表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

叙事詩の余韻

 みなさんはラップとはどういったものだとイメージしていますか?


 ”柄の悪そうな人が場を盛り上げる歌だ”とか


 ”早口で何を言ってるかわからないけどとにかくなんかすごい”とか


 ”気分を盛り上げるため聴く歌だ”と思う人もいるかもしれません。


 一方で「日本人のラップなんて聴けない」こんな声を聞くこともあります。


 あなたの周りではどうでしょうか?


 実はこういう人たちはラップを誤解しています。


 ラップの肝心なところに焦点を当てていないので「聴けない」という結果になってしまうのです。


 抽象度の高い思考で文字を高い視点から観ていただけるとこの作品をより楽しんでいただけると思います。

1.働くってことがどういうことかってわからなかった/金を稼ぐってことがどう言うことかわからなかった/なんで礼儀だとか敬語だとかが大事なのかわからなかった/このことで語りたかった


2.コンビニの時給が800円として/老後資金が必要になるおよそ2000万円/家も狭めーし貯金もねー/こんな状況で生きていけんのかマジでそう思ってた


3.ひろゆき曰くワンチャンFXで/ダメならダメで自己破産ですね/服を買いにいく服がねーの論理で/元金の元金がねー資本ゲーム


4.金持ち父さんと貧乏父さんで/こう言う”買うのは負債でなく資産です”/不動産毎月買える金あれば/お父さんは生活に困るわけないんです


5.”なんで?”疑問すらも受け付けず/シフトは店長に組まれ回り出す/イエスマン、嫌われまいとして/嫌われたらクビ”他所でバイトして”


6.負のループ中は気付くはずもなくて/無我夢中で仕事するたらい回しで/いらっしゃいませが真顔になってしまって/”笑顔で”と言われて愛想笑いが仕事です


7.”なんで?”疲れた体は質問を受け付けず/シフトは店長に組まれ回り出す/自分が間違ってるなんて思いもよらなくて/正しいと信じる自分があるだけです


8.因果関係は複雑で遠回しで/仕事に馴れたことで見失って/しまった夢中になっていたこと/五里霧中に思い出す休日の午後


9.”なんで?”疑問は自分の胸に問いただす/今日は休みならリリックに込める/店長に決められた今日の予定じゃなく/俺の気分で踊り出すポエム


10.Sunday、Monday、Tuesdayまでがいわば/なんて言ったって我慢の連続で/シフト決める店長これを是として/あるとすれば俺の自分勝手


11.FX、競馬、スロットあるいは宝くじ一等当選か/当たれば一躍金持ちでもそこから増やす方法は別、当然だ/100や1000万1億1兆も総じて負債と資産に振り分ける腹積もりだ


12.この生活を抜け出したければ/あてるしかないかの一か八かじゃなく/趣味と副業を合わせた修業を続ける覚悟/それさえあれば乗り越えられるはず


13.Hurryupけどじっくり取り組むさ/忙しさはまだましさっとこなし/資産形成の為のコンテンツ作り/もがいてる姿は放送事故並み


14.”なんで?”もはや疑問の余地なし/服を買いにいくよりリリックを着こなし/友達からの外食の誘いも蹴っ飛ばし/彼からの印象はこう”地味で大人しい”


15.言われたことだけをやるだけならば/”都合がいい”使い倒されるためだけの体/今のように金のために働くならば/金に働いてもらえばもっと楽だからな


16.金に働いてもらうには人を使うか/自分がいなくても注目されるシステムを作るか/値上がりする見込みのある土地を買うか/自分のためになるように仕向けるんだ



 「わかってるよ…わかってる…わかってる…」


 そういって丈は背伸びをしQuasimoto feat.Jaylib ”React”をかける。


 創作活動の息抜きに丈はたびたび音楽を聴く。


 丈にとってリリックを書くことは流されっぱなしな毎日の生活の中で唯一自分の気持ちや考えを整理することのできる神聖な時間なのだ。


 まずは自分の気持ちをありのままに書くこと。


 うまく韻が踏めなくても、字余りでも、最優先にするのはメッセージ性だと丈は考えている。


 気持ちを言葉にするよりリズムに乗っけて意味のない語をむりくり繋げたりその場を勢いと威圧の俺スゲーで乗りきることに”なんとなくヒップホップに見せる”以外の価値を見いだせないと丈は静かに考える。


 感情で勢い任せに喋るだけが全てじゃない…意見を異にする人とコミュニケーションを取るのが苦手な丈にとってリリックに自分の正直な気持ちを投影することは大切な時間なのだ。


 ふと丈は何が必要で何が不必要か思いふける。


 ”自分にとって”の資産と負債は何か?選ぶということこれは実際にやるとものすごく面倒で誰か代わりに考えてくれればどれほど楽かと笑った。


 丈が資産形成するために必要なものはインターネットに接続できる環境とキーボード、もっともこれを利用するのは資産形成が目的というよりは単にリリックを書き込むのがペンと紙だったのが文字を打ち込むだけで済むようになったというだけの話だ。


