島で見る夢
フラミィは、ルグ・ルグ婆さんとマシラ岳で待ち合わせの約束をした。
待ち合わせは、ルグ・ルグ婆さんの休暇の都合で満月の晩の踊りの後になった。後5日程だ。
早いもので、満月の晩の踊りを辞めますと言わされ泣いた日から、月の満ち欠けが一回りしようとしていた。
空に光るほとんどの星が消え、明るみ始める中、フラミィはこっそりと家へ帰った。
滑り込む様に自分のベッドにもぐりこんで、目を閉じる。
色々な事があって眠れないかと思ったのに、フラミィはすとんと眠りに落ちて夢を見た。
ルグ・ルグ婆さんや、クジラや、パーシヴァルの変な飛行機、ファイアフライが自由に空を飛んでいる夢だった。フラミィはそれを、上から見ていた。クワクワ鳥の背につかまって、フラミィも空を飛んでいたのだ。
皆楽しそうに飛んでいる。
けれども、フラミィはというと、落ちるのではと心配ばかりしてこの状況を怖がっていた。
『やだー! おろしてちょうだい!!』
クワクワ鳥に懇願すると、『どうして、楽しいのに』と返事が返って来た。
『ほら見て、皆、楽しそうでしょう?』
『皆は楽しいかも知れないけれど、私は飛べないから怖いのよー!』
フラミィが必死でクワクワ鳥にしがみ付き叫ぶと、クワクワ鳥はため息を吐く仕草をして『しかたないわねぇ、怖がりのフラミィ』と言った。
フラミィはグッと黙って、クワクワ鳥の背中の羽毛に顔を埋める。
『そう……私怖がりなの。でも、今夜はンジャを追っ払えたんだからー!』
クワクワ鳥が、クワクワクワーッ! と鳴いた。
『イエーイ! そうね、フラミィ! あなたは怖がりだけれど、勇気がないわけじゃないのよ!』
その鳴き声に応え、ルグ・ルグ婆さんが鏡の布を片手でブンブン振り回し、クジラは高く高く潮を吹き、飛行機に乗っているパーシヴァルが両腕を上げガッツボーズをとり、ファイアフライは明るくチカチカ点滅した。
クワクワ鳥がフラミィを背にしがみ付かせたまま、風を切って旋回した。飛び去っていく風の音は、祝福の口笛だ。
『だから、さぁ、いち、に、さん――――!!』
クワクワ鳥がそう言って、フラミィを宙へ放り出した。
一面の群青の空がくるりとひっくり返り、フラミィの視界の中、お日様がグルグル回ってあっちこっちで光った。
「きゃああああーーーっ!? 酷いわ! 私は皆みたいに飛べないのに!」
悲鳴を上げて落ちて行く先に、キラキラ光る泡に包れた島が見える。
島はサンゴ礁に荒波から守られて、穏やかな波の泡を縁に纏いゆったりと碧い海に寝そべっている。
ああ、私の島、と愛しさが込み上げた。
私の島。島の大地に足を着けたい。お日様に熱せられた熱い砂の上、満月の光で幻みたいに光る砂の上、足首をくすぐる草の上……足を着けて立ち、そして。
『踊れ、踊れ』
クワクワ鳥が、落下するフラミィの傍まで飛んで来て囁いた。
ルグ・ルグ婆さんもフラミィの傍に飛んで来た。クジラも、飛行機も、ファイアフライも。
『踊れ、踊れ!』
フラミィは鼓舞されて構える。
『風はいつも』と、クワクワ鳥が言った。
フラミィは両腕を流れる様にクロスさせてから、開いた――――。
*
上手だね、と、温かい声がたくさん重なって聴こえた気がした。
けれど、そんな声要らない。
欲しいのは左足の親指の骨。
こうして踊る事ができたら、どんなにいいかしら?
