幾筋かに流れ
シェルバードの崖は下から見上げると、上から見下ろした時よりもずっと広大に見えた。
どこまで探したか分からなくならない様に、パーシヴァルの案で段々の一段ずつ探す事に決めた。
そうやって話している間に、日中海へ出かけていたシェルバードたちが続々と巣に戻って来ていた。
彼らはチラチラとフラミィ達を見て、各々の巣へとペタペタ進む。上段のシェルバードは、やはり体力のある個体なのかどれも大きい。段を器用に力強く登って行く。
何羽かがタロタロに寄って来て、カエルみたいに横線の入った瞳をうるうるさせたけれど、タロタロは気付かないフリをして彼らを諦めさせた。
パーシヴァルは歓声を上げて彼らに恐る恐る近寄り、その内本当に彼らが温厚だと知ると手を伸ばして触れたりした。シェルバードはパーシヴァルに威嚇したりしなかったけれど、お相手もしなかった。撫でられても、風が吹いて毛並みをそよがせていったのと同じように思っているかの様だ。
「ペンギンみたいだけど、足が無い。アザラシ……? でも、嘴があるし、羽毛が生えている。目は両生類みたいだ。え~……?」
パーシヴァルはどんどん大胆になって、シェルバードの両脇に手を突っ込んで持ち上げた。
シェルバードは、さすがに手びれと尾びれをパタパタさせて「プルル」と、抗議の声を上げたけれど、それだけで、されるがままだった。細かい線のついた紐で全長や胴回りを計られて、ちょっと迷惑そうだった。
パーシヴァルはしきりと「かわいい」と言って、シェルバードを気に入ったみたいだ。
フラミィとタロタロは予想通りパーシヴァルが喜んだので、くすぐったい気持ちでしばらく楽しそうなパーシヴァルを見守った。
「これなら、巣を触っても、大丈夫そう」
「だろ? ぱーしばるは臆病だな!」
タロタロはパーシヴァルを小馬鹿にして、腕を組む。足元には新たな彼の『子守候補』が目をうるうるさせて群がっていた。
「知らない動物は怖いよね」
フラミィが庇うと、タロタロは「へん!」と言って、シェルバードに「やんねぇよ!」と八つ当たりした。
「本当に歯を欲しがっている……不思議な生きものだ……かわいい……」
パーシヴァルはタロタロの挑発をてんで気にせず、メモに鉛筆を走らせた後、ふいに顔を上げた。
「ところで、足の親指、という事、ですが……」
そう言って、パーシヴァルはメモ帳に、小さい、いびつな形を描いて二人に見せた。
形は二つ。男の鼻みたいな形と、外側の中心辺りが少し窪んでいる細長い形だ。
「親指には、骨が、二つあり、ます」
「え」
「末節骨、基節骨」
パーシヴァルはそう言って指で指示した後、二つの小さくていびつな形の上縁を曲線で覆う。「足の親指」と、パーシヴァルが言った。
フラミィもタロタロも驚いて、思わず自分の足の親指(フラミィは右足!)をしゃがみ込んで触れた。
パーシヴァルは『やっぱりな』という顔をして、フラミィの傍にしゃがみ込み、メモの絵を見せながら聞いてきた。
「どちら、ですか? それとも、くっついてる?」
「わ、わからない」
「やっぱさ、先端じゃねぇの?」
「でも、この絵を見た限りじゃこの下の部分もふにゃふにゃ……」
タロタロがパッとフラミィを見た。
それでフラミィもハッと気が付いて、口を押える。
パーシヴァルは目を微笑ませ、口の両端をキュッと上げた。
「ふ、ふにゃふにゃになっちゃうわよね、無いと、ほら、骨が……」
ふぅん、と、パーシヴァルはニヤッと笑って、「では、二つ、探しましょう」と見逃してくれた。
フラミィは薄っすら冷や汗をかいて、何度も小さく頷いて見せた。
「う、うんうん!」
「それにしても……」
パーシヴァルはフラミィに微笑んだ後、立ち上がってうーん、と腰を伸ばした。
「凄い量だ……」
「たくさんいるの」
「はい。骨探し、しながら、調べたい、です」
「嫌がる事はあまりしないでね? この中には、島の人の思い出の子達がいるの。私のもいるのよ」
「わかりました」
さぁ、骨探しが始まった。
フラミィとタロタロはパーシヴァルに骨の絵を貰って、それを頼りに端からシェルバードの巣を覗き込む。パーシヴァルは反対側から探すことになった。
シェルバードは帰宅したばかりなのに巣に手を突っ込まれて、ちょっと嫌そうだったけれど怒らなかった。温厚な気質と、今後の宝物の為かも知れない。
巣を調べると、色々出てきた。
貝殻、死んだ珊瑚、石、アイボリの木片……全部白い。真珠は無かった。真珠は結婚の約束に一粒だけ持つもので、たくさん持っていたら浮気者の烙印が押されてしまうから、見つけたところで持ち帰ったりはしない。だけど、ちょっと見つけてみたくもある。
フラミィは、もしかしたらパーシヴァルが真珠を見つけたりしないだろうか、なんて思った。
遠くの反対側で熱心にシェルバードの巣を覗き込むパーシヴァルを盗み見て、フラミィは溜め息を吐いた。パーシヴァルから真珠を貰う自分を想像し、蕩けそうになる。
パーシヴァルがフラミィの視線に気が付いたのか、顔を上げた。
それだけで、フラミィの心臓は跳ね上がる。
彼は微笑んでフラミィに手を振った。フラミィは小さな子供みたいにピョンピョン飛び跳ねたくなってしまう自分を押さえ、小さく手を振り返した。
―――――いけない、それよりも、骨、骨。
