第1話 古代魔導士、転生する
「ハァ……ハァ……やはり、起動しない、か」
俺ことワイスは、着ぐるみを脱ぎながらそう呟いた。
この着ぐるみは、正しく作動すれば装着者の戦闘能力を何百倍にもできる竜型のパワードスーツ『メカムート』。
百年近くにわたって研究を重ねた末、ようやく完成させた俺の自信作である。
そして「起動しない」というのは文字通り、俺にはメカムートを作動させられなかったということだ。
ーーどんなに強力な着ぐるみを作ったところで、これでは無意味。
俺はその事実に、気落ちするより他なかった。
そもそも、なぜ俺は「メカムート」などという着ぐるみを作ったのか。
それは、俺が『絶界の扉』の向こう側にいる魔物に挑もうとしているからだ。
『絶界の扉』の向こう側にいる魔物は、限界まで鍛え抜いた俺の素の戦闘力を何百倍も上回る、正真正銘の化け物ばかり。
たとえ永遠に鍛えたところで、俺が奴らを素手で倒すのは絶対に不可能だ。
それでも俺は、どうにかしてそいつらと対等に戦えるようになりたいと思っていた。
だから俺は、持てる知識と技術の限りを尽くし最高の戦闘補助アイテムを作成した。
それこそが、この「メカムート」というわけなのだ。
もっとも、それを起動させられないとなってしまっては、本末転倒なのだがな。
原因は一つ。
それは、俺の生まれ持った魔法適性が、最高ではないことだ。
人間の体内には「チャクラ」という、目には見えない魔法器官が複数個ある。
その数には個人差があり、5〜7個が一般的な個数とされている。
チャクラの個数は多ければ多いほど優秀であり、一個違えば魔法制御力や最大魔力の限界値に天と地ほどの差が出てくる。
チャクラ5個の人間とチャクラ7個の人間では、根本的に才能の差が歴然なのだ。
そして俺のチャクラの個数は、才能無しにも等しい「5個」。
その程度の魔法適性では、たとえ限界まで鍛えたところで、メカムートの初歩的な制御さえままならなかったというわけだ。
そんな圧倒的不利な条件でも、俺は帝国最強の魔導士と呼ばれるまでに成長した。
だからこそ、自分を信じて突き進めば、必ずいつか『絶界の扉』の向こう側の魔物を打倒できると思っていたのだ。
だが……現実は残酷だった。
幾度とない点検の末、「メカムートの操縦は、チャクラが7個ある人間にしか不可能」という結論にたどり着いてしまったのである。
それでも俺は、「実際に着て戦ってみれば、何か奇跡が起きるのではないか」と期待し、メカムートを着て戦ってみることにした。
それが、今さっきの出来事だ。
さっき戦っていた魔物は素の俺でも余裕で倒せる相手だったので、勝つには勝てたのだが……肝心の戦闘はといえば、着ぐるみの分動きにくいだけだった。
要するに、ただただ無意味だったのである。
チャクラの個数は、後天的に増やすことは不可能。
そして、チャクラ5個の俺では、『絶界の扉』の向こうの魔物には敵わない。
そんな状況に追い込まれた俺に……残された選択肢は、たった一つだった。
それは、転生である。
後天的に増やせないなら、先天的に増やせばいい。
より強くなれる全ての可能性を検証し尽くした俺に残された結論は、そんなものだった。
転生したらまた一から鍛えなおさなくてはならないので、これは本当に最終手段なのだが……四の五の言ってはいられない。
自分の研究所にメカムートを持ち帰ると、俺は独自に開発した限定公開型亜空間魔法を発動し、メカムートやその試作品を亜空間に収納した。
そして俺はその亜空間の扉を閉じ、パスワードロックをかけた。
こうしておけば、メカムートやその試作品にアクセスできる人間は、来世の俺だけということになる。
今世でやり残したことはこれだけなので、俺は即座に転生用の魔術を起動した。
そして数秒後、俺の視界は暗転した。
◇
「説教中に気を失うとか、ホントあり得ないんだけど? 一体どういう神経してるの、このクズ!」
目を覚ますと……転生後の俺は、目の前の少女に罵声を浴びせられている真っ最中だった。
その少女のことは一旦置いておいて、俺は自分の体内に意識を集中させる。
ーーよっしゃ! チャクラが7個あるぞ!
