男たちの挽歌(2)
トパーズタウンの、老人福祉施設における公金横領事件。
この醜聞はマイケル・マッカートニーによって大々的に公開された。
公開されるや否や、事件は当初の予想を超えて、あちらこちらに大きな波紋を投げかけた。
抜け目ないマッカートニー家の二代目は、女の情報を鵜呑みにせず、手下を使って徹底的に資金の流れを調べさせ、十分な証拠を伴って告発した。
あの女の言ったことはほぼ事実で、トパーズタウンの老人福祉施設での公金横領は、比較的簡単にそれを証明できたのだが、その過程でさらに別の場所の、同じような不正を暴くこととなった。
つまり、当のマッカートニーの住むセルダンタウンの福祉施設にも、同じような横領がはびこっていたのである。
どこでも、腐った役人や上層部の考えることは同じというわけであろう。
「驚いたな」
ため息交じりに言ったのは、ため息などとは最も縁の遠そうな凶銃使い、ティンプリーミである。
マッカートニーも肩をすくめてうなずいた。
「まったくです。でもまあ、どこでも上の方って言うのは、誘惑が多いですからね。己を保っていなければ、腐るのは簡単だって事なんでしょうが。私も含めて、ウチの連中も少し気を引き締めさせないといけませんねぇ」
「そうじゃねえよ」
ティンプリーミは首を横に振りながら、友人にイタズラっぽい目を向ける。
「この騒ぎで、オマエさんの株が驚くほどあがっちまったことに驚いたのさ。知ってるか? 今じゃ街の連中、いや、セルダンタウンだけじゃなくトパーズタウンの連中まで、オマエさんのことを見直して『町長に』なんて声が上がってる始末なんだぜ?」
この街の情報のほぼすべてを掌握する男は、またもや肩をすくめるしかないようである。
「ああ、聞いています。でも、そんな話は一過性の熱病みたいなものですよ。マッカートニー家がこのあたりの産業の裏側を牛耳っていることは、誰だって知っていることです。そんなウラの人間に、表に出てこいなんて、本気で思っている奴がいるものですか」
「へえ」
ティンプリーミは面白そうにマッカートニーの顔を覗き込む。
「オマエみたいに賢い男でも、わかってないことはあるんだな?」
「どういうことです?」
「あのな、ここいらの人間ってのはさ、飽き飽きしてるんだよ」
「なにに?」
「すべてにさ」
ティンプリーミは目の前のグラスに、サイドボードから勝手に取り出したアルマニャックをどぼどぼと勝手に注ぐと、水でも飲むようにぐいと干して、不敵な笑いを浮かべた。
「こないだの祭り、覚えてるか? トパーズタウンで二週間ほど大きな祭りがあっただろう? なんでも昔あそこにいた、ユダとか言う男が始めた、大掛かりなバイクウィークが」
「ああ、ありましたね。ずいぶんと大成功だったみたいじゃなですか? トパーズが取れなくなってから、閑古鳥が鳴きまくる不景気な町だったのが、あれ一発でずいぶんと町が潤ったって聞きました」
「ああ、その通り。あのときの若い連中の盛り上がり方って言ったら、とても寂れたトパーズタウンとは思えない盛況だった」
「ええ」
「いや、若い連中だけじゃない。年寄り達だって、大騒ぎを繰り広げていただろう?」
「そうですね。荒っぽいはずの単車乗りたちが、地元のテンションに面食らっていたくらいでしたね」
「だろ? それだけみんな、刺激つーか生きがいみたいなものに飢えてたんだよ。シケた何の変化もねえ暮らしに、飽き飽きしてるんだ。ただ、金がねえから仕方なく、しょぼくれた生活に甘んじてるんだ」
アルマニャックのグラスを眺めながら、すこし寂しそうにティンプリーミは肩をすくめる。
「それでも何とか暮らしていけるうちは、誰も冒険なんてしようとはしない。守るものがあるやつほど、それは仕方ないことだ。だけど今回の祭りで、何かきっかけがあれば暮らしが大きく変わるかもしれないっていう可能性に、みんな気づいたんだ」
「きっかけ……」
