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我輩は誰である?
名前は、まだ知らない。
……。
いや、こんな事を考えて現実逃避している場合ではない。
現実を見つめなくては。
……そう、現実を。
俺はどうやら転生したようだ……と言う現実を。
目覚めてからずいぶん悩んだが、それしか答えが出ない。
いや、それでもまだ本当だろうかと思い直してしまう。
だがしかし……。
……。
もう、何十度と考えたが、もう一度、もう一度だけおさらいして見よう。
***
俺は日本生まれの日本育ち。
生粋の日本人だ。
海外に興味はあるが、外国語は少々苦手。
両親が小さい頃に亡くなり、育ててくれた祖父母も俺が中学生の時に他界した。
両親と祖父母の遺産が幾らかあったので、その後も学校を通う事は出来た。
ただ、親類縁者も無く友人にもさほど恵まれなかったため、良い思い出もさほど無い。
というか、祖父母の他界後は、悪い思い出のほうが多かった。
俺は何もかもが完璧な人間というわけではなかった。
が、善悪どちらの人間かといえば、悪ではなかったと思う。
なるべく思いやりを持って人と接したつもりではいた。
標準的な正直さ、誠実さ、善意はあったと思う。
ただそれらは、さほど報われる事はなかった……。
もっとも、報われたいからとか、評価されたくて、何か良い事をしたわけでは無いけど……。
やった事とまったく逆の冤罪評価。
調子の良い奴の手柄横取り。
あまりに理不尽な扱い。
そんな結果になる事が多かった。
俺は人生の中で、標準と比べると、酷な評価を受けることが多かった。……と思う。
幼い頃から、俺はそんな経験をよくしていたが、唯一祖父母は俺を分かってくれて、優しくしてくれた。
ただその理解者すら失って……。
だから祖父母の亡き後は特に、悪い思い出のほうが多かったのだ。
たぶん俺はタイミングとか、人とか、立場とか、色々なものが少し恵まれないタイプだったのだと思う。
言って見れば、運に恵まれないタイプだったのだ。
だからあの時、子供を助けた瞬間も……。
――日曜日、晴れ渡る春の昼下がり。
――綺麗な桜と花見客たちで溢れる並木道。
――突如響き渡る大きなクラクションの音。
――道の真ん中で呆然と立ち尽く三歳くらいの子供。
――母親らしき女性の悲鳴。
――ただ唖然としている父親らしき男性。
――迫り来るトラックに子供が轢かれそうになって……。
――俺は咄嗟に飛び出した。
――子供を突き飛ばし!
――俺もギリギリ道の端まで逃げられる!
――そう思った瞬間!
――トラックの脇からトラック以上の猛スピードで大型バイクが走って来た!
――あっ! と、思った直後に衝撃と共に意識を失った。
その後、意識を取り戻した俺は、知らない天井を見て最初(ああ、病院か)と思った。
しかし、それにしては妙なのである。
まず、周りの調度品がおかしい。
とても病院とは思えないのだ……。
天井からはシャンデリアが下がっている。
さらに俺の寝ているベッドは、天蓋がついているし……。
そのベッドの周りを囲むように、ベビーベッドの柵のようなものもある。
他にもおかしな点がある。
身体が上手く動かせないのだ。
動かそうとするとむず痒い感覚に襲われて上手く動かせない。
さらに声もあまり上手く出せない。
と言うか、舌が上手く回らない。
バイクにぶつかった事故のせいかとも思ったが、それにしては痛みも無い。
麻酔が効いているのだろうか……そう思っても見たが……。
なんとか無理やりに動かした手を見て、……見て……。
……知らない赤ん坊の手だ。
グー、パア、グー、パア、グー、パア……。
俺の意識にあわせて、手が微妙に閉じる開くを繰り返す。
***
何度考えて見ても結論は同じである。
たぶん俺は、転生したのだ。
あのバイクとぶつかって、死んでしまったのだろう。
最後の最後まで、運が無かった。
……いや、逆に記憶そのままに生まれ変わったのだから運が良かったのだろうか?
いや、いや、死んでしまったのだからあの人生は運が無かったのだろう。
ただ前世の記憶を持ったまま生まれ変わった新しい生、と言う意味では幸運に恵まれたのかもしれない。
……そうだと良いな。