転生は、大成功だった。
転生魔術では、来世のチャクラの個数を指定できる訳ではないので、望み通りチャクラを7個持てるかは運任せといったところだったのだが……どうやら俺は、一回目の転生で見事それを成功させたようだった。
年甲斐もなく、小さくガッツポーズをする。
「ちょっと、私の話聞いてんの? レインのくせに無視するとか生意気よ!」
転生の余韻に浸っていると、少女は更に罵声を重ねてきた。
……そろそろ、一旦現状を整理した方が良さそうだな。
現世の俺の名前はレイン、歳は15才。
アザール子爵家の使用人で、主な仕事は子爵令嬢フランソワ=アザールの世話係だ。
ちなみに現在進行形で俺を罵倒している少女こそが、フランソワである。
フランソワは領地有数の回復魔法の使い手であることから、巷では聖女として崇められている。
顔もスタイルも完璧な文字通り「絶世の美女」で、振る舞いにも愛嬌があり、領民からは「超」がつくほど大人気だ。
もっとも、それは対外的な態度の話であって、俺に対する態度はご覧の通りなのだが。
「なんか言ったらどうなのよ! それかいっそ、土下座でもしたら?」
対外的には愛想のよいフランソワだが、その本性は最悪そのもの。
世話係という立場の弱い俺に対してのみモラハラを繰り返す、自己中心的な女なのだ。
彼女は土下座しろと言うが、そもそも俺が今怒られている理由は「夕食のスープが大さじ一杯分少ない」という言いがかりでしかないもの。
こちらの不手際とは言い難く、謝る道理は無い。
「アンタ自分の立場分かってんの? 魔法もろくに使えない落ちこぼれでありながら、寛大な私に雇ってもらえている現状を!」
一言も発さない俺に苛立ちを募らせたのか、フランソワは更に声を荒らげながらそう怒鳴った。
俺はいよいよ、「コイツは何を言っているんだろうか」という気分になってきた。
そもそも俺、仕事内容こそフランソワの世話係だが、雇用契約上俺を雇っているのはここの領主様だぞ。
俺の家系は先祖代々アザール家の使用人をしていて、俺もその流れで10歳の時から雇われているというだけなのだ。
それに俺がフランソワの世話係なのも、単に「歳が近いから」というだけの理由である。
寛大もへったくれも無いだろう。
というか……最高の魔法適性を意味するチャクラ7個持ちの俺が、落ちこぼれ?
チャクラ7個持ちの人間は、初期状態のチャクラの活性度が低いことが多いのは確かだが……まさか、それのことを言っているわけではないよな。
そんな差は、訓練次第ですぐにでもひっくり返るし。
今までの俺は、特に魔法の訓練をしたことは無いようだが……現世の記憶によると、それはフランソワに「どうせアンタが魔法を鍛えてもしても無意味なんだから、余計なことはせずひたすら働いてなさい」と学習の機会を奪われていたのが原因のようだ。
つまり俺は、どちらかと言えば「意図的に魔法を使えない人間のままでいさせられた」ということになる。
ここまでを踏まえ、俺はこんな結論に至らざるを得なかった。
コイツの下で働いているのは、全くの無駄……というか、有害でしかない、と。
俺はどうにかして現職を辞職し、コイツの下を離れようと心に誓ったのだった。
とりあえず……まずは現状を、どうにかしないとな。
俺は全く鍛えていない人間でも数十秒なら発動できる光学迷彩魔法を発動し、部屋を後にした。
「ちょっ、レイン、どこに消えたのよ!」
俺には魔法が全く使えないと思い込んでいるフランソワは、そう叫んでキョロキョロ辺りを見回し始めたが……俺が見つかるはずもない。
この点は、フランソワの偏見が俺に味方したな。
雇用契約上の今日の職務は全部終わっているので、こういう強引な去り方をしても全く問題にはならない。
俺は使用人用の自分の部屋に戻り、今後どうするかについての計画を立てることにした。