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復讐のブルース

 

 その小さな頭には大きすぎるウエスタンハットをかぶった少年は。


 町一番の荒くれた酒場の前で仁王立ちしていた。まるで溶け出しているようにどろどろと赤い太陽が、霊峰セルダンの向こう側にゆっくりと沈みかけている、そんな中途半端な時間のことだ。


 陽が完全に落ちるころになれば、町じゅうの荒くれ者が一斉にこの店に集まってくるのだが、それにはまだ一時間ほど早い。


 少年は大きく息を吸い込むと、意を決して店の中に入り込む。


 両開きの扉を両手で押すと、小さな扉はメンドくさそうにぎいぎいと音を立て、しぶしぶといった感じで開いた。カウンターの中にいる大きな男が、ぎろりとこっちを睨む。そのひと睨みで震え上がりながらも、少年は勇気を振り絞って大男に近づいた。


 大男が怪訝けげんな顔をして何か言おうとした機先を制して、少年は大きな声で叫んだ。



「ここにくれば、敵討かたきうちをしてくれる人に会えるって聞いてきたんです」



 大男はあっけに取られた顔でしばらく少年を眺める。



「お願いです、会わせてください。僕は父の仇を討ちたいんです。僕の父は、汚いワナにはまって牧場を取り上げられていまいました。父はそのことを抗議しに、相手の家に行きました。帰ってきたとき父はもう冷たくなっていました」



 少年は涙ひとつ見せず、力強い声で、父親の無念を語った。


 大男は店の奥に目をやり、また少年に視線を移す。



「オヤジさんの仇を討つだ? いったいその仇ってのは?」


「マッカートニー」



 少年の発した言葉に、大男はまたも絶句するしかなかった。


 マッカートニーといえば、ザンドーと並んでこの町で幅を利かせている大金持ちである。


 もちろん嫌われっぷりもザンドーと大差ない。いや、妻を殺されたザンドーがまるっきり魂の抜けたような状態になってしまっている現在、マッカートニーこそ一番の有力者であり、一番の嫌われ者であると言ってもいいだろう。



「坊主……」


「お願いです、どうか敵討ちしてくれる人を紹介してください」


「いや、あの……」



 見た目よりはよっぽど人のいい大男が言葉に詰まっていると、先ほど彼が視線を投げた店の奥のほうから、不意に声が聞こえてきた。



「金はあるのか?」



 少年はビックリして振り返る。


 振り返った先には、小さな小さなホーン(角)を首からぶら下げた男がひとり、バーボンのボトルを抱えてこちらを見ながら薄笑いを浮かべていた。ぼろぼろのレザーに身をつつんだその男は、ブーツの音を床板に響かせながらゆっくりと近づいてくる。



「俺は高いぜ? 金はあるのか?」



 少年は急いで皮製の物入れの中から、金貨をひとつかみ取り出した。それをみて、カウンターの中の大男はあきらめたような顔で首を振ると、少年に向かって諭すようにつぶやいた。



