真珠を秘める崖
糸紬の仕事が終わってフラミィとタロタロがパーシヴァルを誘いに行くと、パーシヴァルは何やら綺麗な紙と向かい合っていた。文字や絵がいっぱい詰まった分厚い本を下敷きにして、背中を丸め屈みこむ彼は、心なしか微笑んでいて、幸せそうに見えた。
そっと覗き込むと、いつものエンピツではなくて、尖った先が金色にピカリと光る物で文字を書いていた。
パーシヴァルは二人に気付きつつも顔を上げず、覗き込む二人に「やぁ」と声だけ上げた。
「どうして尖った先は金色なのに、黒い文字が出て来るの?」
「ふふ、ペン先、から、インク、が、出て、来ます」
そう答えながらも、彼は熱心に紙に向かっている。
彼の脇には煙草の吸殻が溜まっていて、吸い掛けの煙草が細い煙をゆらゆらさせていた。
「つまんね! ネーネ、泳ごうぜ」
タロタロは早々にパーシヴァルの続ける作業に飽きて、海へ飛び込んで行ってしまった。
フラミィは、なんだかその熱心さがちょっと面白くなくて、パーシヴァルの気を引きたくなる。
「何を書いているの?」
「手紙、です。妹に」
「パーシィ、妹がいるの?」
「はい。凄く、良い妹、です」
「ふぅん……いいな」
パーシヴァルみたいな兄がいたら、きっと楽しいだろうな。フラミィは彼の妹という人をとても羨ましく思った。
パーシヴァルがようやく微笑んでフラミィの方を見た。
「そう、思いますか?」
「うん」
素直に頷くと、嬉しそうに頭を撫でてくれた。あんまり良い兄貴じゃないんですよ、みたいな事を言って。
「私も欲しいな」
「手紙?」
手紙じゃ無くて、パーシヴァルみたいなお兄さん。そう訂正しようとして、フラミィは止めた。妹みたいに思ってるよ、とか、パーシヴァルは簡単に言いそうだったから。そんなのはイヤだ。やっぱり妹はイヤ。
「ん、でも文字が分からないわ」
島の外には滅多に用事は無いし、皆歩いて連絡を取れる距離に住んでいる。生きて行くのに文字がそんなに必要ない。数字は紐の結び目の数で記したり残したりするけれど……。
だから文字らしいものや手紙を扱うのは、オジーや他の島の代表辺りくらいだ。
それに、きっとパーシヴァルの書く文字は、オジー達が書く文字と種類が違う事だろう。
「教え、ます」
「え、ほんとう?」
パーシヴァルは微笑んで頷いた。
フラミィはパァッと顔を輝かせる。島の散策以外でも、パーシヴァルとの接点が出来て嬉しい。
じーんと喜んでいるフラミィに、パーシヴァルはこんな事を言った。
「お返しに、踊りの、意味、を、教えて」
フラミィはそんなの朝飯前だ。ウンウン勢いよく頷いた。
「やった」
と、パーシヴァルは言って、もう少し待ってねと、また手紙にペン先を走らせ始めた。
フラミィは目をキラキラさせて暫く大人しく彼の傍に控えていたけれど、お日様の位置が気になりだしてそわそわした。シェルバードの巣はマシラ岳の東側にあるから、午後からグッと薄暗くなってしまうのだ。
「パーシィ、それ、長くなる?」
「んー、もうちょっと、です。なぜ?」
「あのね、シェルバードっていう鳥がいて、その鳥の巣のある崖へ、探し物をしに行くのだけど……一緒に行かないかと思って誘いに来たの」
「行きます、行きます」
パーシヴァルは即答した。ペン先の動きが早くなる。
「もうちょっと、ですから」
「うん……」
フラミィは手紙の邪魔をしたい気持ちがちょっとだけあったけれど、それが成功してしまうとパーシヴァルの妹という人に申し訳なくなった。
パーシヴァルは、同じく紙で出来た袋に手紙をたたんで入れると、何か印を書いて封を閉じた。
彼は、ふ、と満ち足りた様な息を吐いた後、フラミィの方を見た。
「終わり、ました!」
碧い瞳が、『行きましょう!!』とキラキラ輝いていた。
*
マシラ岳の東側は緩やかな段々のある崖になっている。その段々に所狭しとシェルバードの巣があって、彼らの集める白い物に埋め尽くされて一面真っ白だ。
「ふむぅ……不思議な生きものだなぁ。鳥みたいだけど、魚みたいでもある……」
巣にくつろぐシェルバードを崖の上から観察して、パーシヴァルが独り言を言った。
フラミィは彼に、シェルバードの事を色々教えてあげた。一つ特徴を言う度に、パーシヴァルは深い感心を見せて「へぇー」とか「ほぉー」と声を上げた。
「大人しい、ですか?」
「うん。優しい生き物よ」
パーシヴァルの問いに、フラミィは頷いた。
しかし、パーシヴァルは用心深気にフラミィの目を覗き込む。
「でも、巣、探り、ます」
あー、と、フラミィとタロタロが顔を合わせた。
わざわざシェルバードを怒らせた事のない二人は、シェルバードが何かしてくるなんて考えもしなかったのだ。二人は、遊び上手で優しい彼らしか知らなかった。
「大丈夫だと思う。結婚の贈り物に、シェルバードの巣から真珠を採ったりするし」
「へええ~、真珠! なるほど。そんなものも……」
「そそ、シェルバードと女は真珠が好き」
「どうして男の人は好きじゃないのかしら?」
タロタロの言葉に、フラミィは不思議がった。
フラミィは、パパがママに贈ったという真珠を見せて貰った事がある。
ママがいつも首から下げている御守りの小袋からそっと取り出された真珠は、艶々照っていて、清らかな夢の雫みたいだった。抱きしめて、心の中を綺麗に掃除してくれるような宝石だと、フラミィは思う。
「僕は、真珠、好き、です。神秘的……」
「真珠を見た事があるの?」
「はい。妹が、持って、ます」
パーシヴァルはそう言って、「妹にあげたいなぁ」とシェルバードの崖を見下ろす。
「パーシィの妹は結婚しているの?」
「して、ません」
パーシヴァルが強めに妹の結婚を否定した。考えたくもない、という様子だった。
「ふぅん?」
じゃあ、どうして真珠を持っているのだろう?
