不器用
「夜、勝手に抜け出したら先輩に怒られるかもしれないよ?」
明美がそう言いながら腕をさすった。
「知らん。そうだよな掛川?」
友人の平山が僕に同意を求めてきた。
「ああ」
「元気ねえなー掛川。お前がやりたいって言いだしたんだろ」
そう、この発言は嘘で、本当は平山が明美目当てで企画した肝試しなのだ。
「え?これ掛川が企画したの?ウケるんだけど」
明美の友達の明日花が言った。
「だから俺が優しく許諾してやったんだ。友達だからな」
「うん」
僕は少し表情を明るくして頷いてみせた。
「ふーん。で、ここから廃美術館までどのくらいあるの?」
明日花が言った。平山が携帯を取り出すそぶりを見せないので仕方なく、僕はポケットから携帯を取り出そうとすると、
「遠いの嫌だ」
そう明美が言った。
「まてまて、そんな遠くないって」
平山は必死にそう言って、携帯を開いた。
「ほら、1.7kmだ」
「それどう考えても遠いでしょ」
明日花が言うと、
「話しながら湖の周り歩いてたら一瞬だよ」
と平山は空気が冷めないように努めた。
廃美術館は湖のすぐ近くにある。
「そうかなー」
平山から視線を移し、明日花は僕の方を向いた。
「なんか面白い話して?」
「面白い話?」
僕が少し戸惑うと、明美がフォローに入ってくれた。
「そんな唐突に言われたら、掛川君困っちゃうんじゃん」
でも、肝試しの企画を断らなかった以上僕にも場を盛り上げられる義務はある。
「面白い話はないけど、失恋話と怖い話ならできるよ」
「お前の失恋話なんて興味ねえって」
平山が笑いながらツッコミに入った。
「ひどっ」
女子二人が少し引くそぶりが目に入った。僕が失恋話を選択肢にあげたことに引いたのかもしれないし、彼のそぶりが気に触れたのかもしれない。
「まぁ、じゃあ怖い話するよ」
「そうそれだ掛川!」
「掛川霊感なさそう」
明日花がそう言った。
(その瞬間、白いガードレールにうなだれるようにして手をかける老人の姿が目に入った。)僕が横を見るようにして立ち止まると、残りの3人も立ち止まった。
「どうしたの?掛川君」
明美が声をかけてくれたが、目に入り込んだ光景を指さす前に、もう一度振り向くと老人の姿は消えていた。
「霊感あるかも」
「え?」
明日花が大げさに驚く姿が目に映った。
「おおっ!お前にしては面白い演技してくれるな!」
そして、平山の発言を遮るようにして明美が言った。
「何か見えたの?」
「ううん、今のは違う。何も見えてないよ」
とりあえず、嘘をつくことにしといた。
「焦ったー」
明日花が両手で胸のあたりを押さえていた。
「脅かすなって」
そう言って、平山は俺に肩を組んできた。
男二人組の方が歩くのが早くて、女性二人が後方を歩く。そんな形で僕らはしばらく湖を歩くのだった。
○
「ここの角を右か」
平山が携帯を片手に、呟いた
細い坂道が上に続いていた。
「めちゃ雰囲気が出てんじゃん」
明日花が明美の腕を掴みながら、坂を見渡した。
「やめといた方が良い気がする…」
明美が弱々しい声で言った。
「なんもないって!ほんのちょっとだけ、ね??」
平川が申し訳なさそうに両手でお願いすると、明日花がそんな平川のフォローに入った。
「明美ちゃん、ほんのちょびっとだけ行ってあげよう?何が出たら平山、蹴飛ばしていいってさ」
「俺そこまで言ってないだろ」
元気そうにそう言い張る平山に、首を縦に振って頷いてやった。
坂道を5分程度登っていくと、突如門が現れた。
「これ開くかな?」
なんもためらわずに、門に手をかけたのは明日花だった。
錆びれた金属の音が響くと門はゆっくりと扉は開いた。
「あ、開いた」
「そろそろ懐中電灯つけるか」
そう僕が口を開くと、全員懐中電灯を取り出した。
門の内側に入ると、さすがに少し鳥肌が立った。肝試しは今の僕はおそらくやらない方が良い。間違いなく見えてしまうから。それでも断れずにあっという間に美術館の入口にたどり着いた。
「開けるよ」
僕が率先して扉を手で押し開けた。
ぴちゃ。
「うわっ」
「え?????」
「何?????」
後ろを振り向くと、明美以外が腰から力が抜けて尻餅をついていた。
「地面が水で濡れてた」
「なんだよ掛川…脅かすなって」
二人には少し申し訳ない気持ちになったが、今ので怖がりが誰か何となく分かった。
それに明日花も気づいたのか、
「よし、怖いの強そうな掛川と明美ちゃん前歩いて」
「マジかよー」
平山が残念そうな声を上げたが、
「あんたと私が前歩いても進まないでしょ」
「まぁそうだなー」
平山はしぶしぶ納得した。
彼の気持ちも察するが、明日花が言う通り、なんとなく僕と明美が前を歩いた方が良いと思った。
靴を湿らしながら、4人とも水と泥が入り混じった床に足をつけた。
「靴汚いの履いてこればよかった」
「俺も」
後ろの二人が、懐中電灯をで辺りを照らしながら何事もないようなそぶりで会話をしている。
