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人買いバズー(2)

 

「マッカートニーと知り合いなら、最初から言ってくれればいいのに」



 バズーは口を尖らせて、それでもティンプリーミが怖いから、小さな声で言った。


 その言葉を耳ざとく聞きつけたティンプリーミはニヤリと笑い、バズーは思わず首をすくめる。


 マッカートニーのところへ乗り込むと、驚いたことに、彼らの対応はとても丁重だった。


 上等のウイスキーとうまい料理を出され、それを食っているうちに、マッカートニーところの若い衆が老人の孫娘を連れてきた。


 孫娘は恐怖のあまり、状況がわからなくなっているようだった。せっかく迎えに来た老人が触れようとすると、悲鳴をあげてあとずさってしまう。


 老人は怒りに満ちた顔でマッカートニーをにらみつけた。しかし、若くして養子に入ったマッカートニー家の二代目は、そんな目つきにびくともしないで黙殺する。


 そして、ティンプリーミの方へやってくると、深深とお辞儀をした。



「お久しぶりです。お変わりはありませんか?」


「よう、すっかり二代目が板についたじゃねえか。先代はどうしてる?」


「初孫にメロメロですよ。今は完全に引退して、のんびりと暮らしています。あなたには御礼の言いようもありません」


「やめてくれよ」



 照れくさそうに笑いながら、ティンプリーミはタバコをふかした。それから真面目な顔になると、マッカートニーの若き当主に向かって鋭い視線を浴びせた。



「なあ、おまえの人買いをとやかく言うつもりはねえが……」


「わかっています。私は何も恥ずべき事はしていませんよ」



 何が恥ずべき事はしていないだ。人買いの親玉が偉そうに。


 バズーは心の中で毒づいたが、もちろん口に出せるわけがない。黙ってふたりのやり取りを伺っていた。


 その間に娘は、マッカートニーの医者に鎮静剤を打たれて安らかな眠りに落ちている。


 老人と孫娘は、一足先に車に載せられて家に返された。


 彼らが帰ってゆく様を黙って眺めていたふたりは、その後どちらからともなくお互いの顔を見る。


 しばらくにらみ合っていたが、やがてティンプリーミはにやりと笑うと黙ったままきびすを返し、マッカートニーの屋敷を後にした。


 そして、冒頭のバズーのセリフとなるのである。




「マッカートニーと知り合いなら、最初から言ってくれればいいのに」



 首をすくめたバズーに向かって、ティンプリーミはタバコをくわえながら言った。



「まあ、こうなるのはわかっていたんだ。問題はコレからさ」


「これからって、どう言うことです? マッカートニーが、またあの娘を狙うって言うんですか? あ、それとも顔をつぶされたから、俺たちを襲うって言うんじゃ?」


「ははは、おめーなかなか想像力が豊かだな。ま、万が一襲われたってマッカートニーの手下ごとき何でもねえよ。安心しな」



 バズーたちは、マッカートニーから仕事を貰っているからと言うだけでなく、彼らの暴力が怖くて逆らえない面もある。


 それなのにこの男は、いとも簡単に「なんでもない」と言ってのける。


 やっぱり、俺たちとは根本的に何かが違うんだなぁと思いながら、バズーは黙ってティンプリーミの後に続いた。


 そうするしかないではないか。


 ティンプリーミの後についてたどり着いたのは、先ほどの老人と孫娘の家であった。


 いぶかしむバズーに向かって、ティンプリーミは人差し指を唇に当てる。そのままふたりで家の裏まで回りこむと、裏の窓から中を覗き込んだ。


 と。


 家の中では、信じられない光景が繰り広げられていた。



「このバカが! おいセバスチャン! 俺たちの隙をついてこの娘を人買いに売れば、逃がしてやれるとでも思ったか? ナメたマネをしてくれた礼だ。おまえらに地獄を見せてやる!」