もしもシェルバードが巣に持ち込んでいるとしたら、もう十四年たっているから巣の深い所にあるのかも知れない。シェルバードは十年くらいしか生きられないから、子供が知らずに引き継いでいるのかも。
フラミィはなるべくそっとシェルバード達の巣を掘り返し、骨が見つけられないとそっと元に戻すのを繰り返した。フラミィ達を横目で観察していたシェルバード達は、何も盗られないと分かったのか順番が回って来ると自ら巣から退いてくれる者まで現れた。「これ? それともこれ?」と言った様に自慢の巣材を見せてくれる親切なのまで現れる。
見せると特に反応がいいパーシヴァルに、まだ順番の来ないシェルバードが自慢の白い物を咥えて自ら見せに行っていた。
「自慢したいのかな?」
「コレクションだからな~。おい、この絵みたいなの持ってない?」
タロタロがパーシヴァルの描いた骨の絵を見せてみたけれど、シェルバードは白い紙にしか興味を持たなかった。
「やっぱわかんねぇか~」
シェルバードからメモを守りながらタロタロが笑う。フラミィも笑った。
そんなほのぼのした調子で、骨探しは続き、逆の端からやって来たパーシヴァルと合流する頃には、すっかり暗くなってしまっていた。シェルバードも巣にジッとして、眠り始めている。
パーシヴァルがそろそろ帰ろうと言って、フラミィとタロタロを諦めさせた。
今日は探す時間が少なかったし、一段目を全部見る事が出来たから、まぁ、上出来だ。
三人は最後に白く美しい崖を暫く見上げ、その場を後にした。
*
フラミィのママは、フラミィがタロタロとパーシヴァルと共に帰って来ると、彼らを夕食に招いた。
今晩のメインはウニだ。そのまま殻を割って食べたり、パンの実に塗ったり、干し魚と和えたりと万能で美味しい。パーシヴァルは小さな蟹のスープを気に入って、おかわりをした。
ママはパーシヴァルから器を受け取って、嬉しそうに微笑んだ。
「なんだか、フラミィが付きまとっているみたいで……ごめんなさいね」
「いえ、僕が、島案内、してもらって、います」
僕はこの島の事をもっと知りたいのです、と、パーシヴァルは熱っぽく続ける。
ママもフラミィもタロタロも、パーシヴァルが何をしに島へやって来たのか実のところハッキリと知らなかったけれど、彼の言葉を聞いてもっと意味が解らなくなる。
島の人間にとっては不思議で仕方がない。そして、ちょっと不気味に思える。
「なんで知りたいんだ?」
タロタロが何となく用心深い気持ちで聞いた。フラミィもママも、ちょっと姿勢を正して、パーシヴァルの答えを待った。
パーシヴァルは身構える三人に居心地が悪そうにしながら、「それは、僕、にも、わからない」と、ゆっくり答えた。
「何か、発見、したり、知ったり、すると、自分、の、人生、生きて、いる、と、感じ、ます」
*
晩御飯が終わる頃、オジーがパーシヴァルを呼びに来た。
オジーは薬草が見つかって以来パーシヴァルに随分心を開き、自分の持っている薬草の知識や、島の言い伝えを彼に聞かせるのを嫌がらなくなっていた。
でも、オジーの本当の目的は、島の盤上ゲームだ。
ゲームをパーシヴァルに教えたら、すぐにルールを覚えて好敵手になったので、そっちを夕飯後の楽しみにしていた。
パーシヴァルはゲームに付き合いつつ、オジーから島の事を色々聞けるし、オジーも楽しい。
二人の関係は良好だ。
パーシヴァルが行ってしまうと、タロタロも家へ帰らなきゃ、と腰を浮かせた。
ママは夕食の残りのウニをタロタロに持たせて、彼をぎゅっと抱きしめた。ママはタロタロを、自分の子供みたいに可愛がっている。なんだかそんな気がするらしい。
きっと、ママはもっと子供が欲しかったんだと、フラミィは思う。でも、パパが風になってしまって、ママはもう子供を授かれない。
ママはまだ若くて美人だから、島ではママをお嫁さんにしたい人が何人かいる。パパの弟のオルラおじさんもその中の一人だ。フラミィはオルラおじさんなら良いなと思う。
けれどママは彼らに俯いて首を振る。
小さな頃はそれに安心していたフラミィだったけれど、最近は心配でしょうがない。
フラミィは、ママが一人きりの時に真珠を眺めているのを知っているから、無理に再婚を勧めたりしないのだけれど……やっぱりその姿を見ると、誰かと一緒になった方が良いのじゃないかしらと思う。
真珠を貰うのって大変な事だなぁ、と、フラミィは思った。
それから、シェルバードの崖で妄想した『真珠をくれるパーシヴァル』を思い浮かべる。
彼は、発見をしたり何かを知ったりする事で、生きている、と、実感できると言っていた。
フラミィはそれを聞いて、彼は島にずっといない人なのだとハッキリと意識した。
何故なら、彼のその気持ちは、フラミィの『踊りたい』という気持ちと一緒だと、分かったからだ。
――――私は『踊り』、パーシヴァルは『発見と知る事』……。
『私は幾筋かに流れ』
ルグ・ルグ婆さんの踊りを思い浮かべる。
「かえり道……」
そっと呟いた。ほとんど満月になりかけている月を、フラミィは見上げる。
――――私やパーシヴァルは、見つけたのかしら? それとも、見つけられたのかしら?
ヤシの林の向こうでは、静かな海に月の光が反射して黄金の道が出来ている。黄金の道は浜まで続いてゆらゆら揺れていた。




