払いされることになっていたので、約一か月は、残りの期間働かなければならなかったのだ。


 両親にも辞職したいという事は話したが、こちらも何の問題もなく快諾してくれた。

 最初は「大丈夫なの?」と心配されたが……俺が簡単な魔法を見せつつ「冒険者になりたいんだ」と言うと、快くそれを応援してくれるようになったのだ。

 父親などは俺の魔法を見た瞬間「剣を召喚……伝説の魔法か!?」などと驚いていたが、俺が見せたのは大した魔法ではないし、まあ父親なりに俺を勇気づけようとしてくれたのだろう。



 荷物をまとめ、使用人用の部屋を引き払うと、俺は屋敷の正門に向かって歩いていった。

 そして「これから本格的に冒険者として活動できるんだ!」と、俺はノビノビした気分になっていたのだが……そんな時、俺は奴に出くわしてしまった。


「アタシ、レインに外出を許可した覚えはないんだけど。ってか、その恰好は何?」


 フランソワは俺と目が合うと……ズシズシと歩いてきて、俺にそう詰め寄った。

 どうやら、俺が辞職して新たな世話係がつくことは、まだフランソワの耳には入っていなかったようだ。


「外出するのにフランソワの許可などいらない。あとこの恰好なら、俺は今日限りで君の世話係をやめて屋敷を出ていくから、自分の荷物を持って出ているだけだ」


 俺は正直に、現状をそう話した。

 するとフランソワは、雷に打たれたような表情になり……かと思うと、一瞬の後にはそれを怒りの表情に変え、こう怒鳴ってきた。


「はあ、何よそれ!? レインの分際で、アタシの世話係をやめるなんて……そんなこと許されると思ってるの?」


「それが許されるかどうか決めるのは君じゃなくて、領主様だけどな」


 俺はそう言って、領主様からもらった辞表受理証明書をヒラヒラとかざした。

 コイツ……自分が雇用契約に関する権限を一切持ってない事、分かっているのだろうか。


「え……じょ、冗談じゃないの? これ、お父様の本物の印……」


 すると……なぜかフランソワはそう言って、膝から崩れ落ちた。

 ……あれ、こいつ俺のことを嫌ってサンドバッグにしてたんだよな? のはずなのに、なぜそうなる?

 一瞬疑問が浮かんだが、考える間もないうちにフランソワは顔を上げ、俺をキッと睨みつけた。


「そんなの、絶対に許さないんだから! その辞表はお父様に頼んで、無効にさせてもらうから。だから考え直しなさい! だいたいアンタみたいな何の才能も無いクズが、この職以外でまともに生きてけると思ってるの? どうしてそんなに増長しちゃったのかな」


「前世の記憶が蘇ったから」で回答になっているだろうか。

 などと思ったが、そんなことを言っても余計に怒らせるだけなのは明白なので、俺は思うだけに留めることにした。

 代わりに俺は、フランソワの発言の前半部分に対し、こう回答した。


「いや、それは不可能だぞ。既に、俺の代わりの世話係が、配属につくことはもう決定してるしな」


「そんな……。なんでそんなことにしちゃったの。レインのくせに……絶対許さない……!


 フランソワは地面をバンバン叩きながら、声を震わせてそう言った。


 ただの辞職なのに、何がそんなに気に入らないのか……。

 俺には訳が分からなかったが、これ以上ここにいても無駄な気しかしなかったので、俺は門に向かって歩き出した。


 フランソワはへたり込んだまま、ついて来る様子は無い。

 と、思ったのだが……数秒後、フランソワは思いもよらぬ発言を口にしたのだった。


「待ちなさい。だったら……アタシにだって、考えがあるわ。レイン、アタシと決闘をするのよ。それで負けたら……もう『アタシの世話係に戻る』なんかじゃ許さない。負けたらアンタは、アタシの奴隷になるのよ」


 ……は?

 コイツ、一体何を言い出すんだ?

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― 新着の感想 ―
[一言]  自分がこの状況になったら、似たようなことしそう  領主の了解が取れなかったら、逃亡生活だろうしやばかったなぁ  でも、この聖女と同じ街で居たらなんか邪魔されそうだから、街は違うところに行き…
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