 顔を真っ赤にして怒り狂っているのは、バズーに突っかかってきた孫思いの老人……だったはずの男だった。


 そして彼の目の前では、使用人らしき格好をした男と先ほどの孫娘が抱き合って震えていた。


 老人は薄気味悪い酷薄な笑みを浮かべて、手にしたムチをしごいている。


 使用人と孫娘の身体には、すでに数条のムチの跡が刻まれていた。男の方がより切り刻まれているのは、女をかばったからだろうか。


 バズーが呆気に取られていると、ティンプリーミは突然、窓を叩き割って部屋の中に飛び込んだ。


 驚いた老人が振り返る。


 次の瞬間、彼は寸分たがわず自分に向けられたティンプリーミの銃口を覗き込む羽目になった。驚きでそのまま硬直している。


 それにはかまわず、ティンプリーミは窓を振り返ってバズーを呼んだ。



「おい、ノッポ。こっちに来い」



 そうしている間も、ティンプリーミの銃は微動だにしない。


 ようやく呪縛が解けて何か話し出そうとした老人に、ティンプリーミはすばやく駆け寄ると、そのゴツイ銃身を口の中に突っ込んだ。



「俺はな、てめえみたいなヤツとは一秒だって口をききたくないんだ。何か言いたきゃ、マッカートニーの屋敷についてから、やつに向かって言うんだな。もっとも、やつが言い訳の機会を与えてくれるかどうかは知らねえがよ」



 老人は驚愕に見開いた目で口に突っ込まれた銃身を見つめながら、ガクガクと人形のようにうなずく。


 しかし、ティンプリーミはそんなものにひとしずくの興味も示さず、部屋の隅で震えているふたりに向き直ると、驚くほどやさしい口調で言った。



「おまえらもマッカートニーのところへ行け。仕事なり身の振り方なり、今後の相談に乗ってくれる」



 ふたりは抱き合ったままうなずく。


 と。


 そこへ、どやどやと人が現れた。集まった老人の手下どもは、手に手に武器を持ってティンプリーミとバズーを囲んでしまう。


 震え上がったバズーに向かって片目をつむって見せたあと、ティンプリーミは老人の口から銃を引き抜いた。


 ここぞとばかりに手下へ何か叫ぼうとした老人のわき腹に、思いっきりブーツの先を喰らい込ませる。



ぎぇふっ! 



 肺の中の空気を吐き出して気絶した老人をつま先で蹴転がすと、ティンプリーミは銃をゆっくりと手下に向けた。


 そのまま不敵な笑みを浮かべ、穏やかに話し出す。



「ティンプリーミに向かって銃を向けると言うことが、どう言うことだかわかってないようだな? 誰でもいい、親のいない奴からかかって来い。親のいる奴は、親不孝の許しを神に祈ってからにした方がいいな」



 男たちは明らかに逡巡していた。


 ティンプリーミを敵に回す覚悟がつかないのだ。


 突然、あたりが明るくなる。


 同時に、拡声器のバカでかい声が、マッカートニーの手下が周りを包囲したことを告げる。



「くそったれ!」



 ひとりの男がティンプリーミに向かって銃を放とうとした瞬間、爆音とともに男の首から上が吹き飛んだ。



「だから言ったろうが」



 銃口から出る煙をふっと吹きながら、何事もなかったかのような調子でティンプリーミがつぶやく。


 その姿を見て、残りの男たちは抵抗の意思を失った。


 やがて大勢の男たちが老人の家になだれ込んでくると、あっという間に全員を拘束してしまう。


 縄を打たれてとぼとぼと歩き出した老人に向かって、ティンプリーミは意地悪な笑顔で言った。



「おい、じいさん。約束の金は、必ず取り立てるからな? 帽子いっぱいの金貨、俺に払うまではマッカートニーに殺さないように言っておくからよ?」



 振り返った老人の顔には、絶望の二文字が刻まれている。


 マッカートニーの部下が老人を含めた男たちをあらかた連れて行ってしまうと、バズーとティンプリーミは老人の家を後にした。





「いったい、何がどうなっているんです? 俺にはカイモク見当がつかないですよ」


 バズーの質問に、ティンプリーミはまじめな顔で答えた。



「あの、マッカートニーの二代目ってのは、もともと俺の知り合いなんだ。あの男がやっていたのは人買いじゃねえんだよ」


「でも、俺はマッカートニーの下で、女の子を運ぶ仕事をしてましたよ?」


「あのな、おまえは荒っぽくて恐ろしいのは、酒場に集まるような荒くれ者だと思っているだろう? どっこい、俺も含めてああいう単純な体力バカは、別にそれほど怖いもんじゃねえんだ。話してみりゃ、気のいいヤツラばっかりなんだよ」


