人買いバズー(1)
空を埋め尽くすような満天の星。
オリオンがひときわ輝いている。
幌の外側から染みてくる寒さも今夜はひとしおだ。
これでは大事な商品が死んでしまうと心配したバズーは、トラックを止めると荷台の様子をうかがう。
煮しめたような茶色の毛布一枚に二人づつ包まった荷物……少女達はガタガタと振るえていた。
バズーはトラックの運転席から降りて、荷台に飛び乗る。おびえた少女達は、それでも寒さで体がうまく動かないのか、のろのろと逃げ出して荷台の奥にかたまった。
「今日は寒いから、毛布を一人一枚にしてやる」
そう言うと荷台のスミにある箱の中から毛布を何枚か取りだし、少女達の足元に放った。
毛布はバズーの私物だからなるべく長持ちさせたいのだが、さすがに今夜は仕方ないだろう。
少女達はやはりのろのろと動き、毛布を身体に巻きつけた。
みな一様にやせこけ、かつてキラキラと輝いていたはずの瞳は、どんよりとした膜に覆われている。生気のない顔で、毛布に包まったまま下を向いていた。
バズーと目を合わせる者は一人もいない。
(その方が、人間と思わなくてすむから助かる)
そう苦々しく思いながら、バズーは運転席に戻ると車を発進させた。
予定より幾らか早く着いたのは、寒さのせいで気が急いたからだろうか。バズーは書類にサインをもらうと、トラックに引き返し毛布を片付けた。
今日は一人も死ななかったと、商品が死んで損をするという意味だけでなく、バズーはほっとため息をつく。
実際、市場についてから少女が死んでいたりすると、損して腹立たしいと思う前に、なんともやりきれない気持ちになってしまうのだ。
バズーは人買い専門の運び屋だ。
危険が少ない代わりに単価が安く、しかも死なせてしまえばかなりの違約金を払わねばならない。10人運んで一人死ねば、稼ぎは一晩の酒代とトントンだ。
それでも他の仕事はもっと危険だし、かと言って運び屋以外の仕事が出来るほど器用でもない、と、少なくともバズー本人は思っている。
肉体的リスクと経済的リスクを天秤にかけて、命の危険がない方を選んだだけだ。
もっとも、少女狙いの強盗も全くいないわけではないから、まるっきり安全と言うわけでもないのだが。
片づけが終わってトラックをしまいに行くと、トラック置き場でゴールが声をかけてきた。
背ばかり高くて貧相なバズーとは違い、ゴールは縦にも横にも企画はずれにデカい。近づいてきたゴールはバズーに向かってにやりと笑いかける。
「よう、バズー。今日はもう仕舞いか? だったら、アンソニーの店にいこうぜ。どうせ晩飯はまだなんだろう?」
今日は一人も死んでないから、丸々儲けになった。少しくらい美味い物を食っても罰はあたるまい。
バズーはうなずくと、ゴールと並んで霊峰セルダンの影が遠くに見える夜道を、アンソニーの店まで10分ほど歩く。
店の明かりが見えてくると、バズーはほっとして緊張を解いた。
この町で夜道を歩くときは、そのくらい用心していて丁度いいのだ。とにかくアンソニーの店に着いてしまえば、殺されるような揉め事が起きる事はまずないから、安心してゆっくり出来る。
あまり荒事が得意でないバズーみたいな人種には、アンソニーの店は貴重な憩いの場所だ。
近くに店があるのに、わざわざアンソニーのところまで行くのは、そう言う訳があるのだった。
木製の階段を三段上がると、ローズウッドの大きな扉がある。扉を開けると、中から暖かい空気が嬌声と共にあふれだした。
今夜もアンソニーの店は賑わっているようだ。
中にいた荒っぽい連中は、一瞬、ゴールとバズーの方を見た。が、見知った顔だとわかると、それきり興味を失ったように、おのおの騒ぎ始める。
バズーとゴールは空いているテーブルについた。ゴールの巨体が、カウンターとスツールの間に納まらないのだ。
「よう、デカブツとノッポじゃねえか。遅かったな。なにか食うか? 今日は、豚の旨いのがあるぜ」
アンソニーは愛想よく笑いかけてくる。
「豚か。じゃあそれとビールをくれ。バズー、おまえも同じでいいか?」
バズーがゴールの言葉にうなずくのを見て、アンソニーはビールを二本ふたりの前に置くと、フライパンを取り上げた。すぐに豚肉の焼けるいい香りがしてくる。
それを嗅いだ何人かが、こっちにもよこせとアンソニーにオーダした。
アンソニーは手早く四つのフライパンを並べると、次々と肉を焼いてゆく。その無駄のない仕事っぷりを眺めながら、バズーはちょっと羨ましくなった。
俺も人買いの使い走りじゃなくて、こんな仕事につけばよかったな。しかしまあ、そんな事を考え出したらきりがない。
軽く頭を振って余計な考えを追い払うと、ビンに口をつけてビールを流し込む。とたんにその刺激で胃袋が動き出し、ぐうぐうと食い物を要求し始めた。
香辛料の効いた豚肉をやっつけているところに、突然扉が開く。
立っていたのは、知らない老人だ。
いや、どこかで見たことがあるな?