*
朝ご飯が終わると、フラミィはタロタロに昨夜あった事を話した。
ンジャとの事は、約束なので話さなかった。タロタロはンジャとの事を聞いたら、フラミィにお説教をした事だろうし、ンジャに何かしら報復を与える為に躍起になるだろうから、フラミィが誠実で良かった。
タロタロはフラミィと一緒に綿繰りをして綿だらけになりながら、
「シェルバードかぁ」
と呟く様に言って、マシラ岳を見た。フラミィも彼の視線を追ってマシラ岳を見る。
マシラ岳は今日も朝日を背負って、くっきりとそびえていた。
「骨を巣に持って行っちゃってるんじゃないかって、ルグ・ルグ婆さんは言うの」
「アイツら、歯も好きだもんなぁ」
シェルバードは、予知能力でもあるのか、歯の抜けそうな子供を見分ける事が出来る。
何処か岩陰から子供達を観察し、歯の抜けそうな子供を見つけると寄って来て、その子供の歯が抜けるまでは、仲良く海で泳ぎ遊ぶ。マシラ岳の東側――シェルバードの巣がある崖の下には砂浜が無く子供はあまり近寄らないから、シェルバードの方が子供達の遊ぶ砂浜へ出向いて来るという熱心さだ。
島の子供達は、シェルバードとの短く楽しい友情を楽しむ。そしていよいよ歯が抜けると、泳ぎを教えてくれたシェルバードにあげるのだ。
島の人間は皆そうして大人になるので、最高で二十羽分のシェルバードの思い出があるのだった。
「タロタロ、まだ抜けそうなの残ってる?」
「一本、グラグラしてるのがあるぞ。これで最後かなぁ」
「あら、おめでとう。シェルバードと、どの浜で遊ぶの?」
「いや、この前寄って来た時断ったんだ。俺、あんまりシェルバードが好きじゃねぇんだ」
「どうして?」
フラミィはシェルバードが好きだ。だからちょっとビックリして聞いた。
茶色いふわふわの羽毛に覆われたポテンとした身体はかわいいし、二本の手びれを使ってペタペタ這って来る一生懸命な姿を見ると駆け寄って撫でたくなる。
真っ白なお腹に頬を埋めさせ、海をぷかぷか浮いてくれたのは上の歯の時のシェルバードだっただろか……。
タロタロが腕を組んで言った。
「なんだろ、アイツら歯を貰ったらアッサリ帰って行くだろ?」
「寂しいのね?」
「うーん、それもあるけど、何か欲しいから仲良くするって俺はイヤなんだよ。だから俺はアイツらに歯をやらない」
ふぅん、と、フラミィは相槌を打った。
わからなくもない、と思う。シェルバードは、歯を手に入れると本当にアッサリと帰って行くから。
その後ろ姿に泣く子供はたくさんいる。フラミィも、初めてのシェルバードには泣かされた。
そういえば、タロタロもそうだったかもしれない。
それでもフラミィは、愛しくて貴重な経験をさせてくれる素敵な鳥だと思う。
そんな事をほわわんと思っていると、タロタロが何を心配したのか「大丈夫だぞ」とフラミィに言った。
「フラミィにならあげるよ。シェルバードにやるなり、好きに使って」
「うん、ありがとう」
「じゃ、さっさと終わらせて行こうぜ」
フラミィは頷いて、タロタロと綿から種を取り出す作業に没頭した。
そうして綿打ち、糸つむぎまで辿り着くと、日は西へ微かに傾きかけていた。
果物を採って腹ごしらえをしながら、タロタロが「ぱーしばるはどうすんの」と、低い声で聞いてきた。
フラミィは、シェルバードを見てウキウキとメモを取るパーシヴァルの姿を思い浮かべ、笑った。
「きっと喜ぶよねぇ」
「鍾乳洞の時は俺の方が役にたったけどな!」
「はいはい。パーシィは薬草を見つけたわね」
「お、おう……」
タロタロの家で飼っている豚が、その草のお陰で元気になったので、彼はパーシヴァルに恩がある。
それに、鍾乳洞捜索の時のパーシヴァルは本当に楽しそうで、自分の島をあんな風に喜ばれるのは悪い気がしない。きっとシェルバードを見て目を輝かすだろうと思うと、それを見て見たい気になる。フラミィに必要以上に近寄らないなら、ちょっとくらいなら仲間に混ぜてやってもいいと、タロタロは思い始めていた。
「探す人手は多い方が良いし、骨探しを手伝うならいいと思うけど?」
「あら、駄目。骨の事は言わないで」
「どうして?」
「どうしてって……骨が無いのを知られたくないから」
タロタロは首を傾げる。
「なんでかわかんねぇケド……ネーネの骨だって言わなきゃいいだろ?」
「誰のか聞かれたら?」
「そこは秘密にすりゃいいんだよ」
「そんなので手伝ってくれるかしら?」
タロタロは肩を竦める。
俺がいなきゃ駄目だなぁ、なんて彼が思うのはこんな時だ。
「手伝わないならついてくんなって言えばいいんだよ」
そっか、そうよね、と、真面目に頷くフラミィに、タロタロは苦笑する。
――――あー、どうかネーネに変な狼が寄って来ませんように!
なんとしても守り抜かなくては、とタロタロは何度目かの決意をする。
もしも狼が寄って来たら、ネーネはあっという間に食べられてしまうに違いない。
食べられてる事にすら、気付かないかも。
俺が追い払ってやらないと!
タロタロは嬉しそうに笑うフラミィを見上げ、口の中でぐらぐらする歯を忌々しく思った。
タロタロは早く大きくなりたい。
パーシヴァルより、ココナッツ一個分大きくなろう。それからムキムキになって、飛行機にも乗るんだ。
それが最近の彼の夢である。




