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俺がNPCってなんのこと? -World Over Online-

作者: 緋色の雨

 気がつけば、俺は街のど真ん中で立ち尽くしていた。

 自分がどうしてここにいるのか、それまでなにをしていたのか、思い出せない。

 ただ、自分がアルベルトという冒険者で、ここがローゼンベルク子爵領にあるエレニアの街だと言うことは覚えていた。


 陽の光が降り注ぐ大通りには、活気にあふれた人々が行き交っている。それを見た俺は、なんだか無性に懐かしく思えた。

 たしか……と、俺は大通りを歩き、裏道を抜けて街の外れへと向かう。

 しばらく歩いて角を曲がった先には――憩いの広場があった。多くの花壇に花が植えられ、中心にはこの世界の管理者といわれる女神像が奉られている。

 俺の記憶だと、ここに孤児院があった。建物の色や形、ニオイまでも覚えている。


「……あれ?」

 不意に視界が滲んでいく。目を擦った俺は、自分が泣いていることに気付いた。

 なんだろ、目にゴミでも入ったのかな?


「うわぁぁぁあっ、見て見てっ! このゲーム、すっごくリアルだよ!」

「見てるわよ。さすが最新のダイブ型VRね、本当に綺麗だわ」

「だよね、だよねっ! ――って、あれ? ユイのしゃべり方がいつもと違うね……って、その姿、どうしちゃったの?」

「あぁ、これは……」


 女の子達のはしゃぐ声が聞こえてきて、俺は慌てて涙を拭った。

 声のする方を見れば、桜の色味を帯びた金髪をなびかせるエルフの少女と、白銀の髪をなびかせる大人びた少女が並び立っていた。


 エルフの少女は魔術を使う杖をその手に持ち、大人びた少女は剣を腰に携えている――が、その装いは明らかに駈けだし冒険者だ。

 だけど、エルフといえば普通は森の奥で暮らしていて、人里に現れるのは珍しい。

 普通の駆け出し冒険者のようでいて、どことなく普通とは違う。不思議な二人だなと思って見ていると、エルフの少女と目が合った。


「こんにちは~」

 整った顔に人なつっこい笑顔を浮かべ、エルフの少女が小走りに駆け寄ってくる。その深く吸い込まれそうな深緑の瞳を見た瞬間、俺は言葉では言い表せない感情を抱いた。

 さっきから……なんなんだ? 自分の感情が制御できない。


「えっと、どうかしたの?」

「あぁいや、なんでもない。というか、俺になにかようか?」

「よう……って訳じゃないんだけどね。この感動を誰かと分かち合いたくて。あなたが近くにいたから思わず声を掛けちゃった、えへへ。――すごいよね、この世界!」

 両手を広げてクルリと回る。桜の色味を帯びた金髪がふわりと広がる。美形揃いのエルフの中でも、かなりの美少女だと思うけど……テンション高いな。


「こーら、咲夜(さくや)。じゃなくて……えっと、アリステーゼ?」

「アリスで良いよ、ユイ」

「じゃあ、アリス。彼が困ってるでしょ」

 もう一人の女性がエルフの少女をたしなめる。

 エルフの少女がアリステーゼで、銀髪の少女がユイと言うらしい。


「ごめんなさい。……って、ユイはそういうキャラで行くの?」

「あら、あたしはもとから、こういうキャラよ。産まれたときから、ね?」

 ユイが、ふわりと髪を掻き上げる。プラチナブロンドの美しい髪が舞い、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。

 顔立ちが整った種族であるエルフの少女と並んでも、まったく見劣りしていない。種族は違うけど、姉妹に見えるくらい仲良しみたいだけど……まったくもって話が飲み込めない。

