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男たちの挽歌(1)

 

「おっさん、カッコつけても、痛い思いをするだけだぜ?」



 周りを囲んだ若者達の代表格が、そう凄んで見せた。


 言われた当のおっさんティンプリーミは、彼らに追われていた女に一瞥をくれ、肩をすくめて半笑いを浮かべている。


 場所とナマリから見て、この若者どもは隣町のトパーズタウンの住人であることは間違いない。本来なら揉め事を避けたほうがいいのだが、なんと言ってもティンプリーミだ。


 こんな口の聞き方をされて黙っていられるほど、この男は大人ではない。



「別にかばう気はねえんだけどな。そう言う態度で来られると、また話は変わってくる」


「なんだ? おまえ何言ってるんだ?」


「別にこの女から金をもらってるわけじゃないし、放っておいてもいいんだけどよ。今日は少しばかり機嫌が悪いんだ。おまえらこそ、とっとと尻尾を巻いてトパーズタウンに帰れ」



 ティンプリーミの言葉を聞いて激昂したのは、目の前にいる若者達ではなく、彼の後ろにいた男どもの方だった。


 ティンプリーミと彼らは街外れのこの場所で、宴会をするために集まって来ていたのだ。そこへこの女が、若者達に追われながら、助けを求めて飛び込んできたというわけである。



「トパーズタウン? てめえら、クソったれのトパーズヤロウどもか」



 男達は気色ばみながら怒声を上げる。


 今度のセリフは分かりやすかったのだろう。彼らはお互いに仇敵を見る目でにらみ合った。



「その女は、老人福祉協会の金を持ち逃げした盗人なんだ。盗人をかばうやつは同罪だぜ? やっぱり山の向こうは盗人ばかりってわけか?」



 トパーズタウンの人間と、山ひとつ隔てたこっちの街セルダンタウンの人間は、コトあるごとにいがみ合っている。


 元々どちらも貧乏な街だったのが、数十年前トパーズタウンにトパーズが産出るようになってから、貧富の差が一時的に拡大した。


 トパーズバブルで金を持ったトパーズタウンの連中は、セルダンタウンの連中を含めたほかの街の人間を、あからさまに馬鹿にするようになったのだ。


 それでも金があるうちはよかったのだが、やがてトパーズが掘れなくなると、今までのやっかみも手伝って、こちらの連中がトパーズタウンを目のかたきにするようになったのである。


 あざけりが憎しみを呼び、復讐が復讐を呼んで、今ではほぼ完全に交流を断絶している。


 落ちぶれた成り上がりと、万年貧乏人の悲しい争いだ。



「なんだと、このヤロウ! 俺達が盗人だって言うのか?」



 一触即発である。


 と。



「まあ、どっちがどうでもいいよ。俺は大の男が女ひとりによってたかって、って言う絵づらが気に入らなかっただけだ。その女が泥棒だって言うんなら、文句をつけるスジじゃねえ」


「でも、ティンプリーミ!」



 後ろにいた男のこのセリフを聞いて、トパーズタウンの若者達は飛び上がった。


 まさかこの男が最強のガンマン、ティンプリーミだって?


 後ろで騒ぐ 男を片手で制したティンプリーミは、穏やかな表情で言い募った。



「というわけで、俺達がもめる必要はなくなったってワケだ。おまえらはその女を連れて速やかにこの場を去る。俺達は何もしない。これでいいな?」



 生ける伝説であり、もっとも凶悪なガンマンであるティンプリーミの出現に腰が引けてしまっている若者達は、ガクガクと首を縦に振ると女を連れてゆこうとした。


 こんなところで、死神ティンプとやりあうなんて馬鹿げている。


 と。


 若者達の隙をついて、女が叫んだ。



「ティンプリーミ! マッカートニーに伝えて。老人福祉協会は……」



 みなまで言わせず若者が女の口をふさぐ。


 するとティンプリーミはゆらりと一歩前に出た。


 若者達はぎくりと固まったまま、彼の一挙手一投足に固唾かたずを呑む。



「待った。マックの名前が出りゃ話は別だ。どうやらその姉ちゃんは俺のダチに用事があるらしい」



 若者達は一瞬鼻白んだが、しかし、死神ガンマンの言うことに逆らうわけにも行かない。それに相手がティンプリーミなら、彼らの上にもイイワケが利くというものだ。


 しぶしぶと女を離した彼らは、悔しそうに唇を噛み締めながら山の向こうへ帰っていった。


 ティンプリーミは女に向かうと、にやりと唇の端を曲げる。



「で? どういう話なんだ?」



 しかし、女は黙ったきり首を横に振るばかりだ。



「おいおい、助けてもらっといて、それかよ?」



 周りの男達がそう凄んでも、女はかたくなに口を閉ざした。



「つまり、マックのところへつれて行け、ということかな?」



 女がうなずくと、ティンプリーミは大げさにため息をついて肩をすくめた。



 



「で、私に伝えたい話というのは?」



 マッカートニーの屋敷の巨大な応接間のソファに、主人のマッカートニー、ティンプリーミ、女の三人が座っていた。人払いをしたため、他には誰もいない。促された 女は、それでもしばらく逡巡していたが、意を決したのか、ポツリポツリと話し出した。