「坊主ダメだ。全然足りねえよ。ティンプリーミに仕事を頼むんなら、その三倍が最低ラインだ」



 絶望にうなだれる少年に向かって、ホーンの男ティンプリーミはにやりと笑うと、その頭をがしがしと力強くなでる。少年はビックリして、ティンプリーミを見上げた。



「ま、相手がマッカートニーのクソ野郎なら話は別だ。負けといてやるよ」



 いいながらカウンターの上からに三枚の金貨を摘み上げると、それを少年の物入れの中に放り込み、残りをわしづかみにして薄汚れた帆布製のザックの中にしまいこんだ。



「ついでにこれも貰っておこうか」



 テンプリーミはニヤニヤと笑いながら、少年のウエスタンハットを取り上げ、自分の頭に載せた。


 そして、少年の顔を覗き込む。


 少年のまだ幼い目には、復讐の炎が燃え盛っていた。その目を見て、しばらく何事か考えていたティンプリーミは、やがて少年に向かって真剣なまなざしで話し出す。



「しかし、だ。いいか坊主? 人を殺せなんて頼むってことは、おめぇにもそれなりの覚悟がなくちゃいけないんだぜ?」



 少年は、不思議そうに見返す。



「自分は人殺しを依頼した。自分で仇を討つんじゃなく、金を使って人に殺させた。そう言う記憶を、一生背負って生きなきゃいけねぇんだ」



 心持ち、少年の頬が引き締まった。


 それでも少年は気丈に胸を張り、強い意思をこめた瞳でティンプリーミを見返す。


 ティンプリーミは引き締まった、むしろ威嚇するような顔つきで、少年の両肩をつかんで言った。



「ひとりでベッドで寝ているとき、不意にそんなことを思い出すんだ。てめえの卑怯さにハラワタのちぎれるような思いをしたり、人を殺させたと言う事実に恐怖して眠れない夜を過ごさなきゃならねぇ。そんなこと全部を背負って生きていく覚悟があるのか?」



 少年は青白い顔をしてうなずいた。


 もっとも、ティンプリーミの言った言葉をどこまで実感しているかは、判ったものではないが。


 ティンプリーミはその顔しばらく眺めていたが、不意ににやりと笑うと立ち上がった。



「よし、じゃあ敵討ちに行くか」



 少年はこくりとうなずくと、大股で店を出るティンプリーミについて歩き出した。


 その後ろ姿を眺めながら、大男、アンソニーはこの日何回目かのため息をついて肩をすくめる。


 



 少年は歩きながら、真摯な瞳でティンプリーミに尋ねた。



「あなたはどこに住んでいるんですか?」


「それを聞いてどうしようってんだ? まあいいや。あの店だよ」


「ええ? じゃあ、居候なんですか?」


「ははは、まあ、そんなとこだ」


「僕、あなたの噂を聞きました。この町一番の凄腕のガンマンだって。それなのにどうして、もっと立派な家に住まないんです?」


「おいおい、アンソニーが聞いたら怒るぜ?」


「ねえ、どうしてあの店に居候しているんですか?」


「ほら、おしゃべりは止めな。見えてきたぜ?」



 ティンプリーミはあごをしゃくって前を示す。


 二人の目の前に、マッカートニーがその汚いやり口で集めた金品の集大成である、大きな屋敷が姿をあらわした。


 



「た、助けてくれ……」



 マッカートニーは恥も外聞もなく取り乱して命乞いをする。


 警備していたゴロツキどもを電光石火でノシてしまったティンプリーミは、屋敷に入り込んでからものの 二十分で、あっという間にマッカートニーを追いつめていた。



「おめえのやり口には、前から反吐が出る思いだったんだよ、俺ぁ。それでもまあ、わざわざ俺が出張ってとっちめることもねえかと思って、放っておいてやったんだがな。そこに、この坊主が依頼に来てくれたって訳さ」



 マッカートニーが驚愕の顔で少年を見る。


 少年は怒りに満ちた顔で、というよりはココに来るまでのティンプリーミの暴力に戦慄したのか、むしろ青ざめた悲痛な顔でマッカートニーを見返す。


 マッカートニーはその少年の顔が、先日、自分が汚い手で土地を取り上げたあと無残に殺した牧場主の息子のものだと気づき、怖気おぞけをふるい、やがて諦めと共に力を抜いた。



「そうか。因果応報という奴だな。わかった、殺すなら殺せ」



 言った瞬間、ティンプリーミの銃が火を噴いて、マッカートニーの右の太腿を打ち抜く。


 マッカートニーは一瞬、固まったあと。


 太腿に焼けつくような痛みを感じ、悲鳴をあげて転げまわった。



「なにカッコつけてんだ 、このクソ野郎。お前みたいなヤロウをこのティンプリーミが、そう簡単に殺すと思うか? じっくりいたぶってやるから、ヘドぶちまいて震えながら死ね」