「思ったより怖くないねー」
明日花の声が聞こえた瞬間、隣で明美がビクッとかがんだ。
「ん?」
僕が問いかけると、
「上から垂れてくる水が頭に当たった」
と答えた。
「そうか」
あっというまに奥に続く扉に到達した。
ドアノブに手をかけ、後ろの二人を確認すると、黒いコートを着て紫の傘をさす、女性が入り口を塞ぐようにして立っていた。唇は真っ赤なのが目に付いた…。
声を出せずに、思わず立ち止まってしまった。
「掛川?後ろがどうかしの?」
明日花の言葉にハッと我に帰る。
「なんもないぞー」
懐中電灯で、平山が入り口付近を照らしていたが、二度見をしたら彼女の姿は消えていた。
僕がボケーっとしてるので明美が僕のかわりに次の扉を開けてくれた。
「また同じような部屋だ」
しかし、今度は天井が上から剥がれ落ちていた。
「ああいう天井の隙間からお化けが覗いてたりしてな」
平山の発言に、隣にいた明日花がぶった。
「もう、辞めてよ!怖いんだから!」
純粋に怖がって明日花は平山の腕を掴みはじめたようだが、平山は掴まれることに対してまんざらでもなさそうだった。
あっというまに部屋を出ると、デッカい空間に出た。
「広っ。」
どうやら、ここがメインの展示場のようだ。
目の前の案内テーブルの跡形を最初に視覚が捉え、そこから焦点を写すようにしてライトを照らすと、テニスコート2面分くらいの広さに三階建くらいの高さと開放感のある空間になっていた。
「何が展示されてたんだろう」
疑問が僕の口からポロリと溢れた。
「巨人の模型とか?」
平山の発言の後を継いで、明美が
「ツリーとかかな?」
と唇に指を当てるようにして、呟く。
「どっちもありえそう。あれ、これもう行き止まりかな?」
僕はそういってあたりを照らす。がなにも見当たらない。
ー?
何かが肩に触れた気がしたが、明美だった。
「ん?」
「そこ、扉じゃない?」
明美が指さした先は受付のカウンターの奥で、確かに扉があった。
「本当だ」
しかし、ここから先はなんとなくいってはいけないような気がした。
「せっかくだから行こうぜ」
平山のセリフには少し元気が感じられないような気がした。
明美は、肝試しに慣れたのか平山の発言を耳に入れるとカウンターをひょいとまたがり、奥の扉を軽々しく開けた。
「明美いつになく勇敢だなー」
明日花と平山が、受付を乗り越える。
展示場を出ると階段が姿を現した。
「地下にも続いてるみたいだね、どうする地下から行く?」
明美が全員の顔色を伺いながら言うと、返事を待たずにそのまま、地下へとそのまま降りていった。
「ちょっと待って」
階段を降り、さらに下へ折り返しそうとしたところで、明日花が僕と明美を制した。
「平山が…」
手すりを掴み、お腹のあたりを押さえていた。
「急に腹痛がしてきた」
「え?」
「わりい、俺折り返す」
「平山一人じゃ可哀想だから私も折り返す」
後方二人ペアの提案に異論はないが、入り口の光景を思い出してしまった。
ー紫の傘をさす女性…。
「ちょっと…」
すでに折り返し始める二人を呼びかけようとしたが、明美が小さい声で、
「明日花、平山君と二人になりたいのかもよ」
と囁いた。
「二人も早く戻るんだよー」
明日花が明美にウィンクすると、先ほどと立場が逆転し、明日花が平山を引っ張るようにして折り返していった。受付の方へ戻っていくのを見届けてから、明美が笑顔で口を開いた。
「分かりやすい子なんだから」
僕が戸惑う仕草を見せる明美が言葉を継いだ。
「え、掛川君気づかなかった?」
「うん、なんのことかさっぱり」
「ペア決めるところからもうあれ、決定打でしょ。で、さっきの発言は答え合わせ」
「ほう…」
でもそう言われれば確かに僕は鈍感だったかもしれない。大学生になっても僕は恋愛のことをいまいち理解できてない。
「掛川君本当に霊感あるの?」
僕の目を見て、彼女が少し表情を弱めて言った。
ー怖がりな二人が消えたから話しても平気かな。
「怖いの大丈夫な人?」
「うん」
彼女の即レスが帰ってきたので、全て正直に話すことにした。
「幽霊、時々目に映るよ」
「うおっっ。まじか」
四人でいる時よりも、女の子らしさが薄れた素で話してくれる感じがかえって僕には嬉しかった。
「じゃあ、来る途中で止まったのも、美術館の入り口で固まったのも?」
「うん、二人大丈夫かな」
「うんって、この美術館にお化けがいるのか…」
彼女は僕の隣に近づいて、上目遣いで頼みこんできた。
「手を繋いでも平気?」
僕は返事の言葉を探してると
「あ、嫌なら大丈夫。好きでもない人にベタベタされるの気持ち悪いよね、嫌だよね…」
「ううん、平気だよ」
ー平山すまん。
と心の中で呟いた。彼女を怖がらせた僕がいけない。
明美は僕の手を抵抗なく握ってくれたので、気遣いせずに、歩けることに安堵を抱いた。