フラミィは不思議に思ったけれど、取りあえずシェルバードだ。崖は緩やかで段々だから、慎重に歩けば足場は十分ある。けれど崖の頂上から下を覗けば、やっぱり怖い。崖はマシラ岳の頂上から海まで休みなく続いていて、物凄い高さだ。
そして、礁原の時も広範囲だったけれど、こちらも圧巻のスケールである。
フラミィはちょっとクラリと来て、喉を鳴らした。
――――でも、探さない訳にはいかないんだから。満月の夜のお祭りが終われば、ルグ・ルグ婆さんも手伝ってくれるんだし、大丈夫よ。
「よし、行こう」
「おう。留守の巣や、寝てるヤツのを選ぼう」
「騒がないと良いけど」
「待って、ロープ、は?」
パーシヴァルが二人を止めて言った。どうやら彼の想像以上の高さだったらしい。
タロタロが鼻で笑った。
「んなもん、大丈夫だよ」
「でも、落ちたら」
「次の段に落ちるだけさ」
「うーん……では、今日、は、一番、下、から」
せっかくマシラ岳の頂上まで登って来たのに、と、フラミィとタロタロは顔を見合わせた。
でも、二人の表情の中には「そうか!」も含まれていた。
「そうだね、何も一番上から探さなくてもいいかも」
それに、高いところは宙に浮けるルグ・ルグ婆さんの助けを借りた方が良いとも思う。
「ま、今日は様子見だしな」
タロタロも頷いて、さっさとマシラ岳を降り始めた。
フラミィもパーシヴァルも「張り切って登って損しちゃったね」などと言いながら、タロタロに続く。
先人達が開いた山道を降りながら、パーシヴァルがフラミィに「そういえば」と言った。
「なに、を、探せば、良いですか?」
協力して良いんですよね? そういう感じですよね? といった顔をして、パーシヴァルが尋ねた。
フラミィはちょっと言葉に詰まる。こういう時に要領のいいハズのタロタロは、ずっと先をズンズン進んでいた。タロタロはパーシヴァルより、一歩も二歩も先に行きたいのだ。山歩きなら俺の方が凄い。
「ええっとね……骨なの」
「はい。それは、知って、ます。何の骨か、わからないと」
パーシヴァルは好奇心に目をキラキラさせて問い詰めてくる。こんなに目をキラキラさせる人に、嘘を吐いたら天罰が下りそうな気がして、フラミィはドキドキしてしまう。
「あ、あのね。小さな骨……」
「なんの、動物、です?」
「あのあの……人間なの……」
「人間!?」
パーシヴァルがギョッとして、フラミィに目を見開いた。フラミィはちっちゃくなって、まごまごした。
「そ、そうなの……」
「一体どういう……? ご親族、ですか?」
気まずそうにいたわる様子に、申し訳なくなる。
「いえ、あの……」
「ご葬儀、の、儀式的な……?」
「ちちち、違うの、あの、誰のものか、そこは伏せたいのだけど……駄目?」
「お……お~、フラミィ、もちろん、です。しかし、僕、深入りして、いい、ですか?」
「いいです、いいです。出来れば手伝って欲しいの」
なにやら内輪も内輪の話っぽいぞ、と、デリカシーと好奇心の間で揺れているパーシヴァルに、フラミィはペコリと頭を下げて頼んだ。
「はぁ、なら、是非、参加、します!」
ワクワクが止まらない様子で、パーシヴァルが更にフラミィに尋ねた。
「それで、どの、部位、ですか?」