 マッカートニーはティンプリーミの毒におびえていた。


 少年もティンプリーミの毒におびえていた。


 ティンプリーミは自分の毒に酔っていた。



「くっくっく」



 笑いながらティンプリーミは、今度はマッカートニーの左の足を打ち抜く。


 まさになぶり殺しである。


 少年は青い顔をしながら、その様子を眺めていた。くいしばった歯の間から、血がにじんできそうなほど、少年は何かに耐えていた。



「次はどこがいい? おまえに選ばせてやろう」



 ティンプリーミが言うのと、マッカートニーの前に少年が走りこむのは、ほぼ同時だった。


 ティンプリーミは、無表情のまま言った。



「何のつもりだ?」


「もうやめて。こんなのもう嫌だよ。もうやめてよ」


「こいつはおまえの父親を殺した仇だぜ?  大体、依頼したのはおまえだろうが?」


「もうやめて。もういいんだ。僕が間違ってたんだ。それにこの人だってもう二度と、あんなことはしないよ。僕が見張って、絶対にさせないよ。だからもうやめて」



 マッカートニーは驚きから覚めると、しばらく少年の顔を見つめた。


 それからぶるぶると震えながら少年に手を伸ばす。


 ティンプリーミが油断なく銃を向けている中で、マッカートニーは少年を抱きしめる。


 それから、おいおいと声を上げて泣き始めた。



 少年はティンプリーミの毒におびえながら、自分の父親ほどの男をかばっている。


 そして、 震えながら泣くマッカートニーと目が合うと、ゆっくりとうなずいた。うなずかれた男は息子ほどの少年にすがって、顔をくしゃくしゃに歪ませて泣いた。


 その様子を無表情に眺めていたティンプリーミは静かに銃を仕舞う。


 彼は泣いている男と少年を背に、ゆっくりと歩き出した。


 



「あいつ結局、マッカートニーのところに住んでるらしいぜ?  いったいどういうわけなんだろうな?」



 アンソニーの問いに、少年から取り上げたウエスタンハットをくるくると指先で回しながら、しかしティンプリーミは答えない。


 アンソニーは肩をすくめると、カウンターの裏にあった大きな黒いケースを担ぎ、のんびりとした足取りで表に出た。


 ティンプリーミはその後ろ姿を見るともなく見ながら、酔いと一緒に自分の思いに沈んでゆく。



 自分で選んだことであった。


 仇討ちに凝り固まっている少年のかたくなな心をどうにかしようと思い、あえて買って出た悪役のはずだった。しかしティンプリーミの心のどこかに、少年はきっとマッカートニーを許さないだろう、という思いも確かにあったのだ。


 かつて復讐に凝り固まり、実の父親を殺したティンプリーミにしてみれば、無意識のうちに少年を自分の側に引き入れ、自分の免罪符にしたかったのかもしれない。


 しかし少年は土壇場で本当の強さを持った。


 自分の親の仇を哀れみ、許すことをやってのけた。



 最後の最後に父親の仇を許した少年の強さと純粋さに、強い感動と、同じくらい強い嫉妬を感じて不機嫌になっていたティンプリーミは、グラスのバーボンをひと息であおる。


 そして新たに注ぎ足そうとして、ふとその手が止まる。


 表から、物悲しいギターの音色に乗って、アンソニーの枯れた歌声が聞こえてきたのだ。


 改めてバーボンを注いだティンプリーミは、その切ないブルースを聞きながら静かに目を閉じる。


 漆黒の夜空に、大きな月が出ている。


 月明かりに照らされたアンソニーの大きな背中越しに、枯れた、それでいてやさしいブルースが流れ、あたりに朗々と響く。その歌声に耳を傾けていたティンプリーミの脳裏に、少年の言葉がよみがえった。



「ねえ、どうしてあの店に居候しているんですか?」



 月夜に浮かんだ少年の顔に向かってバーボングラスをかかげながら、ティンプリーミはイタズラっぽく片目をつぶって見せた。それからウエスタンハットを目深にかぶり直し、 深酒で掠れ果てた声で、ちいさくぼそりとつぶやく。



「あのバカのブルースに惚れちまってるんだよ」



 言ってからティンプリーミは、少し照れくさそうに笑った。



 

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