 これが無くても書けるがあると便利だというだけのこと。


 そして便利なものは利用するべきだと丈は考える。


 「他に必要なものは…」


 知識は本当にあると便利だと丈は思う。


 大辞林は確かに高価だったがパソコンでダイレクトに検索するより遥かに便利だ。


 パソコンの検索が木をまじまじと見るものであるとするなら辞典は森を見るようなものだと思う。


 「あとは”使う本”」

 

 丈は笑って納得するような表情を浮かべる。


 「となると本類は”全て”使えるかな?」


 どうも丈にとってはこの辺が曖昧で実際には”使わない本”の方が多いくらいだ。


 例えば”税金”について書かれた本を持っていたとして内容を全て理解したとは言えないし、かと言って全く理解できなかったわけではない。


 ある程度知識として吸収できた部分があるとはいえ、それをリリックに具現化するわけでもない曖昧なグレーゾーンの知識も数多くある。


 それについて深く考えることをやめた丈は他の例を探す…。


 するとコンコンっとドアをノックする音が聞こえた。


 「よぅ、丈いるか?」


 スミは丈と同い年の18でよく家に来る。


 このぼろっぼろのアパートは家賃3万の風呂なし共同トイレつきの共同住宅で全部で5部屋ほどあるのだがこのスミは隣の部屋に住む住人だ。


 「隅の部屋に住んでるからスミな」と丈にあだ名をつけられたスミはまんざらでもなく笑って了承した経緯がある。


 丈はドアの鍵を開けスミを招き入れた。


 「相変わらずなんもねーなお前の部屋」丈は眉毛と肩を大袈裟に上げ手のひらを開いて見せた。


 スミが言う通りこの部屋にある大きなものはベッドと机とテレビとPS4だけだ。


 あとは家電製品と山と積まれた本だけ。


 必要なものだけあればいいという考えの丈は極力娯楽の類いは避けたいと思っている。


 それでも遊びの誘惑に負けることを知っている丈はPS4を持つことを自分に許した。


 スマホは個人情報を抜かれるのが嫌で持っていない。


 なにかと便利なスマホはネット依存症を引き起こすと知ってからSNSを避けるようになった。


 なんでも麻薬と同じ効果を持つドーパミンが400%も出るらしい。


 依存させて稼ぐなんてやってることがディーラーと同じ…全く糞みたいな話だ。


 前はそれでも電話とメールくらいは必要になるだろうと考えプリペイド式の携帯を持っていたのだがどうしても話したい相手がいるわけでもなく、仕事の話以外に使用することもなく。


 その連絡も滅多にかかってこないことがわかったので不要になり先日ついにそれすらも持つことをやめたのだ。


 今のところ特に不自由なことはない。


 「何してたん?」スミが聞く。


 「別に、暇してた」自分との会話、自分が何を思っているのかを知る作業、テレビに向かってキーボードを叩いてた。


 それは俺のコンテンツ作りで…資産作りで…と1から説明するには長すぎる言葉を頭の中で絡ませながら最も曖昧でありがちな言葉で処世する。


 俺は大人しいと思われてるんだろうなぁ。


 「で、なした?」


 用件はなんだ、面白い話じゃなかったら返そうかなと…と密かに考えていると


 「うん、トラック作ってみたから持ってきた」


 「おーまじか早速聴くべ!」


 そう、このスミは自分で作曲の真似事のようなことをしているということを話していて丈は是非今度曲を聴かせてもらいたい旨を伝えていたのだ。最近はめっきり使わなくなっていたCDコンポを押し入れから引っ張り出してきてスミの持ってきたCDディスクを再生する。


 シンプルなビートで要求していた丈はイメージに近いトラックを持ってきてくれたスミに礼を言う。

 

 「いいね!ありがとうほんと助かるわ」


 丈にとってトラックとはシンプルであればあるほどいい。


 装飾された音を散りばめたきらっきらな現代のヒップホップもいいが、丈の好みはオールドスクールと呼ばれる時代の音だ。


 シンプルで武骨な洗練される前の時代の音が同じくまだ洗練されていないと感じる丈の心情に寄り添ってくれるかのようだと丈は思っている。


 「これで書くのか?」

 

 「ああ、やってみるよ」


 丈は新しいおもちゃを与えられた子供のように嬉しい気持ちをどう表現するか悩んだ。


 丈の処世術は本当に味気がなくてシンプルな受け答えが多い。


 故に”何を考えているのかわからない”とか言われるのだが丈は気にしない。


 ”全ては文字に起こしてみないと本当の自分の気持ちなんてわからない”丈はそう考えていた。


 「ん、じゃあ俺は戻るよ」


 「あぁ、またな」


 握手を交わしスミと別れた丈は逸るビートに跨がるようにしてリリックを打ちこんでいったのだった。










この作品を最後まで読んでいただきありがとうございます


この作品を通じて「本来あるべきラップの姿と考え方」というものを読者の皆さんにわかりやすく、かつ基本だけでもつかんでいただきたいと思って執筆しました。


丈と心情を重ねつつも私小説ではない、マニュアル社会に生きる中でハードボイルドに染まりつつも内に秘めた丈の情熱を楽しんでいただけたなら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