 俺は頬を掻きながら、「結局、なんのようだ?」と繰り返した。


「あ、ごめんね。私達はたったいまWorldOverOnlineにログインしたばっかりなの。だから、物凄くリアルで綺麗な光景にはしゃいじゃった。驚かせてごめんね」

 ぺろっと舌を出すアリステーゼがなにを言っているのか、俺にはさっぱり分からなかった。


「さっきからなにを言ってるんだ?」

「えぇ、共感してくれないの? こんなにリアルな光景なんだよ? ほら、見て見て! まるで、自分がぴょんぴょん跳びはねてるみたいでしょ?」

「みたいもなにも、自分で飛び跳ねてるじゃないか……」

 ちなみに、サラサラのロングヘヤーが跳びはねるたびに揺れている。残念ながら、エルフらしく控えめな胸は揺れていないようだが……間違いなく跳びはねている。


「アリス、少し落ち着きなさい。この人、たぶんNPCよ」

「え、NPC!? 嘘だよ、こんなにリアルな反応するNPCなんているはずないよぉ~」

 アリステーゼが驚いているが、ユイは俺を指差して「ほら、ターゲットしてみなさい。フレンド登録がないでしょ?」とか言っている。

 見た目は可愛いけど、変な女の子達に捕まっちゃったなぁ。


「ねぇ、あなた。本当にNPCなの? 違うよね? プレイヤーだよね?」

「そもそも、その質問の意味が分からないんだが?」

「えぇ? じゃあ……本当に、この街にずっと住んでるの?」

「……それが、俺自身よく分からない。気がついたらここにいたんだ」


 自分が誰かは分かっているし、ここがどこかも分かってるけど、自分がどうしてこの街にいて、いままでなにをしていたかが分からない。

 そんな状況をどうやって説明すれば良いのか、迷っているとユイがポンと手を打った。


「なるほど、分かったわ」

「えっ、いまので分かったのか!?」

「ええ、もちろん。要するにあなたは、意味深な設定を持つキーキャラを兼ねた、チュートリアルの案内人なんでしょ!」

「は? なに? チュートリアル?」

 俺はまったく理解できないんだけど、アリステーゼは「なるほどぉ~」と納得している。この二人、ときどき俺の知らない単語を口にしてて訳が分からない。


「それじゃ、チュートリアルの案内人さん、お名前はなんて言うの? あ、ちなみに私はアリスで、こっちはユイだよ」

「俺はアルベルトだけど……」

 アリステーゼに名乗られて、反射的に答えてしまう。そんな軽はずみな自分を責めるより早く「じゃあ、アルくんだね」とアリスが微笑んだ。


 アルくん。

    アルにぃ。    アルにーちゃん。

  アル。      アルさん

       アルお兄ちゃん。


 脳裏に浮かんだのは、子供達の声。

 懐かしさと言いようのない寂しさを覚えて胸が締め付けられた。


「……えっと、ダメだった?」

「え、な、なにが?」

 俺は我に返って顔を上げる。


「アルくんって呼び方、ダメだったかなって」

「……いや、呼び方くらい好きにすれば良い」

「えへへ。それじゃ、アルくん。もし良かったら、私達に戦い方を教えてくれないかな?」

「装備がいかにも初心者っぽいと思ったけど、まさかこれからデビュー……なのか?」

「うん、そうだよ。さっきログインしたばっかりだから、戦闘はこれからなんだ~」

「マジか……」

 思わず天を仰いだ。


 初戦では多くの冒険者が命の奪い合いという生々しい現実に取り乱し、二割ほどが死ぬか再起不能な傷を負う。それを乗り越えたとしても、第二、再三の壁にぶち当たって離脱。一年後も冒険者を続けていられるのは十%にも満たない。

 冒険者とはかくも過酷な職業である。

 とてもじゃないけど、華奢な二人が生き残れるとは思えない。


「おまえ達みたいな華奢な娘が冒険者になっても死ぬだけだぞ」

「ふふっ、このゲームでもテンプレはあるのね」

 俺の忠告に、なぜかユイが微笑んだ。

「……テンプレって、どういう意味だ?」

「お前は戦いに向いてないって煽っておいて、実際に戦うのを見たら、さっきの評価は間違っていた。おまえには才能がありそうだ――って、プレイヤーをその気にさせるのよね?」