「そ、そんなもんですかね?」


「ホントにおっかねえのはよ、いかにも善良な市民風のやつさ。やつら、自分より弱い者には平気でものすごく残酷になるんだ。そういう隠れた悪党のせいで泣かされている人間ってのは、荒くれ者に殴られる人間より、よっぽど多いんだぜ?」



 考え込んでしまったバズーの顔を覗き込みながら、ティンプリーミは話を続ける。



「特にこのあたりは、昔っから近親姦の多い土地柄でな。年寄りの中には、てめえの娘や孫に手を出すのを、あたりまえのように考えているヤツラも大勢いる。マッカートニーの二代目は、そういうヤツラから娘っ子たちを救うために、力で強引に買い取っていたんだ」


「な……」



 突然、逆転した背景。


 バズーは混乱したまま二の句が告げない。



「年寄りにしてみりゃ、昔はてめえのオヤジなんかもやってたことだと思うから、あんまり罪悪感がねえんだよ。そんなヤツラに、道徳だのなんだの言ってもはじまらねえからな」


「そうだったんですか……」


「コレで少しは、自分のやってきたことに自信が持てるか? 死んじまう女の子が多かったのは、貧乏で栄養失調だったんじゃなくて、そういう暴力のせいで 身体が弱っていたからなんだ。ま、慰めにならねーかも知れねーがよ」



 ティンプリーミの言葉に、バズーは顔を上げる。



「それでも、俺にもう少し心があれば、あの子達が死なないような努力をしたはずです。それなのに俺は、どうせ売られて酷い事をされるんだから、死んでしまったほうがむしろ幸せかも、なんて勝手に考えていたんです」


「まあ、事情を知らなきゃムりもねえさ。おまえだけじゃないよ」


「それは、免罪にはなりませんよ……俺、やっぱりこの仕事は続けられないです。死んでった娘っ子たちのことを考えたら、とてもじゃないけど……」


「ま、それはおまえの好きにすりゃいいさ」



 それだけ言うと、ティンプリーミは黙り込んだ。


 しばらくふたりとも、黙ったまま歩いてゆく。


 バズーは今までの、そしてこれからの生き方を、人生で初めて死ぬほど真剣に考えた。


 考えて考えて、どうやら答えが見つかったような気がして少しほっとすると、わざと陽気な声でティンプリーミに話し掛けた。



「ねえ、ティンプリーミの旦那。あんたやっぱりすげえですよ。あれだけ大勢を相手に、一歩も引かないんだから。どうやってあれだけの人数を倒すつもりだったんですか?」



 ティンプリーミはそういわれると、突然、吹きだした。



「バカ! あんだけ大勢に囲まれて、勝てるわけないだろう? マッカートニーが応援をよこすことは、最初からわかっていたんだよ」



 思わずぽかんと口を開けたバズーに向かって、ティンプリーミは人懐っこい笑顔を見せると、先に立って歩きながら振り返って言った。



「よう、アンソニーのところで、飲み直そうじゃねえか」



 言いながら嬉しそうに歩いてゆくティンプリーミの後ろ姿を眺めながら、バズーは慌ててティンプリーミに追いつくと、後ろから呼び止める。



「ねえ、ティンプリーミの旦那!」



 何事かと振り返った、この妙に憎めない凶悪なガンマンにむかって、バズーはさっきから考えていたことを大きな声で叫ぶ。



「アンソニーのところで雇ってもらえるように、旦那からも頼んでもらえませんかね?」



 ティンプリーミはバズーを見て一瞬だけ固まったあと。


 やけに嬉しそうな笑い声を上げた。



 

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