「あたしはトパーズタウン老人福祉協会に勤めているんだ。あたしだけじゃなくて、あたしの彼や他の友達も、ほとんどはあそこに勤めている。あそこはトパーズタウンでもデキの悪いやつばかりが仕方なく就職を決めることが多いんだ。吹き溜まりみたいなもんさ」


「ふむ。まあ経営母体が国だし、福祉施設という性格から言っても、そう言うこともあるでしょう。「老人福祉」と「青少年の非行防止を含めた就職斡旋あっせん」の両天秤というわけですか。まあ、悪い話ではないですね」


「うん、それはもちろん分かってるんだよ。あたしらだってオチコボレばかりだから、給料が安くても、仕事がきつくても、それはそれで仕方ないと思ってるさ。もちろん、中には頭にきて辞めちまうやつも多いんだけれど」



 マッカートニーは、ほう、と少々驚いたような顔で女を見た。



「へえ、オチコボレだなんて自分で言うわりにはまともなコト言うな」



 マッカートニーの代わりにティンプリーミが言った。マッカートニーは無言のままうなずいて、女に話の先を促す。



「でね、その友達のうちの一人が、ここで会計の手伝いをしているんだけど、そいつが最近、おかしなことを言い出してさ。国から助成金がいっぱい来てるのに、なんでこの施設はこんなに経営が苦しいんだろう? って」


「ふむ」


「それでボ……いや、ジャックが、ああ、ジャックてのはアタシの彼氏なんだけど、彼が会計主任をとっ捕まえて、ちょっと脅かしたんだよ。そしたら、驚くじゃないか。国からの助成金は、ほとんど上の人間が掠めてるって言うんだ」



 マッカートニーは真剣な顔でうなずく。それまでは鼻毛を抜きながら聞いていたティンプリーミも、話がここに至ると、改めて座りなおした。



「上の偉いさんが寄ってたかってむしった、絞りカスみたいな残りで、設備代とあたしらの給料を支払うんだ。そりゃあ、経営が楽なわけはないだろう?」


「なるほど。それで君はその助成金を盗んだのですか? どうせ掠められる金だからと?」



 マッカートニーが探るような目つきをすると、女はぶるぶると首を横に振って、気色ばんだ。



「違うよ。そりゃあ、あたしだって金は欲しいけれど、でもね、あたしらは毎日毎日、家族から放り出されたり、身寄りの一人もいない爺さんや婆さんと一緒にいるんだ。あのひと達のお金を、ちゃんとあの人たちのために使ってやりたいだけだよ」


「まあ、言ってることはまともだが、本心だって証拠もないな……」



 疑い深い顔つきのままティンプリーミが鋭い視線を向けると、女はキッとその目を見返す。その様子を見て、マッカートニーは穏やかな声で先を促した。女はうなずいて話し出す。



「だけど、あたし達にはそんな力がないだろ? どうしたらいいか分からなくなっちゃって。で、トパーズタウンの醜聞なら、敵対するこっち側に持ってくれば上手いコト行くんじゃないかと思って。マッカートニーファミリーの名前は有名だから」


「ひとつ聞きますが」



 マッカートニーは人差し指を立てて、女の顔を覗き込む。



「あなたは、本当にこの金が要らないんですね? その老人達のために使っていいんですね?」



 女は一瞬言葉につまったが、思い直して首を縦に振った。



「ホントはさ、彼には少し掠めちまえって言われたんだ。だけど、やっぱしそれって……なんか、寝覚めが悪いだろ? だから、いいよ。金はあの人たちにあげておくれ」


「ははは、彼氏の言うことももっともだが、まあ、そうしないオマエさんの心意気が気に入った。後の話はこっちでカタつけてやるから、安心してトパーズタウンに帰りな」



 ティンプリーミが豪快に笑う。


 が、女はまだ何か言いたいことがあるようで、もじもじと居心地悪そうに座ったままだ。



「まだ、何か?」



 やさしい声でマッカートニーが言うと、彼女は意を決して話し出す。



「サインを……くれない? マッカートニーのサインを持ってれば、彼だってお金を全部あげちまったことに文句は言わないだろうから」



 驚きに、男達の表情が一瞬固まる。


 それから不意に、大きな笑い声が響いた。



「こりゃいいや。おまえもずいぶん人気者になったじゃねえか。先代も喜ぶだろう」


「茶化さないでくださいよ、ティンプ。あなたの名前を聞くと、いまだに義父さんは青くなって食欲が減退するんですから。まあ、今じゃすっかりいいおじいちゃんになって、孫と遊ぶのだけが生きがいですから、あなたが殺しに来るなんてことは思ってないでしょうけど」



 そういって笑ったマッカートニーは、女に視線を移すと、優しい声で言った。



「私のサインなんか、それほど価値があるとは思えませんが、まあ、欲しいというのなら書きますよ」



 数分後、マッカートニーのサインを大事に抱えた女は、やけに足早く屋敷を去ってゆく。


 その後ろ姿を見ながら、二人の男は顔を見合わせて苦笑していた。




 

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