「いや、本気で危ないって言ってるんだが」

 っていうか、なんだよその手法。初心者を調子に乗せたら死ぬだろ。


「大丈夫よ、そんな風に煽らなくても、あたし達はもう、このゲームを続ける気満々だもの」

「いや、だから……」

 ホントに、なにを言ってるのやらである。


「よく分からないけど、本気で冒険者になりたいなら冒険者ギルドに行った方が良いぞ。あそこなら、初心者に最低限の講習はしてくれるからな」

 たぶん、講習を受けたら冒険者の適性なしと判断されて、別の仕事を勧められるはずだけど、初戦で死ぬよりはずっとましだ。


「あら、あなたは教えてくれないの?」

 ユイの問い掛けに、俺は苦笑いを浮かべる。

 自分がどうしてここにいるか分からない以上、しばらくは日銭を稼ぐ必要がある。俺の実力なら、森で狩りをするついでに面倒を見るくらいは余裕だけど……正直、関わりたくない。


「うぅん、仕方ないわね。アリス、二人で狩りに行ってみましょ?」

 俺が乗り気じゃないのを察してくれたまでは良かったのだが、ユイはアリスに向かってありえない提案をした。


「え、アルくんは、冒険者ギルドに行くべきだって言ってるよ?」

「そうだけど、これだけ自由度の高いゲームだし、チュートリアルは後でも良いじゃない」

「それは……たしかにそうだね」

「いや、そうだね――じゃねぇよ!」


 俺は思わずツッコミを入れてしまった。お節介だと思うけど、いたいけな女の子二人が無残に魔物に殺されるを見過ごすことは出来ない。

 青空の下の広場で、俺は思わずこめかみを揉みほぐした。


「ハッキリ言ってやる。女の子がたった二人で狩りに行くなんて死にに行くようなものだ」

「そう思うなら、あなたがついてきてくれたら良いじゃない」

「……だから、冒険者ギルドで仲間を募集しろって。もしくはギルドで研修を受けろ」

「嫌よ、面倒くさい。今日はお試しで戦うだけなんだから」

「あのなぁ、それで死んだらどうするんだ?」

「そのときはそのときよ」

 危機感が皆無なユイの発言に、俺は盛大にため息を一つ。アリスへと視線を向ける。


「……おまえもなにか言ってやれよ。このままだと、二人纏めて死んじゃうぞ?」

「え? うぅん……私はこういうことに不慣れだから、ユイに任せようかなって」

「だーかーらーっ、それで死んだらどうするんだよ!?」

「どうって……生き返る?」

「んな訳あるかぁっ!」


 秘薬を使おうが、治癒魔術師に頼もうが、死んだ人間を生き返らせることは出来ない。死んだら終わりというのがこの世界の法則である。

 なのに、この二人はそれがなぜか理解できてない。ここで見捨てたら、二人は森に行ったまま生きては帰ってこないだろう。

 それを俺は……許容できなかった。


「あぁもう分かった、分かったよ! 俺がついて行ってやるよ!」

「え、ホントに? アルくん、ついてきてくれるの?」

 アリスが目を輝かせる。

 俺がこくりと頷くと「わぁい、アルくん。ありがとうね」と俺の手を握ってきた。なんか、スキンシップが激しい女の子だな……


「…………」

 なんか無言の圧力を感じるなと思って視線を向けると、ユイがジト目で俺を睨んでいた。

「……なんだよ?」

「言っておくけど、アリスにはずっと昔から、それこそ前世からずっと思い続けている人がいるからね? 勘違いしちゃダメよ」

「いや、別に勘違いはしてないけど」

「アリスも、ロールプレイのつもりかもだけど、誤解されないように気を付けなきゃダメよ」

「ふえ? 私、別にロールプレイなんてしてないよ? むしろ、それはユイの方――」

「はいはい、そういうことにしておけば良いのね。とにかく、気を付けなさい」


 ぴしゃりと言い放った。

 これは……あれか? 妹に近付く悪い虫を心配して、思わず暴走しちゃったお姉ちゃんとか、そんな感じか? なんかみていて微笑ましい……というか、ちょっと懐かしい?