「そうだ。何年も町を離れていたユダなんて男の持ってきた話に、みんな簡単に乗っかっただろう? もしかしたら、って希望を持っちまうんだよ、ヒトは」
「それはわかる気もします。そして結果的に、ユダの持ってきた話は大当たりしました」
「うん。だが、それは重要なことじゃない。いくら当たったといっても、年にいっぺん二週間ばかりの祭りの上がりで、みんながみんな潤うわけじゃないからな。だが祭りが当たったことで、連中は火がついちまった」
「次の何かをやろうっていうんですか? そんな話は聞いて……」
「バカたれ、全然わかってねえな。言っただろう? ずっと守ってきたやつがそう簡単に攻めに転じられるわけはないんだ。もちろん気持ちは攻めたいと思っているさ。だが、次もうまくいくとは限らない。でも、何か大きいことをやりたい」
「はあ」
「はあ、じゃねえよ。察しが悪いな。そんなときに、希望が具体的な形を持って現れたんだ。わかるか? 連中が乗っかってもいいって言う、でかい船が見つかったんだよ」
「え? あ……」
口を開いたまま絶句したマッカートニーに、ティンプリーミはにやりと笑って見せる。
「そう、おまえだ」
「な……」
「あのマッカートニーが、不正を暴いた。そういえば二代目になってからは、昔のように非道なことがなくなった。人買いかと思われた話でさえ、実は近親姦から女の子を守るための方便だった」
「いや、待ってくださ……」
「もしかしたら、二代目のマッカートニーは、頼れるんじゃないか? 自分達を、今のどうしようもない状況から救い上げてくれるんじゃないか? 連中がそんな風に思ったとしても、無理はない」
思わぬ話の展開に、さすがのマッカートニーも言葉を失って、このずいぶん年上の友人の顔を、ただ呆けたように見つめるしかない。
「完璧だよ。どれだけ綿密に計画しても、ここまでの完璧な状況は作れるモンじゃない。偶然とはいえ、オマエには恐ろしいまでの天運があるな」
「そんな……」
「つまり連中は、新しいヒーローが立ち上がるのを、いまや遅しと待ってるんだ」
「私は……」
「ユダの持ってきた話でさえ、アレだけ盛り上がったんだ。それが今度は、莫大な資産と巨大な組織を持つオマエが……マイケル・マッカートニーが中心になって話を進めるんだぜ? 連中が、おっそろしいほど期待するのも無理はないだろう?」
「ですが……」
ティンプリーミは何か言いかけたマッカートニーを片手で制すと、またもごぶりとアルマニャックを飲んで、うれしそうに笑った。
「あきらめろ。お前はこれを期に、裏の顔を捨てて、表に出るんだ。いや、捨てなくてもいい。裏も表も、セルダンタウンもトパーズタウンも、お前が全部面倒を見るんだ。いいな?」
「ティ、ティンプリーミ!」
狼狽するマッカートニーに、ティンプリーミは極上の笑顔で答える。
「あの日、親父の敵を取れって言って来た日、オマエは俺が切なくなっちまうくらい、まっすぐだった。そしてマッカートニーの後を継いでからも、それは変わらなかった 」
「…………」
「俺はさ……本当は、もしかしたら、でかい資産と巨大な権力の前に、オマエも昔の先代みたいになっちまうんじゃないかと心配してたんだぜ?」
「ティンプリーミ……」
マッカートニーは言葉を捜したまま、何もいえない。
その顔を父親か兄のような慈しみの眼で見つめながら、ティンプリーミはうなずいた。
「だが、オマエは変わらなかった。汚い世界でも汚く染まらず、まっすぐに生き抜いてきた。オマエに、ウラの世界は似合わねえよ。もう、いいだろう。表に出て、本来の心のまま、まっすぐに生きてみろや」
それほど自分を心配してくれていたのか。
あの日からずっと、ティンプリーミは自分を……
マッカートニーは熱いもので胸がいっぱいになる。
何か言おうとして口を開きかけたマッカートニーは、思い返して口を閉ざし。
やがて無言のままうなずいた。
力強くうなずいた。
ティンプリーミもうなずき返す。
男ふたり、それ以上の言葉は必要なかった。