バズーが思い出せずに首を捻っていると、きょろきょろと中を見まわしていた老人はバズーを見つけて走りよってきた。
その勢いがあまりに激しいので、バズーは思わず腰に手をやって銃把を握ったまま身構える。
「孫を返せっ!」
老人はバズーに掴みかからんばかりの勢いで叫んだ。困惑しているバズーに向かって、老人は叫びつづける。
「孫娘を返してくれ! アレはわしの心のささえなんだ」
悲壮な叫びを聞きながら、バズーは話の見当がついてきた。
さっき運んできた娘達のうちの誰かの身内なのだ。
今年の秋口に突然降った雹は、作物を青いまま枯らしてしまった。それで、この冬はいつもより娘を売りに出す家が多かったのだが、中には家人全ての了解を取らないで売ってしまった者もあるのだろう。
仕事から帰ってきて孫娘を売りに出されたと聞いた老人は、孫娘を取り戻すために市場へ乗りこみ門前払いを食い、それからバズーを追ってここまで来たに違いない。
買いつけるのも、仲買をするのも全て別の者がやっているのだが、素人から見れば実際に娘を連れてゆくバズー達運び屋が、一番目に見える敵になりやすい。
この手のトラブルは年に数件あるし、バズーは初めてだったがゴールは何度か対処したことがある。
バズーに代わってゴールが老人に説明をはじめた。
老人は仏頂面でその話を聞いていたが、ゴールが話し終わると静かに口を開いた。
「わかった。それでは、市場に入れてくれるだけでいい。そこから先はわしが自分でやる」
「冗談じゃない。そんなことに手を貸したら、こっちがクビになっちまう。第一、市場の女を盗み出すというのは、マッカートニーに逆らうと言う事だぞ?」
そう言ったゴールの顔をしばらく凝視した後、老人は店の中を振り返り大きな声で叫んだ。
「わしはなんとしても孫娘を助け出したい。誰か、この腰抜けの代わりに、わしを市場へ連れていってくれるものはいないか?」
店はシンと静まり返った。
それはそうだ。
この辺の者は大抵マッカートニーと、何かしらの仕事上の関係を持っている。純粋にマッカートニーの影響を受けない仕事など、この町には数える程しかない。
たとえばこの、アンソニーの店とか。
「じいさん。可哀想だが諦めた方がいい。そりゃ俺だって協力してやりたいし、売られる子が一人でも少なくなるのはいい事だと思うけどさ。いや、こんな仕事してて言うのもなんだけど」
バズーは苦い顔で言葉を続ける。
「でも、みんなそれぞれそうやって仕事をしてるんだ。じいさんを助けたら、今度はこっちが飯を食えなくなっちまうんだよ」
バズーが哀しげな声でそう言った時、店の奥から声が上がった。
「幾ら出す?」
みんなが注目する中、ふらりと立ちあがったのは、胸にシルバーを下げて くたびれたウエスタンハットをかぶった男だった。
ボロボロのレザーの上下を身に着け、腰にはロングバレルのリボルバーを下げている。
「ティンプリーミ……」
どこからともなく声が上がる。
アンソニーの店がどこにも干渉されず、荒くれ者達がこの店でだけは面倒を起こさない理由が、老人とバズーの前に立っていた。
ティンプリーミは帽子を脱ぐと逆さにしてカウンターに置き、いぶかしむ老人に向かって、にやりと不敵な笑いを見せる。
「これいっぱいの金貨で、その仕事引き受けてやるよ」
あるわけがないじゃないか。金がないから娘を売ったんだろう。
ティンプリーミの言いぐさに腹を立てながら、それでもバズーは黙っていた。
コイツは死神みたいなものだ。その気になったら、まばたき一つする間にバズーを撃ち殺す事もできるのだから、関わらないに越した事はない。
「わかった。金は必ず作る。何年かかっても払う。どうか孫娘を救ってやってくれ」
老人はすがりつかんばかりの勢いで、ティンプリーミに哀願した。しかし、恐らくそれは無理な話だ。この荒野で、後払いでそんな仕事を引きうける人間はいない。
危険な仕事は前払いが基本だ。
だから、バズーは後払いなのに、ゴールは前払いで給金をもらうのである。
バズーは安全な少女を運び、ゴールは危険な武器を運ぶ。運ぶにも金にするにも大変な少女と違い、武器はすぐに大金になるから、当然強盗に狙われやすい。
その危険の差がそのまま、バズーとゴールの給金の差になる。
「OKわかった。それでいい」
バズーはびっくりしてティンプリーミを見つめた。何を考えているのだろう?
すると、ふいにティンプリーミがこちらを見る。
目が合った、と思った瞬間、バズーは目の前に銃口を見ていた。
何がなんだかわからない。
「ノッポ、おまえが案内するんだ。ティンプリーミに銃を突きつけられたと言えば、マッカートニーだって文句は言わねえさ」
バズーは思わず天を仰ぎたくなった。ここ数年で最大級の不幸だ。
ティンプリーミがガンをしまうのを確認してから傍らのゴールを見ると、気の毒そうに首を振っている。
そうだ、もちろんゴールだって助けられるわけはない。相手はティンプリーミなのだから。
「さ、じいさん、行こうぜ。ノッポ、前に立って歩きな」
バズーは、ものすごく重たい脚を引きずって歩き出した。