 そんなことを考えていると、ユイが再び俺に探るような視線を向けてきた。。


「それで、あなたはホントについてきてくれるの?」

「さすがに、お前らが死にに行くのは見過ごせないからな」

「……そっか」

 険しかったユイの眼差しがふっと和らいだ。そうして、ユイはぺこりと頭を下げる。


「ありがとう、アル。なら、お言葉に甘えさせてもらうわね」

「ああ、大船に乗ったつもりで任せとけ」

「……大船? そういえば、あなたの剣……妙に凄そうだけど」

「え? あぁ、これは……ドラゴンスレイヤーだな」

 魔石によって最大まで強化された竜殺しの魔剣だ。


「……ドラゴンスレイヤーって、なんでそんなのをさらっと持ってるのよ!?」

「なんでって、それは……なんでだっけ?」

 理由は思い出せない――が、これが俺の愛剣であることだけは覚えている。


「ドラゴンスレイヤー……欲しいわね。NPCって装備をドロップするのかしら?」

「ユイ、いきなりなに言い出すの!?」

「……おい?」

 なにやら物騒なセリフをユイが呟いたので、俺は思わず身構えた。


「え? あ、いや、じょ、冗談よ、冗談」

 ユイがぱたぱたと両手を振った。

「……本当、だろうな?」

「本当よ、本当。いまのはなんと言うか……そう。ゲーマーとして考察せずにいられなかっただけで、本当にそんなことを考えたりはしてないから!」


 俺は油断なくユイの様子をうかがっていたが、不意にバカらしくなった。裏表があるようには見えないし、どう考えても素人だ。俺に危害が及ぶとは思えない。


「分かった。それじゃ、今度こそ森へ行くぞ」

 なんだか妙なことに巻き込まれたなぁと思いながら、俺は二人を連れて森へ向かった。




 エレニアの東門を出ると、草原が広がっている。

「うわぁあぁぁぁあっ! 凄い、凄いっ! ホントに草原にいるみたい!」

 草原へと飛び出したアリスが、両手を広げてクルクルと回る。

 陽の光を浴びて輝く髪をなびかせながら、幸せそうな笑顔を浮かべる。その姿は物凄く絵になっているが……やっぱり言ってることがよく分からない。

 草原にいないのなら、おまえは一体どこにいるんだ?


「もう、アリスったらあんなにはしゃいで、恥ずかしいわね。……でも、現実じゃあんな風にはしゃげないから仕方ないよね」

 ユイがぽつりと呟いたのが偶然耳に入った。

「ときどき会話の内容が理解できないんだけど、エルフ特有の言い回しかなにかなのか?」

 それとも、ちょっと残念な子なのか? とは声に出さずに問い掛ける。それに対して、ユイが少し感心するように目を瞬いた。


「へぇ、そんなことに疑問を持つように設定されてるのね」

「だから……」

「あぁ、ごめんなさい。そうね、言うなれば……あたし達は異世界の住人なのよ」

「異世界の住人?」

 なにを言ってるんだ、この子は。


「まあ信じられないわよね。あたし達は……そうね。簡単にいうと、遠い世界から来たプレイヤー一族の姉妹。だから、貴方達とは若干常識が違うのよ」

「……分かった」

 よく分からないけど、分かったことにしておく。深入りしたら面倒くさそうだし。


「ユイ、アルくん。あっちに角の生えたウサギみたいなのがいるよっ!」

 アリスが草原の向こうを指差す。

 その先をたどると、体長50cmくらいの一角ウサギが見える。


「あぁ、あれは一角ウサギだな」

「一角ウサギ? 魔物なの?」

「いや、魔力を持ってないから、分類的には動物だな」

 ちなみに、体内に魔力を宿しているのが魔物で、宿していないのが動物である。ちなみに、魔力を宿している敵は倒すと魔石が手に入り、動物は倒しても手に入らない。


「動物っていうことは……襲ってこないの?」

「動物だからってことはないけど、一角ウサギは襲ってこないな」

 俺がアリスに答えていると、ユイが「ノンアクなのね」と呟いた。俺は由比へと視線を向けて、なんだそれと問い返す。


「ノンアクティブの敵。こっちから手を出さないと襲ってこない敵のことよ」

「あぁなるほど。一角ウサギはこっちから手を出しても逃げるのが大半で、滅多に反撃してこないけど……一応はノンアクになる、のか?」

「ふむふむ。なら、あれで戦いの練習をすれば良いのね?」

「……は?」

 予想外すぎて変な声が出た。


「ほら、あっちの方でも戦ってる人がいるじゃない」

 ユイが指差す方に、逃げる一角ウサギを追い回している男がいる。

「あれは……狩人だろ」

「あたし達と同じような格好に見えるけど?」

「格好が同じだからって、目的も同じとは限らないだろ? というか、冒険者を目指す奴が、ろくに反撃もしてこない一角ウサギと戦ってどうするんだよ。経験にならないだろ?」

「……そういうもの?」

「一角ウサギを狩れば日銭くらいは稼げるけどな。少なくとも冒険者としてはなにも始まらない。それでも一角ウサギと戯れたいって言うなら止めないけど……?」

 どうすると問い掛けると、森に行くという返事が返ってきた。



 少し歩いて森の入り口に到着、そのまま森の中へと足を踏み入れる。

 森――といっても、入り口付近は歩きやすい浅い森だ。木々のあいだを抜けて、ずんずんと森の奥へと進む。少し歩いたところで、俺は魔物の気配を察知した。


「二人とも、向こうを見ろ」

 俺は小声で森の奥に見え隠れしているブラウンガルムを指差した。


「え、なになに?」

 ユイが俺の腕に身を寄せて、その指差している方を見る。ユイのプラチナブロンドが俺の頬に触れてくすぐったい。というか、ちょっと近いんだけど。

 とか思ってたら、アリスは俺の背後に立って指差す先をたどった。首筋にアリスの吐息を感じる。この二人、ちょっと無防備すぎじゃないですかねぇ。


「あ、ホントね」

「私も見えた、オオカミみたいなのがいるね」

「あれはブラウンガルム、この辺りでは最弱な魔物だ。とはいえ、魔物が危険な相手であることに変わりない。仲間がいる可能性も高いし、慎重に――」

「――まずは、殴ってみましょう」

「うん、そうだねっ」

「……はい?」

 こいつら、なにを言ってるんだと思ったときには遅かった。二人はそれぞれの武器を構えて、ブラウンガルムに向かって駈け出していた。


「――ちょ、まっ! ……えぇ?」

 ブラウンガルムの全長は1mくらい。

 訓練を積んでいる冒険者でなければ、武器を持っていても無傷での勝利は難しい。初心者冒険者は、四人くらいで協力して倒すのが普通だ。

 そんな魔物に、なんの策もなく突撃を仕掛ける二人の少女。そのあまりの無謀っぷりに、俺は呆気にとられてしまった。

 そして、俺が呆れているあいだに、二人はブラウンガルムに襲いかかる。


 ユイが細身の剣で斬り掛かるが、ブラウンガルムは難なく回避。そこにアリスが杖で殴りかかるが、やっぱりこっちも回避される。

 というか、アリスが持ってるのは魔術を使うための杖、だよな?


 なんでアリスは魔術用の杖を振り回しているんだ? ……いや、良いんだけどさ。なんて俺が呆れているあいだに、ユイがブラウンガルムの体当たりを喰らって吹き飛んだ。


「ユイっ、大丈夫!?」

「……ぃたた。あたしは、大丈夫、だけど」

 その衝撃からか、ユイは上手く立ち上がれないようだ。

「よかった――ひゃわっ!?」

 ユイに気を取られたアリスが、ブラウンガルムに押し倒される。


「ふええええぇっ!? 口がおっきいっ! っていうかキバが凄くリアル! やだ、やだやだっ、ホントに恐い! 食べられちゃう、私食べられちゃう!?」

 ブラウンガルムにのし掛かられたアリスが、杖で押し返しながらパニックに陥っている。

 ……死んだら死んだときとか言ってたけど、死に対する恐怖は一応あったんだな。ちょっと安心したような、そうでもないような……


「ふえぇえぇんっ、誰か助けてよーっ!」

 おっと、アリスがホントに食べられそうだ。これに懲りて危機感を持つだろうし、そろそろ助けてやろう。そう思った瞬間、アリスの手から杖が滑り落ちた。


 ブラウンガルムのキバがアリスへと――届く寸前、落ち葉を踏みしめて一瞬で距離を詰めた俺は、ブラウンガルムを蹴り飛ばした。

 ――手応えが軽い。

 俺に蹴られる寸前、自分から飛び退いたようだ。

 さすが獣、反応が良い――と言いたいところだけど、その後が隙だらけだ。ブラウンガルムが着地した瞬間を狙い、俺は剣を引き抜きざまに振るった。

 ぱっと鮮血が舞い、ブラウンガルムは倒れ伏す。


「さて……と、他に敵は……と、いた」

 通常のブラウンガルムよりも二回りほどデカい個体が突っ込んでくるところだった。俺はステップを踏んで側面へと回避。すれ違いざまに――その命を刈り取った。

「よし――っと。他には……目につくところにはいなさそうだな」

 安全を確認した俺は、落ち葉のベッドで呆然としているアリスに向かって手を差し出す。


「……まったく、いくらなんでも無謀だぞ」

「うぅ、ごめんなさい……」

 さすがに堪えたのか、起き上がったアリスはずいぶんと殊勝な態度になっている。ちょっと可哀想に思ったので、俺は落ち葉まみれになっている背中をパタパタと払ってやる。


「怪我はないか?」

「え? あ、う、うん。大丈夫……みたい。というか、さっきのでっかいのはなに!?」

「あれはブラウンガルムのネームドだ。いわゆるボスってやつだな」

「……ボ、ボス? でも、アルくん、一撃……だったよね?」

「まあ……しょせんはブラウンガルムのボスだからな」

「そ、そうなんだ……」

「そうなんだ」

 せいぜいブラウンガルム十体分くらいの強さだから雑魚には変わりない。


「アルくん……凄いんだね」

「俺のことより、無茶しすぎだぞ。俺がいなきゃ死んでたぞ?」

「……うん、ごめんね。それと……護ってくれて、ありがとう」

 しょんぼりへにょんと萎れている耳が可愛らしい。ユイの方は――と視線を向ければ、こちらも無事なようで、なんとか立ち上がっている。


「もう、懲りただろ? 街へ送ってやるから、冒険者になるのは諦めろ」

 俺がいなければ二人はほぼ間違いなく死んでいた。さすがにいまので、冒険者がどれだけ危険な職業か分かったはずだ。


「心配してくれてありがとう。でも、冒険者にはなるよ」

「――っ。なんでだよ。今度こそ死んじゃうかもしれないんだぞ?」

「それでも、だよ。私はいつか死んじゃうとしても、どうしても冒険者になりたいの」

 俺はハッと息を呑んだ。

 さっきまでの死に無頓着だったアリスとは違う。いまのアリスは死を受け入れている。澄んだ深緑の瞳は、死を覚悟した者だけが持つ輝きを秘めていた。


「……どうしてそこまで」

「それは……ここでしか叶えられない、私の夢だから、だよ」

 アリスの瞳は決して揺るがない。自分の言葉じゃアリスを説得出来ないことを察して、俺はユイに助けを求める。


「なあ、なんとか言ってやってくれ」

「私はアリスの夢を叶えるためにここにいるの。だから、反対するつもりはないわ」

「どうしても、か?」

「どうしても、よ。でも心配しないで。アルの心配は杞憂だから。だから、無理に付き合ってくれなくても良い。アルがもう付き合えないって言うなら、二人で狩りを続けるわ」

「そう、か……」


 正直に言って、ここまで付き合う義理はない。もう十二分に義理は果たした。ここまでして二人が死にに行くというのなら、俺の知ったことじゃない。

 だけど――

 心のどこかで、この二人を見捨てるべきではないとなにかが訴えている。俺は仕方がないなと、二人に手を差し伸べた。

 それが、世界に忘れられた俺と、常識がおかしな異世界姉妹のプロローグ。

 

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